入門・日本経済(第5版)』学習サポートページ
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訂正情報
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第1章
・42~43ページ
(誤) 復興金融公庫
(正) 復興金融金庫
・61ページ下から9行目
(誤) ニクソン・ショックから続いていた円安・ドル高傾向
(正) ニクソン・ショックから続いていた円高・ドル安傾向
練習問題解答例
章末に掲載されている練習問題の解答例を掲載しています。
序 章 日本経済を捉える
1 日本の代表的な企業について取引先企業を調べ,分業の例をあげよ。
(解答例) たとえばトヨタ自動車の場合,ウェブサイトを開くと企業・IR情報のコーナーがあり,グループ企業としてアイシン精機,デンソーなどの部品会社の名前があがっている。そこでアイシン精機のウェブサイトを訪ねると,ここには主な取引先つまり部品の買い手としてはトヨタ自動車だけではなく他の自動車会社や住宅関連,エネルギー関連の企業名もみることができる。また,部品を作るための原材料の作り手としては,塗料や接着剤の専門メーカーであるアイシン化工株式会社や,トランスミッション製造のアイシンエーアイなどがあげられている。さらにアイシンエーアイのサイトには,会社名はあげられてないものの,調達情報としてトランスミッションに必要なシャフトなどの部品名が紹介されている。このように,ウェブ情報だけからでも,単線的な川上から川下への流れだけでなく,複線的な分業関係をつかむことができる。
2 本文中にあるもの以外で,日本経済の大きさを示す指標を探せ。
(解答例) マクロ経済学では,GDPなどとあわせて,消費や投資が重要な経済変数であることを学ぶ。これらを他国と比較してみると日本経済の大きさがわかる。ほかに労働者の数やそれに労働時間数をかけたものも経済活動の活発さを示す。金融面から,貨幣量や金融機関の数などを調べてみてもよいだろう。本書第4版ではエネルギー消費や二酸化炭素排出量からも日本経済の大きさが分かるとデータを紹介していた。自由な発想でいろいろな指標をながめてみてほしい。
3 少子高齢化のもとでも日本経済を成長させるための戦略を考えよ。
(解答例) 序章3.1.2項で述べているように,女性,高齢者,外国人の活用などが考えられるが,それよりも労働生産性を向上させることが必要である。しかしそのためにどうすれば良いのかという点は,もう少し学習してからでないと掘り下げて考えることはできないだろう。1~3章で高度成長から低成長にいたる日本経済の経緯をたどり,その後の章で日本経済の様々な側面の問題点を学んだ後で,もう一度この問いに戻っていただきたい。
第1章 日本経済の歩み1
1 傾斜生産方式とはどのような産業政策か。簡単に説明せよ。
(解答例) 1947~48年に政府が採用した復興政策の柱。石炭を鉄鋼産業に優先的に回して,鉄の生産を上げる。同時に石炭産業に鉄鋼を優先的に配給し,石炭の生産を上げる。このように政府が人為的に選んだ特定基幹産業に物資や資本を「傾斜的に」配分し,基幹産業の生産増加効果がその他の産業に波及していくことをねらった政策で,限られた物資と金融資本を使って経済全体の生産量を増加させようとした戦後の産業政策の代表例である。
2 全要素生産性とは何か。簡単に説明せよ。
(解答例) 実質GDPの増加が何によってもたらされたか,という成長要因の効果を数量的に把握する手法を成長会計分析というが,そこではすべての成長要因を①労働要因,②資本要因,③その他,の3種類に分けるのが普通である。 ①の労働要因とは雇用者数や労働時間の増加,教育水準の向上などで,②の資本要因としては生産設備の拡充などが考えられる。これらの労働要因,資本要因は実際の成長率をどの程度押し上げたか,その効果を数量的に把握することは比較的簡単であるが,経済成長はそのほかに数量的に把握することが難しい質的な要因にも依存している。たとえば,生産技術の進歩,生産性の低い産業から生産性が高い産業への生産要素の移動,経済政策の効果などである。このような労働要因,資本要因以外の数量的把握が難しい要因を総称して「全要素生産性」と呼ぶ。 なお,成長会計分析(表2-2)によれば,高度成長期の年間平均成長率8.77%のうち,労働要因によるものが1.85%,資本要因による成長が2.10%で,残りの4.82%が全要素生産性による成長であるという結果が得られている。このことから,経済成長をもたらすのは,労働,資本といった物理的要因よりも技術や経済政策,さらには生産の仕組みといった質的な要因のほうが重要であることがわかる。また,表2-6が示すように,このような傾向は1970年代以降にも共通して観察できるものである。
3 戦後,日本国経済が長年にわたって高度成長をしたのはなぜか。その原因を簡単に説明せよ。
(解答例) 略。第1章のまとめおよび第2.1項を参照せよ。
4 1973年以降,日本国経済の成長率が低下したのはなぜか。その理由を簡潔に要約せよ。
(解答例) 略。第1章のまとめおよび第3節を参照せよ。
第2章 日本経済の歩み2
1 プラザ合意に至るまでの経緯を簡潔にまとめなさい。
(解答例) 日本では,1980年代に入ってから経済成長率が減速したこと,国内金利が海外金利より低く推移したこと,さらに第2次石油ショック直後には経常収支が赤字となったこと等から年々円安(ドル高)が進行した。他方,アメリカでは,ドル高に加えて高金利政策や双子の赤字の継続により,世界経済に悪影響を及ぼす懸念があった。このような状況下で,日米独英仏のG5がドル高是正のための政策協調で一致することとなった。
2 1980 年代の後半期に,日本において資産価格の高騰が起こったのはなぜか。
(解答例) 1980年代の後半期を通じてバブルが持続しえたのは,自己実現的な期待形成による面が大きいが,それを可能にしたのは金融の超緩和政策による過剰流動性の存在である。すなわち,1986年1月以降5次にわたって公定歩合が引き下げられ,1987年2月以降2年3カ月にわたって2.5%という低水準が維持された。金融緩和政策がとられたのは円高不況対策や内需拡大政策の追求に求められる。
3 その資産価格の高騰がバブルと呼ばれるのはなぜか。
(解答例) バブルは,理論的には,資産価格のうちファンダメンタルズを超えた部分であるが,実際はファンダメンタルズ自体が将来収益(配当や地代)や割引率(金利)の予想に依存することから,一般的にはその時点でバブルか否かを評価するのはきわめて困難である。しかし,1980年代後半の資産価格の高騰の背景では,株価収益率(PER)の水準や現実地価と理論地価との乖離幅から判断して,バブルが発生していた可能性がきわめて高いといえる。事後的に振り返ると,1990年代に入って資産価格が大幅に下落したことから,確かにバブルが膨張・崩壊したと考えることによって説得されよう。
4 1990 年代に入ってからのバブルの崩壊が,実体経済に及ぼした影響を簡潔に述べなさい。
(解答例) 合理的バブルについての「実体経済に対する中立性」といった理論的命題とは別に,実際には,まず逆資産効果による消費減や企業の資金調達コスト高による設備投資減が起こった。さらに,より強いチャネルとしては,バブル崩壊による個人破産や企業倒産による直接的デフレ効果,担保価値の減少による金融機関の貸し渋りを通じるデフレ効果,金融機関が抱えることとなった不良債権による信用不安問題によるデフレ効果がある。また,これらが将来に対する悲観的な期待形成を醸成することとなったのも特筆に値しよう。
5 不良債権処理はどのような段階を経たか,簡潔にまとめなさい。
(解答例) 不良債権はバブル崩壊直後は経営破綻先債権など狭い範囲にとどめていたが,不良債権問題が金融システム不安の払拭に重要であることが認識されるにつれてその範囲を拡大し,金融機関が抱える潜在的な不良債権もバランスシートから把握できるように,透明性を高める規制を導入した。一方,不良債権の処理の上では,前段階の回収機関を経たのちに公的機関としての整理回収機構が設立され,破綻した金融機関や公的資金が注入された金融機関が抱える不良債権の回収に当たった。他に,健全な金融機関が抱える不良債権の買い取りにあたる機関として,都市銀行の出資によって共同債権買取機構が設立された。金融システム不安の払拭にあたっては,金融機関そのものへの公的資金の注入もなされた。
6 日本経済の「失われた10 年」とは何か。なぜそのような事態になったのか。
(解答例) 日本経済の失われた10年は,バブル経済崩壊後の地価の持続的下落,株価の低迷,景気の長期デフレ不況,日本企業の競争力の低下や産業の空洞化,日本的経済システムの凋落,巨額の財政赤字の累増,といった日本経済の停滞を示す現象が同時期にほぼ10年間続いたこと(多くは10年以上続き,後には失われた20年が問題となる)。原因としては,バブル経済の崩壊後の不良債権問題の解決にいたずら時間を要したこと,冷戦の終焉によってアメリカ型の資本主義がグローバル化のもとに日本国内に浸透し,日本的経済システムが維持できなくなったこと,企業や家計が不確実性や不安の高まりによって悲観的になり,投資や消費を控える縮小均衡に陥ったこと,などがあげられる。
7 1990 年代の財政・金融政策について簡潔にまとめなさい。
(解答例) 1980年代後半のバブル経済の後半期は金融引締め,バブル経済崩壊後は金融緩和といった基本方針を,日銀はそれぞれ数次にわたる公定歩合の変更によって示した。1990年代の後半期には金融緩和はゼロ金利政策にまで追い詰められたが,それでもデフレ対策や景気刺激策としては効果は限定的で,むしろ金融システム不安下での金融機関への支援策として位置付けられる。財政政策についても,1990年代には総合経済対策を合計9回発動し,事業規模においては優に100兆円を超えるものだったが,景気刺激策としては限定的だった。
8 橋本内閣の構造改革と小泉内閣の構造改革の共通点と相違点をまとめなさい。
(解答例) 共通点はどちらも日本的経済システムからの脱却,アメリカ型資本主義への転換を目指す。具体的には規制緩和と市場メカニズムの徹底,小さな政府。相違点は橋本構造改革は各論的な「(隗(かい)より始めよ」の各省庁主導のボトムアップ,小泉改革は総論的な経済財政諮問会議主導のトップダウン。
9 日本経済の再生に10 年以上の年数を要したのはなぜであろうか。その経緯を簡潔にまとめなさい。
(解答例) バブル経済の崩壊直後においては,資産価格の下落が一時的なものであり,いずれバブル景気時代に戻るとの楽観的な見通しがあった。このことから,日本的な経済システムの抜本的な構造改革の必要性が国民全体に理解され受け入れられるまでに相応の時間がかかり,その間日本経済のデフレ基調が悪化の一途を辿った。21世紀に入って不良債権の抜本的な処理が成されて,ようやく吹っ切れた形で悲観主義からの脱却がなされ,株価や地価も上昇基調に転じ,それが設備投資や民間消費にも好影響を及ぼすことになった。この間,日本の競争力に地力がありエネルギーを蓄えていたのと,外資の流入がそれを引き出すのに貢献した面もある。
10 日本経済の再生の代価(影の部分)を整理し,将来の日本経済に思いをめぐらしなさい。
(解答例) 政府が進める構造改革では,日本経済の再生は,日本独自の経済システムからアメリカ型資本主義への転換であり,それがグローバル化時代に残された唯一の選択肢のように説明された。しかし,日本国民の多数が一貫してこれを支持するかは疑問。実際,各方面での格差拡大は優勝劣敗の競争社会を反映したものであり,日本再生の代価(影の部分)の最たるものである。日本的経済システムはアメリカ型の資本主義と比べると,激動期など短期的な効率性が優先される時期には見劣りする。しかし,経済の安定期には,下請けや顧客関係における長期的取引関係などは,かえって経済効率性を高めることは十分考えられる。終身雇用制や年功賃金,ワークシェアリングなども同様であって,これらは将来の日本国民にとって,総選挙時など繰り返し直面させられる選択肢になるであろう。
第3章 日本経済の歩み3
1 リーマン・ショックとは何か。その原因となぜ震源地のアメリカよりも日本経済の落ち込みが大きかったのか理由を述べよ。
(解答例) リーマン・ショックとは,アメリカで4番目に大きな投資銀行のリーマン・ブラザーズが破綻申請したことをきっかけに,アメリカの金融システム不安が一気に表面化し,世界的な信用不安と株価の同時暴落を引き起こしたことを指す。リーマン・ショックの前,「いざなぎ超え」と呼ばれるほど長期となった日本の景気拡大は,過去に比べて経済成長の外需寄与率が高かった。さらに,デカップリング論のシナリオが崩れて,欧米のみならず日本の主力輸出市場だった中国の経済成長率も低下した。これらの要因が震源地のアメリカよりも日本経済の落ち込みを大きなものとした。
2 東日本大震災が日本全国の生産活動を一時的に低迷させた理由を述べよ。
(解答例) とくに生産の落ち込みが大きかったのが輸送機械工業であった。部品点数の多い輸送機械工業は,震源地となった東北三県(岩手・宮城・福島)にも立地している部品メーカーとのサプライ・チェーンの寸断の影響が大きかった。一方,他産業への影響が大きい輸送機械工業の生産が落ち込んだことが,震災の直接的影響も含めて鉱工業生産全体を押し下げた。
3 リーマン・ショック以降,日本の民間投資が低迷している理由を述べよ。
(解答例) 先行きの日本経済の成長見通し(期待成長率)の低下により,設備投資に回せる資金(キャッシュフロー)のうち,国内の設備投資に使われる割合が低下した。また,1990年代後半から続いてきた長期的な物価下落傾向(デフレーション)により,設備投資に影響を与える実質金利(=名目金利-予想物価上昇率)が高止まったことも影響したとも考えられる。
4 「アベノミクス」とは何か。そのポイントと,日本経済への功罪についてまとめよ。
(解答例) 「アベノミクス」は,「大胆な」金融政策,「機動的な」財政政策,「民間投資を喚起する」成長戦略という3本の矢で構成される。量的・質的金融緩和と呼ばれた金融政策は,過度な円高を修正し,企業収益の改善や株価の上昇に結びついたという評価がある一方で,円安の進行は大企業製造業など限られた企業を潤しただけで,内需関連企業にはマイナスだという見方もある。財政政策では,公共投資を中心とした財政支出の拡大が景気の下支えとなったと評価される一方で,急激な公共投資の拡大が建設現場の人手不足を加速させているという批判もある。成長戦略については,アベノミクスから2年経過した2015年初頭においても具体的な姿は見えていない。
第4章 企業活動
1 ペティ=クラークの法則によれば,経済が発展すると農業から製造業へ,製造業からサービス業へ就業者がシフトしてゆく。これが経済成長率に与える影響について考えなさい。
(解答例) 発展の初期段階では,農業は労働集約的であり多くの労働力が農業に従事している。その後製造業の規模が拡大するのに伴い,農業から製造業に労働力が移動する段階では,製造業の生産性が高いために1人当たりの経済成長率も高くなりがちである。しかし,製造業で規模拡大が鈍化する中で生産性の上昇が続くと,労働者がサービス業に移ってゆく。一般的にはサービス産業の労働生産性は製造業ほど高くないため,1人当たりの経済成長率が鈍化する可能性が高い。サービス業のすべての分野で生産性が低い訳ではないものの,日本では経済成長率を高めるためにサービス業の生産性をどのように改善して行くかが課題となっている。
2 日本の企業システムは高度成長期に適していたと言われるが,それはなぜか。またバブル崩壊後,日本の企業システムはどのような問題に直面したか。
(解答例) 高度成長期には,企業が継続的に成長することができたために,若い従業員が増える中で年功賃金は労働コストを抑えるとともに,長期雇用を前提に,企業は従業員にOJT等でノウハウを伝授し,従業員も積極的に訓練を受けた。また高度成長期には,積極的に設備投資を行っても需要が追いついてきたため,メインバンクが資金供給をするリスクも小さく,万が一取引先が危機に陥っても支援することが可能であった。 しかしバブル崩壊後は,新規採用の抑制や従業員の高齢化に伴い,年功賃金による労働コストが企業の重荷になるとともに,OJTは人員面やコスト面から次第に困難になっていった。またバブル期の積極的な投資は,バブル崩壊後の成長低迷の中で過剰設備となり,金融機関の経営悪化や取引先のリスク増大から,メインバンク制の維持も困難になっていった。
3 グローバル化と企業行動の関係について,自動車産業,鉄鋼業,電子産業それぞれにどのような特徴があるか述べなさい。
(解答例) 自動車業界では輸出拡大の結果,欧米を中心に貿易摩擦が拡大したため,1980年代から海外生産を拡大させていった。その後はアジア諸国でも海外需要の拡大に対して海外生産を拡大させ,現在は輸出を含め需要の8割を海外市場が占めるまでグローバル化が進んでいる。国内市場は頭打ちだが輸入依存度は低い。 鉄鋼業界では1億トン程度の生産で2~3割を輸出している。設備の新鋭化や企業合併などによって強みを有しているが,中国の生産急拡大が,製品市場や原料市場で大きな脅威になっている。 電子産業は早くから海外生産が進み,水平分業が行われてきた。最近ではアジアを中心に海外からの輸入が拡大し貿易収支が赤字になるとともに,技術革新の激しい携帯電話などの分野で世界のシェアを確保できず厳しい状況にある。
第5章 労 働
1 1980年代の日本の大企業には,企業が費用のすべてを負担して社員を海外の大学院に留学させるという制度をもっている企業も少なくなかった。ところが,最近はそうした制度を廃止する企業も増えている。その理由を考えよ。
(解答例) 大学院で習得されるスキルは,どの企業で働いても発揮できる一般的なものであろう。その場合は,企業特殊的人的資本と異なり,企業がその費用を負担するインセンティブは弱い。一般的技能であれば,訓練費用を負担していない他の企業においても,その技能は同様に役立つので,企業が大学院から戻ってきた労働者にその貢献度より低い賃金を支払って投資の収益を回収しようとしても,他の企業に引き抜かれてしまう可能性が高いからである。ただし,たとえば労働市場が競争的でなく転職機会が乏しい場合には,引き抜かれる可能性が低いため,企業にとっても一般的人的投資を行う動機が生まれる。最近になって従業員を大学院留学させる企業が減っている背景には,以前に比べて中途採用市場が活発化し,従業員が転職しやすくなり,企業が一般的人的投資をしても,その収益を回収しにくくなっていることが考えられる。
2 日本の失業率は,1970年代の石油ショックに伴う不況期においても2%台で推移し続けたが,90年代の不況期には上昇した。その背景の1つとして,70年代の不況では世帯主の雇用が守られていたが,90年代の不況では世帯主までもが失職する可能性に直面するようになったことでことがあるといわれる。この点について説明しなさい。
(解答例) 不況になって求人が減ると,職探し自体をあきらめる,つまり非労働力化してしまう人も多い(これを就業意欲喪失効果という)。とくに70年代の不況では,世帯主には雇用不安がなかったため,世帯主以外の家族,とくに女性で職探しをあきらめる傾向が強かったといわれる。その結果,不況によって就業者が減っても,労働力人口も減少したため,失業率上昇を抑制した。しかし90年代の不況では世帯主までもが失職する可能性に直面するようになったことで,職探しをあきらめる傾向は弱くなり,人々が非労働力化することで失業率上昇を抑制する効果は見られなくなった。
3 仕事と育児の両立を推進するためには,どのような政策が有効であると思われるか。
(解答例) たとえば,本章で述べたような企業におけるワークライフ・バランスへの取り組みについての先進事例を収集し,その情報を広く公開することや,そうした取り組みに積極的な企業を表彰・認定することを通してその企業の市場での評判の確立を助け,労働市場で有利な立場にさせることなどが考えられる。日本でもすでに「ファミリー・フレンドリー企業表彰」の制度があるが,それを育児との両立策に限定せず,男性も含めた働き方の柔軟化や,男女均等の観点も併せて表彰の対象に拡充すべきであろう。
第6章 社会保障
1 社会保障給付費の概況を説明し,日本の特徴を指摘せよ。
(解答例) 毎年増加し,2014年度予算ベースで約115兆円,対国内総生産比約23%。部門別では,年金が約半分を占め最大,医療が約3分の1で残りが福祉である。年金,医療の比重が高く,高齢者介護以外の福祉は小さい。また,高齢者給付が全体の7割を占めるのに対し,児童・家族向けの給付は限定的。費用面では,保険料収入が増えず,公費負担が増大。
2 日本の医療費保障制度の基本的な枠組みを説明せよ。
(解答例) 職域または地域をベースに3000以上に分立した公的な医療保険制度のいずれかにより,原則としてすべての国民がカバーされる国民皆保険体制。その土台となっている市町村国保への高齢者の集中を高率の公費助成や老人保健制度,その後の新しい高齢者医療制度による財政調整で支援。保険医療機関の選択やサービスの価格は行政が一元的に公定。医療サービスの供給は民間中心で,医療機関の機能分化が不十分。
3 2004年の年金改革の概要を説明せよ。
(解答例) 制度の基本構造は不変である。負担の範囲で給付を行うこととし,毎年段階的に保険料を引き上げ,2017年度以降は固定する。また,2009年度までに基礎年金の国庫負担を2分の1へ引き上げるとともに100年かけて積立金を取り崩し,給付に充当する。一方,被保険者数の減少や平均的な年金受給期間の伸びを勘案した「マクロ経済スライド」で年金額を自動調整する。社会保障と税の一体改革で,国庫負担の引き上げは恒久化されたものの,「マクロ経済スライド」はいまだ実施されておらず,世代間の公平を目指すという目的は,達せられていない。
第7章 財政・財政政策
1 公的部門と民間部門の経済活動が競合する例をあげ,政府の役割について考えよ。
(解答例) 病院,大学,バス,宅配便,郵便局,年金,保険,林業,清掃など。これらの中には,当初は技術的に困難か費用が高価すぎたために民間部門での供給がなかったものの,やがて需要増等のため一部のサービスが民間部門でも採算に乗り出したもの(宅配便,年金や保険,清掃),もともと民間部門よりも安い料金で供給するのが目的であり補助金的色彩の濃いもの(病院,大学),当初より競合するものの効率性以外の観点から供給されているもの(バス等の交通機関,林業),とさまざまな経緯がある。
2 諸外国と比べながら日本の財政制度の特徴を述べよ。
(解答例) 略。本章の第2節を参照し,とくに政府の範囲,予算の編成過程,財政投融資制度,国の財政と地方財政の関係,などに注目せよ。また,直接税と間接税の比率(直間比率),国民負担率,公債の発行残高等の数値も参考にすること。
3 国の一般会計の今年度当初予算における歳出を調べ,10年前と比較せよ。
(解答例) 略。本書利用の時期により異なる。国の一般会計予算は財務省のウェブページで確認することができる。通常は政府案の通り可決されるため,政府案の説明をみる。近年の動向としては,社会保障関係費が増加している。また,ごく最近では国債費が増加傾向にあるため,その違いも確認できよう。公共事業関係費については,10年前より減少していると思われるが,政策方針の変化にもよる。
4 現時点でわかる最新の政府債務残高と基礎的財政収支の状況を調べよ。
(解答例) 略。財政統計等により調べられるが,財務省の「日本の財政関係資料」の最新版がわかりやすい。政府債務残高は,政府の範囲や債務の種類によって額が異なる点に注意したい。一般会計との関係では,国の普通国債残高をみる。地方もあわせて考える場合は地方債も加える。また,借入金などの短期の借入を含めるかどうかによっても異なる。基礎的財政収支は国については,本文第4節の式で求められる。ただし,骨太の方針2014では地方も含めた基礎的財政収支を目標指数としている。国と地方を合せた基礎的財政収支は国民経済計算で確認できる。
5 近年,公共投資による景気浮揚に批判的な見解が影響力を増してきている。その根拠とそれに対する反論をまとめよ。
(解答例) 根拠としては,公共投資の景気浮揚効果(乗数効果)が低下してきていること,ハーベイロードの前提には無理があり,タイミングよい市場介入は困難なこと,公共事業の中には無駄なものがあること,財政に余力がないこと,などがあげられる。これに対する反論としては,真に必要とされる公共事業はいまだたくさん残っている,景気対策が景気浮揚をもたらせば税収増となり財政赤字は減少する,といった点が強調される。
第8章 金融・金融政策
1 日本が採用してきたゼロ金利政策,量的緩和政策,包括的な金融緩和政策,量的・質的金融緩和それぞれを比較し,政策的枠組みがどのように進歩してきたか述べよ。
(解答例) 本文の表9-2を参照のうえ,政策的枠組みとしてどのように進歩してきたか考察する。
2 最新の経済・物価情勢の展望(展望レポート)を参照の上,日本経済の成長率および物価水準を自ら予測してみよ。
(解答例) 直近の経済・物価情勢の展望(展望レポート)を日本銀行ホームページから検索し,第1の柱および第2の柱に基づいて政策委員会が経済をどのように評価しているか,「政策委員の大勢見通し」,「リスク・バランス・チャート」を参考にして自らの意見を述べてみる。
3 日本の量的緩和政策(2001~06年)が,グローバルな金融危機(2008 年)以降のアメリカ,EU の金融政策にどのように反映されたか説明せよ。
(解答例) たとえば,経済物価情勢の展望(展望レポート),2010年4月の図表13にはグローバルな金融危機に対して主要中央銀行が導入した措置が整理されている。
第9章 貿 易
1 日本の貿易構造は近年,急速に変化しているといわれる。その特徴を簡単に説明せよ。
(解答例) かつて日本は,原材料や食糧を輸入し,国内の労働や資本を使ってそれらを加工し,製品を輸出するという典型的な加工貿易を行っていた。しかし最近は,製造業が生産工程の一部を外国(とくに東アジア諸国)に移転し始めたため,外国で生産した部品や最終製品の輸入も増えている。それに伴って,日本でも産業内貿易と製品輸入比率が急増している。
2 日本の対外直接投資による生産ネットワークの拡大と産業内貿易の増大について簡単に説明せよ。
(解答例) 製造業などでは,生産工程が複数に分かれているが,対外直接投資を行うことによって,一部の生産工程を海外に移している。特に,東アジアの中でこのような動きが活発化している。生産工程が国際的に分散させていくことで,生産ネットワークの拡大が生じる。それによって域内での部品や製品の貿易が増加し,産業内貿易が増加している。
3 比較優位に基づく貿易構造とは何か。また比較優位構造を決める要因にはどのようなものがあるか。
(解答例) 比較優位とは,財・サービスの絶対的な価格水準の違いではなく,相対価格の相違によって貿易構造が決まるという考え方である。2国・2財からなる世界経済を想定すると,各国は互いに相対価格の低い財・サービスを輸出することになる。リカードの比較生産費説によれば,国内の産業間の相対的な技術水準によって相対価格が決まるので,各国は相対的に優れた技術をもつ産業の財・サービスを輸出する。ヘクシャー・オリーンの要素賦存比率理論によると,相対価格の違いは労働や資本などの生産要素の供給量の国際的な相違から生じており,たとえば資本豊富国は資本集約的な財を輸出する。
4 近年,FTAが増加した理由と,FTAの長所・短所を簡単に説明せよ。
(解答例) 近年,加盟国の増大や交渉でカバーする分野の拡大などによって,WTOによる多角的貿易交渉の妥結には非常に長い時間と労力を必要とするようになった。そのために,比較的交渉が容易で妥協点を探りやすい2国間や地域間のFTAを締結する動きが活発化してきた。FTAの長所としては,域内の貿易障壁の削減により域内の貿易取引を活発化するという貿易創造効果や,それによって競争が促進される競争促進効果などがある。短所としては,域外の効率的な生産者からの輸入が排除され,域内の非効率な生産者からの供給が増加するという貿易転換効果があげられる。
第10章 農 業
1 TPP交渉の特徴を述べ,日本農業は何を求められているか論ぜよ。
(解答例) TPPは貿易分野だけでなく,広範な分野の自由化を目指している。特に,投資・金融の自由化に重点が置かれ,そのための共通のルール作りが行われている。一方,農業分野は市場開放が遅れ,センシティビティと呼ばれる高関税品目が残されている。TPPでは一定の期間をかけるも関税をすべて撤廃することを原則としており,日本はコメ,麦,乳製品,甘味資源作物(砂糖・でんぷん),牛肉・豚肉の5項目を例外とするよう求めている。しかし,5項目すべてを例外とすることは困難であり,それらのうちのいくつかは関税撤廃ないし大幅な関税削減が求められることになるかもしれない。
2 日本農業の構造上の特徴とその背景について述べよ。
(解答例) 日本農業の特徴は,農家戸数はあまり減少せず,1戸当たりの経営規模が零細なままとどまっていることである。この背景には小規模兼業農家の滞留がある。小規模農家はビジネスとして農業を行っておらず,所得は他の源泉に依存し,耕作の目的は趣味だったり,資産としての農地保有だったりするので,コスト割れしても生産を続ける。その結果,農地の集積が進まず,結果として規模拡大がすすんでいない。このことが日本農業のコスト・ダウンを妨げ,国際競争力がつかない理由の1つとなっている。
3 「食料問題」と「農業問題」とは何か。それぞれの問題解決に有効な政策手段を考察せよ。
(解答例) 「食料問題」とは人口増加や1人当たり所得の増加に伴って食料需要が増え,一方,投資不足などでそれに見合う食料供給が得られず,食料価格への高騰圧力が構造化している途上国の問題をいう。「農業問題」は逆に需要の伸びに比べ食料生産が技術進歩や社会資本の整備により大きな増加を示し,価格下落圧力が恒常化する先進国に共通する問題である。いずれの場合も価格が問題とされるがその解決には,市場介入で価格を操作するのではなく,食料問題には食料生産増大のための投資,農業問題には離農・転職への補助といった供給曲線のシフトに働きかける政策の方が有効である。
4 減反政策,農地制度,農協問題についてそれぞれ問題点を指摘せよ。
(解答例) 略(本章第2. 2項を参照)。
第11章 環 境
1 公害問題と地球環境問題とはどこに大きな差異があるか。
(解答例) 公害問題はその発生源および影響がローカルであり,かつ原因物質が有害で周辺住民などの人体や健康に直接的,短期的に悪影響を及ぼす問題が多かった。窒素酸化物や閉鎖水域における水質汚濁,アスベストなどの公害問題はその原因および影響の関係者が多数に及び,解決が遅れている公害問題もあるが,そのための究極的な責任を負っているのは国である。一方,温暖化などの地球環境問題は,その原因および影響の双方がグローバルで,その解決のためには1国単独の努力ではなく,世界各国の国際協調が不可欠である。またその原因物質は人体に直接影響を及ぼす有害物質ではない。また,原因が長期間にわたって蓄積することから顕在化するため,従来の公害問題と比較すると人々の関心も低い。そのため,対策が遅れるとこ非可逆的な負荷を地球全体に与える。
2 持続可能な開発を実現するにあたり,2つの公平性の考え方を指摘しなさい。
(解答例) 地球規模で持続可能な社会を形成するための「持続可能な開発」には①先進国と途上国の間の同一世代内での利害対立をどのように調整するかという側面と,②現在世代と将来世代の間の世代間の利害対立をどのように調整するかという2つの側面がある。この2つの公平性の課題を考慮しなければならない。
3 地球温暖化などの環境対策では,直接規制よりも間接規制である経済的手段が注目されている。その背景を述べよ。
(解答例) 温暖化対策は,従来の産業公害の際に行われた大規模事業者を直接規制するだけではその効果は限られており,広範な経済主体に働きかける必要がある。その際,それぞれの発生源の設備において用いられている技術は異なっている。このとき,各設備の利用主体の経済的インセンティブを活用することにより,全体として最も少ない削減費用で目的を達することができるという意味で,効率的な環境税や排出権取引などの経済的手段が注目されている。
(解答例) たとえばトヨタ自動車の場合,ウェブサイトを開くと企業・IR情報のコーナーがあり,グループ企業としてアイシン精機,デンソーなどの部品会社の名前があがっている。そこでアイシン精機のウェブサイトを訪ねると,ここには主な取引先つまり部品の買い手としてはトヨタ自動車だけではなく他の自動車会社や住宅関連,エネルギー関連の企業名もみることができる。また,部品を作るための原材料の作り手としては,塗料や接着剤の専門メーカーであるアイシン化工株式会社や,トランスミッション製造のアイシンエーアイなどがあげられている。さらにアイシンエーアイのサイトには,会社名はあげられてないものの,調達情報としてトランスミッションに必要なシャフトなどの部品名が紹介されている。このように,ウェブ情報だけからでも,単線的な川上から川下への流れだけでなく,複線的な分業関係をつかむことができる。
2 本文中にあるもの以外で,日本経済の大きさを示す指標を探せ。
(解答例) マクロ経済学では,GDPなどとあわせて,消費や投資が重要な経済変数であることを学ぶ。これらを他国と比較してみると日本経済の大きさがわかる。ほかに労働者の数やそれに労働時間数をかけたものも経済活動の活発さを示す。金融面から,貨幣量や金融機関の数などを調べてみてもよいだろう。本書第4版ではエネルギー消費や二酸化炭素排出量からも日本経済の大きさが分かるとデータを紹介していた。自由な発想でいろいろな指標をながめてみてほしい。
3 少子高齢化のもとでも日本経済を成長させるための戦略を考えよ。
(解答例) 序章3.1.2項で述べているように,女性,高齢者,外国人の活用などが考えられるが,それよりも労働生産性を向上させることが必要である。しかしそのためにどうすれば良いのかという点は,もう少し学習してからでないと掘り下げて考えることはできないだろう。1~3章で高度成長から低成長にいたる日本経済の経緯をたどり,その後の章で日本経済の様々な側面の問題点を学んだ後で,もう一度この問いに戻っていただきたい。
第1章 日本経済の歩み1
1 傾斜生産方式とはどのような産業政策か。簡単に説明せよ。
(解答例) 1947~48年に政府が採用した復興政策の柱。石炭を鉄鋼産業に優先的に回して,鉄の生産を上げる。同時に石炭産業に鉄鋼を優先的に配給し,石炭の生産を上げる。このように政府が人為的に選んだ特定基幹産業に物資や資本を「傾斜的に」配分し,基幹産業の生産増加効果がその他の産業に波及していくことをねらった政策で,限られた物資と金融資本を使って経済全体の生産量を増加させようとした戦後の産業政策の代表例である。
2 全要素生産性とは何か。簡単に説明せよ。
(解答例) 実質GDPの増加が何によってもたらされたか,という成長要因の効果を数量的に把握する手法を成長会計分析というが,そこではすべての成長要因を①労働要因,②資本要因,③その他,の3種類に分けるのが普通である。 ①の労働要因とは雇用者数や労働時間の増加,教育水準の向上などで,②の資本要因としては生産設備の拡充などが考えられる。これらの労働要因,資本要因は実際の成長率をどの程度押し上げたか,その効果を数量的に把握することは比較的簡単であるが,経済成長はそのほかに数量的に把握することが難しい質的な要因にも依存している。たとえば,生産技術の進歩,生産性の低い産業から生産性が高い産業への生産要素の移動,経済政策の効果などである。このような労働要因,資本要因以外の数量的把握が難しい要因を総称して「全要素生産性」と呼ぶ。 なお,成長会計分析(表2-2)によれば,高度成長期の年間平均成長率8.77%のうち,労働要因によるものが1.85%,資本要因による成長が2.10%で,残りの4.82%が全要素生産性による成長であるという結果が得られている。このことから,経済成長をもたらすのは,労働,資本といった物理的要因よりも技術や経済政策,さらには生産の仕組みといった質的な要因のほうが重要であることがわかる。また,表2-6が示すように,このような傾向は1970年代以降にも共通して観察できるものである。
3 戦後,日本国経済が長年にわたって高度成長をしたのはなぜか。その原因を簡単に説明せよ。
(解答例) 略。第1章のまとめおよび第2.1項を参照せよ。
4 1973年以降,日本国経済の成長率が低下したのはなぜか。その理由を簡潔に要約せよ。
(解答例) 略。第1章のまとめおよび第3節を参照せよ。
第2章 日本経済の歩み2
1 プラザ合意に至るまでの経緯を簡潔にまとめなさい。
(解答例) 日本では,1980年代に入ってから経済成長率が減速したこと,国内金利が海外金利より低く推移したこと,さらに第2次石油ショック直後には経常収支が赤字となったこと等から年々円安(ドル高)が進行した。他方,アメリカでは,ドル高に加えて高金利政策や双子の赤字の継続により,世界経済に悪影響を及ぼす懸念があった。このような状況下で,日米独英仏のG5がドル高是正のための政策協調で一致することとなった。
2 1980 年代の後半期に,日本において資産価格の高騰が起こったのはなぜか。
(解答例) 1980年代の後半期を通じてバブルが持続しえたのは,自己実現的な期待形成による面が大きいが,それを可能にしたのは金融の超緩和政策による過剰流動性の存在である。すなわち,1986年1月以降5次にわたって公定歩合が引き下げられ,1987年2月以降2年3カ月にわたって2.5%という低水準が維持された。金融緩和政策がとられたのは円高不況対策や内需拡大政策の追求に求められる。
3 その資産価格の高騰がバブルと呼ばれるのはなぜか。
(解答例) バブルは,理論的には,資産価格のうちファンダメンタルズを超えた部分であるが,実際はファンダメンタルズ自体が将来収益(配当や地代)や割引率(金利)の予想に依存することから,一般的にはその時点でバブルか否かを評価するのはきわめて困難である。しかし,1980年代後半の資産価格の高騰の背景では,株価収益率(PER)の水準や現実地価と理論地価との乖離幅から判断して,バブルが発生していた可能性がきわめて高いといえる。事後的に振り返ると,1990年代に入って資産価格が大幅に下落したことから,確かにバブルが膨張・崩壊したと考えることによって説得されよう。
4 1990 年代に入ってからのバブルの崩壊が,実体経済に及ぼした影響を簡潔に述べなさい。
(解答例) 合理的バブルについての「実体経済に対する中立性」といった理論的命題とは別に,実際には,まず逆資産効果による消費減や企業の資金調達コスト高による設備投資減が起こった。さらに,より強いチャネルとしては,バブル崩壊による個人破産や企業倒産による直接的デフレ効果,担保価値の減少による金融機関の貸し渋りを通じるデフレ効果,金融機関が抱えることとなった不良債権による信用不安問題によるデフレ効果がある。また,これらが将来に対する悲観的な期待形成を醸成することとなったのも特筆に値しよう。
5 不良債権処理はどのような段階を経たか,簡潔にまとめなさい。
(解答例) 不良債権はバブル崩壊直後は経営破綻先債権など狭い範囲にとどめていたが,不良債権問題が金融システム不安の払拭に重要であることが認識されるにつれてその範囲を拡大し,金融機関が抱える潜在的な不良債権もバランスシートから把握できるように,透明性を高める規制を導入した。一方,不良債権の処理の上では,前段階の回収機関を経たのちに公的機関としての整理回収機構が設立され,破綻した金融機関や公的資金が注入された金融機関が抱える不良債権の回収に当たった。他に,健全な金融機関が抱える不良債権の買い取りにあたる機関として,都市銀行の出資によって共同債権買取機構が設立された。金融システム不安の払拭にあたっては,金融機関そのものへの公的資金の注入もなされた。
6 日本経済の「失われた10 年」とは何か。なぜそのような事態になったのか。
(解答例) 日本経済の失われた10年は,バブル経済崩壊後の地価の持続的下落,株価の低迷,景気の長期デフレ不況,日本企業の競争力の低下や産業の空洞化,日本的経済システムの凋落,巨額の財政赤字の累増,といった日本経済の停滞を示す現象が同時期にほぼ10年間続いたこと(多くは10年以上続き,後には失われた20年が問題となる)。原因としては,バブル経済の崩壊後の不良債権問題の解決にいたずら時間を要したこと,冷戦の終焉によってアメリカ型の資本主義がグローバル化のもとに日本国内に浸透し,日本的経済システムが維持できなくなったこと,企業や家計が不確実性や不安の高まりによって悲観的になり,投資や消費を控える縮小均衡に陥ったこと,などがあげられる。
7 1990 年代の財政・金融政策について簡潔にまとめなさい。
(解答例) 1980年代後半のバブル経済の後半期は金融引締め,バブル経済崩壊後は金融緩和といった基本方針を,日銀はそれぞれ数次にわたる公定歩合の変更によって示した。1990年代の後半期には金融緩和はゼロ金利政策にまで追い詰められたが,それでもデフレ対策や景気刺激策としては効果は限定的で,むしろ金融システム不安下での金融機関への支援策として位置付けられる。財政政策についても,1990年代には総合経済対策を合計9回発動し,事業規模においては優に100兆円を超えるものだったが,景気刺激策としては限定的だった。
8 橋本内閣の構造改革と小泉内閣の構造改革の共通点と相違点をまとめなさい。
(解答例) 共通点はどちらも日本的経済システムからの脱却,アメリカ型資本主義への転換を目指す。具体的には規制緩和と市場メカニズムの徹底,小さな政府。相違点は橋本構造改革は各論的な「(隗(かい)より始めよ」の各省庁主導のボトムアップ,小泉改革は総論的な経済財政諮問会議主導のトップダウン。
9 日本経済の再生に10 年以上の年数を要したのはなぜであろうか。その経緯を簡潔にまとめなさい。
(解答例) バブル経済の崩壊直後においては,資産価格の下落が一時的なものであり,いずれバブル景気時代に戻るとの楽観的な見通しがあった。このことから,日本的な経済システムの抜本的な構造改革の必要性が国民全体に理解され受け入れられるまでに相応の時間がかかり,その間日本経済のデフレ基調が悪化の一途を辿った。21世紀に入って不良債権の抜本的な処理が成されて,ようやく吹っ切れた形で悲観主義からの脱却がなされ,株価や地価も上昇基調に転じ,それが設備投資や民間消費にも好影響を及ぼすことになった。この間,日本の競争力に地力がありエネルギーを蓄えていたのと,外資の流入がそれを引き出すのに貢献した面もある。
10 日本経済の再生の代価(影の部分)を整理し,将来の日本経済に思いをめぐらしなさい。
(解答例) 政府が進める構造改革では,日本経済の再生は,日本独自の経済システムからアメリカ型資本主義への転換であり,それがグローバル化時代に残された唯一の選択肢のように説明された。しかし,日本国民の多数が一貫してこれを支持するかは疑問。実際,各方面での格差拡大は優勝劣敗の競争社会を反映したものであり,日本再生の代価(影の部分)の最たるものである。日本的経済システムはアメリカ型の資本主義と比べると,激動期など短期的な効率性が優先される時期には見劣りする。しかし,経済の安定期には,下請けや顧客関係における長期的取引関係などは,かえって経済効率性を高めることは十分考えられる。終身雇用制や年功賃金,ワークシェアリングなども同様であって,これらは将来の日本国民にとって,総選挙時など繰り返し直面させられる選択肢になるであろう。
第3章 日本経済の歩み3
1 リーマン・ショックとは何か。その原因となぜ震源地のアメリカよりも日本経済の落ち込みが大きかったのか理由を述べよ。
(解答例) リーマン・ショックとは,アメリカで4番目に大きな投資銀行のリーマン・ブラザーズが破綻申請したことをきっかけに,アメリカの金融システム不安が一気に表面化し,世界的な信用不安と株価の同時暴落を引き起こしたことを指す。リーマン・ショックの前,「いざなぎ超え」と呼ばれるほど長期となった日本の景気拡大は,過去に比べて経済成長の外需寄与率が高かった。さらに,デカップリング論のシナリオが崩れて,欧米のみならず日本の主力輸出市場だった中国の経済成長率も低下した。これらの要因が震源地のアメリカよりも日本経済の落ち込みを大きなものとした。
2 東日本大震災が日本全国の生産活動を一時的に低迷させた理由を述べよ。
(解答例) とくに生産の落ち込みが大きかったのが輸送機械工業であった。部品点数の多い輸送機械工業は,震源地となった東北三県(岩手・宮城・福島)にも立地している部品メーカーとのサプライ・チェーンの寸断の影響が大きかった。一方,他産業への影響が大きい輸送機械工業の生産が落ち込んだことが,震災の直接的影響も含めて鉱工業生産全体を押し下げた。
3 リーマン・ショック以降,日本の民間投資が低迷している理由を述べよ。
(解答例) 先行きの日本経済の成長見通し(期待成長率)の低下により,設備投資に回せる資金(キャッシュフロー)のうち,国内の設備投資に使われる割合が低下した。また,1990年代後半から続いてきた長期的な物価下落傾向(デフレーション)により,設備投資に影響を与える実質金利(=名目金利-予想物価上昇率)が高止まったことも影響したとも考えられる。
4 「アベノミクス」とは何か。そのポイントと,日本経済への功罪についてまとめよ。
(解答例) 「アベノミクス」は,「大胆な」金融政策,「機動的な」財政政策,「民間投資を喚起する」成長戦略という3本の矢で構成される。量的・質的金融緩和と呼ばれた金融政策は,過度な円高を修正し,企業収益の改善や株価の上昇に結びついたという評価がある一方で,円安の進行は大企業製造業など限られた企業を潤しただけで,内需関連企業にはマイナスだという見方もある。財政政策では,公共投資を中心とした財政支出の拡大が景気の下支えとなったと評価される一方で,急激な公共投資の拡大が建設現場の人手不足を加速させているという批判もある。成長戦略については,アベノミクスから2年経過した2015年初頭においても具体的な姿は見えていない。
第4章 企業活動
1 ペティ=クラークの法則によれば,経済が発展すると農業から製造業へ,製造業からサービス業へ就業者がシフトしてゆく。これが経済成長率に与える影響について考えなさい。
(解答例) 発展の初期段階では,農業は労働集約的であり多くの労働力が農業に従事している。その後製造業の規模が拡大するのに伴い,農業から製造業に労働力が移動する段階では,製造業の生産性が高いために1人当たりの経済成長率も高くなりがちである。しかし,製造業で規模拡大が鈍化する中で生産性の上昇が続くと,労働者がサービス業に移ってゆく。一般的にはサービス産業の労働生産性は製造業ほど高くないため,1人当たりの経済成長率が鈍化する可能性が高い。サービス業のすべての分野で生産性が低い訳ではないものの,日本では経済成長率を高めるためにサービス業の生産性をどのように改善して行くかが課題となっている。
2 日本の企業システムは高度成長期に適していたと言われるが,それはなぜか。またバブル崩壊後,日本の企業システムはどのような問題に直面したか。
(解答例) 高度成長期には,企業が継続的に成長することができたために,若い従業員が増える中で年功賃金は労働コストを抑えるとともに,長期雇用を前提に,企業は従業員にOJT等でノウハウを伝授し,従業員も積極的に訓練を受けた。また高度成長期には,積極的に設備投資を行っても需要が追いついてきたため,メインバンクが資金供給をするリスクも小さく,万が一取引先が危機に陥っても支援することが可能であった。 しかしバブル崩壊後は,新規採用の抑制や従業員の高齢化に伴い,年功賃金による労働コストが企業の重荷になるとともに,OJTは人員面やコスト面から次第に困難になっていった。またバブル期の積極的な投資は,バブル崩壊後の成長低迷の中で過剰設備となり,金融機関の経営悪化や取引先のリスク増大から,メインバンク制の維持も困難になっていった。
3 グローバル化と企業行動の関係について,自動車産業,鉄鋼業,電子産業それぞれにどのような特徴があるか述べなさい。
(解答例) 自動車業界では輸出拡大の結果,欧米を中心に貿易摩擦が拡大したため,1980年代から海外生産を拡大させていった。その後はアジア諸国でも海外需要の拡大に対して海外生産を拡大させ,現在は輸出を含め需要の8割を海外市場が占めるまでグローバル化が進んでいる。国内市場は頭打ちだが輸入依存度は低い。 鉄鋼業界では1億トン程度の生産で2~3割を輸出している。設備の新鋭化や企業合併などによって強みを有しているが,中国の生産急拡大が,製品市場や原料市場で大きな脅威になっている。 電子産業は早くから海外生産が進み,水平分業が行われてきた。最近ではアジアを中心に海外からの輸入が拡大し貿易収支が赤字になるとともに,技術革新の激しい携帯電話などの分野で世界のシェアを確保できず厳しい状況にある。
第5章 労 働
1 1980年代の日本の大企業には,企業が費用のすべてを負担して社員を海外の大学院に留学させるという制度をもっている企業も少なくなかった。ところが,最近はそうした制度を廃止する企業も増えている。その理由を考えよ。
(解答例) 大学院で習得されるスキルは,どの企業で働いても発揮できる一般的なものであろう。その場合は,企業特殊的人的資本と異なり,企業がその費用を負担するインセンティブは弱い。一般的技能であれば,訓練費用を負担していない他の企業においても,その技能は同様に役立つので,企業が大学院から戻ってきた労働者にその貢献度より低い賃金を支払って投資の収益を回収しようとしても,他の企業に引き抜かれてしまう可能性が高いからである。ただし,たとえば労働市場が競争的でなく転職機会が乏しい場合には,引き抜かれる可能性が低いため,企業にとっても一般的人的投資を行う動機が生まれる。最近になって従業員を大学院留学させる企業が減っている背景には,以前に比べて中途採用市場が活発化し,従業員が転職しやすくなり,企業が一般的人的投資をしても,その収益を回収しにくくなっていることが考えられる。
2 日本の失業率は,1970年代の石油ショックに伴う不況期においても2%台で推移し続けたが,90年代の不況期には上昇した。その背景の1つとして,70年代の不況では世帯主の雇用が守られていたが,90年代の不況では世帯主までもが失職する可能性に直面するようになったことでことがあるといわれる。この点について説明しなさい。
(解答例) 不況になって求人が減ると,職探し自体をあきらめる,つまり非労働力化してしまう人も多い(これを就業意欲喪失効果という)。とくに70年代の不況では,世帯主には雇用不安がなかったため,世帯主以外の家族,とくに女性で職探しをあきらめる傾向が強かったといわれる。その結果,不況によって就業者が減っても,労働力人口も減少したため,失業率上昇を抑制した。しかし90年代の不況では世帯主までもが失職する可能性に直面するようになったことで,職探しをあきらめる傾向は弱くなり,人々が非労働力化することで失業率上昇を抑制する効果は見られなくなった。
3 仕事と育児の両立を推進するためには,どのような政策が有効であると思われるか。
(解答例) たとえば,本章で述べたような企業におけるワークライフ・バランスへの取り組みについての先進事例を収集し,その情報を広く公開することや,そうした取り組みに積極的な企業を表彰・認定することを通してその企業の市場での評判の確立を助け,労働市場で有利な立場にさせることなどが考えられる。日本でもすでに「ファミリー・フレンドリー企業表彰」の制度があるが,それを育児との両立策に限定せず,男性も含めた働き方の柔軟化や,男女均等の観点も併せて表彰の対象に拡充すべきであろう。
第6章 社会保障
1 社会保障給付費の概況を説明し,日本の特徴を指摘せよ。
(解答例) 毎年増加し,2014年度予算ベースで約115兆円,対国内総生産比約23%。部門別では,年金が約半分を占め最大,医療が約3分の1で残りが福祉である。年金,医療の比重が高く,高齢者介護以外の福祉は小さい。また,高齢者給付が全体の7割を占めるのに対し,児童・家族向けの給付は限定的。費用面では,保険料収入が増えず,公費負担が増大。
2 日本の医療費保障制度の基本的な枠組みを説明せよ。
(解答例) 職域または地域をベースに3000以上に分立した公的な医療保険制度のいずれかにより,原則としてすべての国民がカバーされる国民皆保険体制。その土台となっている市町村国保への高齢者の集中を高率の公費助成や老人保健制度,その後の新しい高齢者医療制度による財政調整で支援。保険医療機関の選択やサービスの価格は行政が一元的に公定。医療サービスの供給は民間中心で,医療機関の機能分化が不十分。
3 2004年の年金改革の概要を説明せよ。
(解答例) 制度の基本構造は不変である。負担の範囲で給付を行うこととし,毎年段階的に保険料を引き上げ,2017年度以降は固定する。また,2009年度までに基礎年金の国庫負担を2分の1へ引き上げるとともに100年かけて積立金を取り崩し,給付に充当する。一方,被保険者数の減少や平均的な年金受給期間の伸びを勘案した「マクロ経済スライド」で年金額を自動調整する。社会保障と税の一体改革で,国庫負担の引き上げは恒久化されたものの,「マクロ経済スライド」はいまだ実施されておらず,世代間の公平を目指すという目的は,達せられていない。
第7章 財政・財政政策
1 公的部門と民間部門の経済活動が競合する例をあげ,政府の役割について考えよ。
(解答例) 病院,大学,バス,宅配便,郵便局,年金,保険,林業,清掃など。これらの中には,当初は技術的に困難か費用が高価すぎたために民間部門での供給がなかったものの,やがて需要増等のため一部のサービスが民間部門でも採算に乗り出したもの(宅配便,年金や保険,清掃),もともと民間部門よりも安い料金で供給するのが目的であり補助金的色彩の濃いもの(病院,大学),当初より競合するものの効率性以外の観点から供給されているもの(バス等の交通機関,林業),とさまざまな経緯がある。
2 諸外国と比べながら日本の財政制度の特徴を述べよ。
(解答例) 略。本章の第2節を参照し,とくに政府の範囲,予算の編成過程,財政投融資制度,国の財政と地方財政の関係,などに注目せよ。また,直接税と間接税の比率(直間比率),国民負担率,公債の発行残高等の数値も参考にすること。
3 国の一般会計の今年度当初予算における歳出を調べ,10年前と比較せよ。
(解答例) 略。本書利用の時期により異なる。国の一般会計予算は財務省のウェブページで確認することができる。通常は政府案の通り可決されるため,政府案の説明をみる。近年の動向としては,社会保障関係費が増加している。また,ごく最近では国債費が増加傾向にあるため,その違いも確認できよう。公共事業関係費については,10年前より減少していると思われるが,政策方針の変化にもよる。
4 現時点でわかる最新の政府債務残高と基礎的財政収支の状況を調べよ。
(解答例) 略。財政統計等により調べられるが,財務省の「日本の財政関係資料」の最新版がわかりやすい。政府債務残高は,政府の範囲や債務の種類によって額が異なる点に注意したい。一般会計との関係では,国の普通国債残高をみる。地方もあわせて考える場合は地方債も加える。また,借入金などの短期の借入を含めるかどうかによっても異なる。基礎的財政収支は国については,本文第4節の式で求められる。ただし,骨太の方針2014では地方も含めた基礎的財政収支を目標指数としている。国と地方を合せた基礎的財政収支は国民経済計算で確認できる。
5 近年,公共投資による景気浮揚に批判的な見解が影響力を増してきている。その根拠とそれに対する反論をまとめよ。
(解答例) 根拠としては,公共投資の景気浮揚効果(乗数効果)が低下してきていること,ハーベイロードの前提には無理があり,タイミングよい市場介入は困難なこと,公共事業の中には無駄なものがあること,財政に余力がないこと,などがあげられる。これに対する反論としては,真に必要とされる公共事業はいまだたくさん残っている,景気対策が景気浮揚をもたらせば税収増となり財政赤字は減少する,といった点が強調される。
第8章 金融・金融政策
1 日本が採用してきたゼロ金利政策,量的緩和政策,包括的な金融緩和政策,量的・質的金融緩和それぞれを比較し,政策的枠組みがどのように進歩してきたか述べよ。
(解答例) 本文の表9-2を参照のうえ,政策的枠組みとしてどのように進歩してきたか考察する。
2 最新の経済・物価情勢の展望(展望レポート)を参照の上,日本経済の成長率および物価水準を自ら予測してみよ。
(解答例) 直近の経済・物価情勢の展望(展望レポート)を日本銀行ホームページから検索し,第1の柱および第2の柱に基づいて政策委員会が経済をどのように評価しているか,「政策委員の大勢見通し」,「リスク・バランス・チャート」を参考にして自らの意見を述べてみる。
3 日本の量的緩和政策(2001~06年)が,グローバルな金融危機(2008 年)以降のアメリカ,EU の金融政策にどのように反映されたか説明せよ。
(解答例) たとえば,経済物価情勢の展望(展望レポート),2010年4月の図表13にはグローバルな金融危機に対して主要中央銀行が導入した措置が整理されている。
第9章 貿 易
1 日本の貿易構造は近年,急速に変化しているといわれる。その特徴を簡単に説明せよ。
(解答例) かつて日本は,原材料や食糧を輸入し,国内の労働や資本を使ってそれらを加工し,製品を輸出するという典型的な加工貿易を行っていた。しかし最近は,製造業が生産工程の一部を外国(とくに東アジア諸国)に移転し始めたため,外国で生産した部品や最終製品の輸入も増えている。それに伴って,日本でも産業内貿易と製品輸入比率が急増している。
2 日本の対外直接投資による生産ネットワークの拡大と産業内貿易の増大について簡単に説明せよ。
(解答例) 製造業などでは,生産工程が複数に分かれているが,対外直接投資を行うことによって,一部の生産工程を海外に移している。特に,東アジアの中でこのような動きが活発化している。生産工程が国際的に分散させていくことで,生産ネットワークの拡大が生じる。それによって域内での部品や製品の貿易が増加し,産業内貿易が増加している。
3 比較優位に基づく貿易構造とは何か。また比較優位構造を決める要因にはどのようなものがあるか。
(解答例) 比較優位とは,財・サービスの絶対的な価格水準の違いではなく,相対価格の相違によって貿易構造が決まるという考え方である。2国・2財からなる世界経済を想定すると,各国は互いに相対価格の低い財・サービスを輸出することになる。リカードの比較生産費説によれば,国内の産業間の相対的な技術水準によって相対価格が決まるので,各国は相対的に優れた技術をもつ産業の財・サービスを輸出する。ヘクシャー・オリーンの要素賦存比率理論によると,相対価格の違いは労働や資本などの生産要素の供給量の国際的な相違から生じており,たとえば資本豊富国は資本集約的な財を輸出する。
4 近年,FTAが増加した理由と,FTAの長所・短所を簡単に説明せよ。
(解答例) 近年,加盟国の増大や交渉でカバーする分野の拡大などによって,WTOによる多角的貿易交渉の妥結には非常に長い時間と労力を必要とするようになった。そのために,比較的交渉が容易で妥協点を探りやすい2国間や地域間のFTAを締結する動きが活発化してきた。FTAの長所としては,域内の貿易障壁の削減により域内の貿易取引を活発化するという貿易創造効果や,それによって競争が促進される競争促進効果などがある。短所としては,域外の効率的な生産者からの輸入が排除され,域内の非効率な生産者からの供給が増加するという貿易転換効果があげられる。
第10章 農 業
1 TPP交渉の特徴を述べ,日本農業は何を求められているか論ぜよ。
(解答例) TPPは貿易分野だけでなく,広範な分野の自由化を目指している。特に,投資・金融の自由化に重点が置かれ,そのための共通のルール作りが行われている。一方,農業分野は市場開放が遅れ,センシティビティと呼ばれる高関税品目が残されている。TPPでは一定の期間をかけるも関税をすべて撤廃することを原則としており,日本はコメ,麦,乳製品,甘味資源作物(砂糖・でんぷん),牛肉・豚肉の5項目を例外とするよう求めている。しかし,5項目すべてを例外とすることは困難であり,それらのうちのいくつかは関税撤廃ないし大幅な関税削減が求められることになるかもしれない。
2 日本農業の構造上の特徴とその背景について述べよ。
(解答例) 日本農業の特徴は,農家戸数はあまり減少せず,1戸当たりの経営規模が零細なままとどまっていることである。この背景には小規模兼業農家の滞留がある。小規模農家はビジネスとして農業を行っておらず,所得は他の源泉に依存し,耕作の目的は趣味だったり,資産としての農地保有だったりするので,コスト割れしても生産を続ける。その結果,農地の集積が進まず,結果として規模拡大がすすんでいない。このことが日本農業のコスト・ダウンを妨げ,国際競争力がつかない理由の1つとなっている。
3 「食料問題」と「農業問題」とは何か。それぞれの問題解決に有効な政策手段を考察せよ。
(解答例) 「食料問題」とは人口増加や1人当たり所得の増加に伴って食料需要が増え,一方,投資不足などでそれに見合う食料供給が得られず,食料価格への高騰圧力が構造化している途上国の問題をいう。「農業問題」は逆に需要の伸びに比べ食料生産が技術進歩や社会資本の整備により大きな増加を示し,価格下落圧力が恒常化する先進国に共通する問題である。いずれの場合も価格が問題とされるがその解決には,市場介入で価格を操作するのではなく,食料問題には食料生産増大のための投資,農業問題には離農・転職への補助といった供給曲線のシフトに働きかける政策の方が有効である。
4 減反政策,農地制度,農協問題についてそれぞれ問題点を指摘せよ。
(解答例) 略(本章第2. 2項を参照)。
第11章 環 境
1 公害問題と地球環境問題とはどこに大きな差異があるか。
(解答例) 公害問題はその発生源および影響がローカルであり,かつ原因物質が有害で周辺住民などの人体や健康に直接的,短期的に悪影響を及ぼす問題が多かった。窒素酸化物や閉鎖水域における水質汚濁,アスベストなどの公害問題はその原因および影響の関係者が多数に及び,解決が遅れている公害問題もあるが,そのための究極的な責任を負っているのは国である。一方,温暖化などの地球環境問題は,その原因および影響の双方がグローバルで,その解決のためには1国単独の努力ではなく,世界各国の国際協調が不可欠である。またその原因物質は人体に直接影響を及ぼす有害物質ではない。また,原因が長期間にわたって蓄積することから顕在化するため,従来の公害問題と比較すると人々の関心も低い。そのため,対策が遅れるとこ非可逆的な負荷を地球全体に与える。
2 持続可能な開発を実現するにあたり,2つの公平性の考え方を指摘しなさい。
(解答例) 地球規模で持続可能な社会を形成するための「持続可能な開発」には①先進国と途上国の間の同一世代内での利害対立をどのように調整するかという側面と,②現在世代と将来世代の間の世代間の利害対立をどのように調整するかという2つの側面がある。この2つの公平性の課題を考慮しなければならない。
3 地球温暖化などの環境対策では,直接規制よりも間接規制である経済的手段が注目されている。その背景を述べよ。
(解答例) 温暖化対策は,従来の産業公害の際に行われた大規模事業者を直接規制するだけではその効果は限られており,広範な経済主体に働きかける必要がある。その際,それぞれの発生源の設備において用いられている技術は異なっている。このとき,各設備の利用主体の経済的インセンティブを活用することにより,全体として最も少ない削減費用で目的を達することができるという意味で,効率的な環境税や排出権取引などの経済的手段が注目されている。
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