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2013年5月23日 (木)

著者より:『現代に活きる博物館』「書斎の窓に掲載

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君塚仁彦・名児耶明/編
『現代に活きる博物館』


2012年12月刊
→書籍情報はこちら

pen編者のお一人・君塚仁彦先生が,本書の刊行にあたって『書斎の窓』(2013年5月号)にお寄せくださいましたエッセイを,以下に転載いたします。

◆博物館を知り、考えてもらうために――『現代に活きる博物館』刊行に寄せて

1 「何を、どう伝えるのか」という問い

日本は世界有数の博物館数を誇る国である。特に、地域レベルでの博物館数の多さは世界に類をみない。しかし、2010年、戦後一貫して右肩上がりで推移してきた国内の博物館数が初めて減少に転じた。各地で公立博物館の統合や閉館も相次いでいる。まさに、博物館そのものの存在意味が問い直されなければならない時期に当たる昨年末、有斐閣から大学生向けのテキスト『現代に活きる博物館』を刊行させていただくことができた。

本書刊行にあたり大変なご苦労をかけた共編者の名児耶明さん(五島美術館学芸部長)、編集担当の中村さやかさんとは編集方針をめぐって何度も話し合いを重ねたが、小稿では編者の一人として本書に込めた思いを改めて述べてみたいと思う。

ところで、一概に博物館と言ってもその姿は多様である。国際博物館会議(ICOM=International Council of Museums)の定義をもとにすれば、博物館とは、社会とその発展に貢献するため、公的あるいは私的に設置され、恒久的かつ非営利的であるべき教育文化機関のひとつであるとされている。人びとの楽しみや癒し、教育・学習支援活動などを通して、豊かな文化創造とその継承のための活動が展開される社会的な仕組みであり、人間と社会・歴史・芸術文化・自然環境などに関するさまざまな物的資料を収集し、それらを恒久的に保存・管理し、調査・研究した成果を、展示や閲覧、また教育・学習支援活動などを通して、人びとに広く公開していく教育文化機関ということになる。

このように博物館は、国際的に幅広く定義され認識される。美術館や動植物園・水族館・プラネタリウムなども博物館の一種なのであるが、国内ではそう思われていないことが多く、むしろそのほうが一般的だ。かく言う私自身も、約30年前に大学で博物館学の講義を聴いて初めてこのことを知った。レクリエーションの場でしかなかった動物園が博物館の一種などとは思ってもみなかったし、そこで動物に関する調査研究が行われていることも、動物を「展示」するという考え方や環境保護のための動物園教育という活動があることを知るのも初めてのことで、驚きの連続であった。しかし、それも無理のないことである。収蔵庫や研究室のあるバックヤードと呼ばれる場所に入ることが禁じられ、展示見学が中心にならざるをえない一般市民が、博物館そのものを深く知り、実地に学ぶ機会はそうあるものではない。

なので『現代に活きる博物館』の根っこには、できるだけ分かりやすい言葉で、一見、静的に見える博物館の多様で動的な仕事の「何を、どう伝えるのか」という問いと問題意識がある。博物館の実態を書物という媒体で伝えるのには限界があるが、本書では、その問題意識をベースに現場で働く学芸員の視線からそれを描き出すという方向性を中心軸に据えたのである。

2 博物館での「体験」

博物館学芸員としての勤務経験や博物館学担当の大学教員としての経験を通して言えることがひとつある。それは、日本の博物館の姿が、高校生・大学生をはじめ、一般市民によく伝わっていない、仕事が十分に理解されていないということなのである。先にも述べたが、それは、かつての私も全く同じであった。

幼いころからの「体験」という視点で考えてみたい。日本では学校教育を通して図書室や図書館には親しむ経験を持つが、博物館に関してはそうではない。子供のころからの日常生活での経験値が段違いに低いのである。学校教育では、読むこと、書くこと、作ることが重視されてきた経緯がある。どちらかと言えば、実物教育、つまり、実物を見ることや実物を通して体験することに関しては、理科の実験など一部の教科を除いてあまり重視されてこなかった傾向があるように思う。

美術館や歴史博物館には、難しい崩し字で書かれた書芸作品が展示され、これまた難しいキャプション(説明板)が付いていることがある。しかし、小学校で書道塾をやめ、高校でも書道を選択しなかった大学生の私には何の事だかわからない。なので、作品の前をさも分かったふりをしながら通過するだけになる。もちろん、分からなくてもよいし、疑問を持てればそれはそれでよいと思うが、中学・高校時代に書を鑑賞する手立てや見方を学ぶ機会があれば、見方や接し方に違いが表れていたのではと思うことがある。

しかし近年、書道の教科書にも書芸作品の鑑賞が取り上げられていると聞く。学校の博物館利用も盛んに研究され、その内容も大幅に改善されてきた。しかし、学校教育での実物・体験を通した学習活動の実態はどうなのだろうか。

誤解を恐れずに言えば、十分な事前学習もなく、先生に「何十分後にここに集合!」と言われて、ガラスケースの並んだ展示空間に解き放たれた児童・生徒たちが、実際には何も話しかけてこない展示資料や作品と無言の対話を続けているか、配布されたワークシートを展示室で埋める作業に没頭するという光景も、いまだに少なくないのではないか。学生からアンケートを取ると、そのような「体験談」がよく見られる。受験や部活で忙しかった中学・高校時代での博物館体験がほぼ空白で、ほとんど関わりがないという回答をする者も多い。

また、博物館はたまの休日に家族そろって楽しみに行く「イベント」として親に手をひかれていく場所、もう少し大きくなれば、友人や恋人と特別な時間を過ごす場所というイメージも一般的だ。むろん、自家用車で一時間以上走らないと博物館や美術館には行けない場所に住んでいるというケースもあるが、都市部、あるいは都市近郊で子供時代を送ってきた大学生でさえも、貧弱な博物館体験しか持たないケースが多いのは少し考えものである。

学芸員資格を取ろうとする一部の意欲的な学生はともかく、「貴重な文化遺産や有名な美術作品を見られる場」としての意義は認めつつも、「博物館はあってもなくても構わない」「たいして役にたっていない」といった認識を持つ者が多いのには「ちょっと待てよ」とストップをかけたくなる。経験値が低いのである。日常的に使い込まれるような場として、必要不可欠なものとしては認識されていないのだ。だからこそ、ここで立ち止まってもらい、博物館を知ってもらい、その意味を考えてもらう。講義をすればするほど、その大切さを思い知る日々が続く。

3 博物館の仕事をヨコにつなぐ

『現代に活きる博物館』は、博物館で行われている活動とその意味を学芸員の目線で知ってもらい、総合的に学んでもらうために書かれたものであるが、編集に際しては、大学生たちの博物館経験なども踏まえ工夫を凝らした点がいくつかある。その一つが、博物館の仕事の「総合性」を重視したことだ。

学芸員資格を取得するためには法令で定められた講義科目をいくつか受講する必要があるが、本書では、「博物館資料論」「博物館情報論」「博物館経営論」などのように科目や課題別にタテ割で記述するのではなく、総合的に、それぞれをヨコに繋げる形で内容を組むことを志向した。

博物館学関連書については、ここ数年、学芸員の仕事現場からの発信が何冊か出ている。いずれも博物館の役割や学芸員の仕事を分かりやすく伝えようとする熱意や思いが伝わってくる内容であり、大学や大学院で博物館学を学ぶ学生たち、博物館ボランティアなどで実際に汗を流している人々にとって意義ある書物の数々である。ただし、それらの中には資料収集や保存作業、あるいは展示・教育活動などの作業別に叙述されているものが目立ち、学芸員の館内や館外における仕事の全体像や総合性がつかみにくいという点があった。

なので、本書では仕事別にテーマを分けるのではなく、あくまでも、一人の学芸員の「仕事」の全体像を総合的に伝えることに重点を置いた。一つ一つの作業をぶつ切りにせず、トータルな作業空間としての博物館労働現場を、読み手に理解してもらいたいという意図がそこにある。同時に、国内の圧倒的多数派である中小規模の博物館、そこで働く学芸員の持つ総合性を伝えること。この点にも腐心した。

しばしば「雑芸員」と揶揄されることもある日本の学芸員。しかし、そのジェネラリストとしての側面、そして能力的な意義は改めて見直されるべき点が多いと思われる。もちろん、これは常に問題になり続けている正規職学芸員の少なさを正当化するための話ではない。外国に比べてあまりにも少なすぎる正規職学芸員数は、博物館の仕事量に見合うだけの数を増加させる必要がある。しかし現実はそれとは違う方向に進んでいる。

博物館を知り、考えてもらうために、博物館で働く人の姿を、まず知ってもらう。「人」の視点に立つ博物館・博物館学。本書が大切にする点であるが、それは「人」そのもののありかたを考えるところから始まる。そして博物館を知り、考えてもらう。博物館を身近に感じる人、博物館から縁遠い人、そして博物館で働いている人にも、これからの博物館のあり方を考えていくときに、この視点を欠かすことができない。

博物館(Museum)・図書館(Library)・公文書館(Archives)は、21世紀における教育文化機関の三本柱と言われる。近年ではMLA連携という教育文化機関あるいは資料保存機関をヨコにつなぐ考え方も提唱されている。多くの被災者を出し続けている東日本大震災。その記憶や記録のあり方、残し方、継承の仕方も課題になっているが、MLAの存在意味や役割は、今後、そのような現代的な課題においても大いに見直されるであろう。

大学生のみならず、一般市民やMLAを運営する行政関係の皆さんにも、一度は本書を手にとってもらえれば。そう願ってやまない。

   
   *君塚仁彦(きみづか・よしひこ)= 東京学芸大学教育学部教授

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