« 編集室の窓:『書斎の窓』2013年4月号に掲載 | トップページ | 書評:『「危機の年」の冷戦と同盟』 「書斎の窓」に掲載 »

2013年5月16日 (木)

著者より:『日本企業のマーケティング力』 「書斎の窓」に掲載

163980山下裕子・福冨 言・福地宏之・上原渉・佐々木将人/著
『日本企業のマーケティング力』

2012年12月刊行
→書籍情報はこちら

pen著者の山下裕子先生が,本書の刊行にあたって『書斎の窓』(2013年4月号)にお寄せくださいましたエッセイを,以下に転載いたします。

◆マーケティング×マーケティング◆

「きちんとマーケティングしていますか?」

昨年末出版していただいた『日本企業のマーケティング力』の帯のコピーである。誰よりもまず,プロジェクトを推進してきた著者自身に向けられた言葉であった。

本著は,グローバルCOE(G-COE)のために一橋大学大学院商学研究科が取り組んできた教育研究拠点形成プログラムのマーケティング・チームの成果である。G-COEの目的は,グローバルな研究教育の拠点形成であり,博士課程やポスドクの若い研究者が,海外学会で発表をし,海外ジャーナルに投稿できるような基盤の構築が求められていた。

恥ずかしい話であるが,本学のマーケティング領域において,海外ジャーナルで成果を発表する大学院生を育てていくような体制は歴史上整備されたことがない。怠慢を直視せざるを得ない現状であった。

振り返ってみれば,チャンスはあった。日本企業研究ブームが沸き起こった80年代である。欧米各国から研究者が日本にやってきて,日本型マーケティングについての熱心な研究がなされつつあった。しかし,それを国際的な議論の俎上に上げる努力を日本人研究者が自前で行う段階に到達する前に,日本経済が失速し,潮が引くように,日本企業への関心も消滅した。

日本企業研究ブームは,日本人研究者が海外の研究者と直接対話する機会を提供してくれ,活発な知的刺激を与えてくれた意味では素晴らしかった。しかし,自分では全く努力することなく,海外から日本人研究者に対するニーズが降って湧いたわけである。ブームが過ぎた後で,独自の研究分野開拓能力が育成されていたわけではなかった。

G-COEのスキームのもとで,我々は,2種類の顧客を対象とする必要があった。第1は,海外学会であり,第2は,日本企業である。双方とも,現在,日本企業の実証研究についての顕在的なニーズを持っているわけではなく,潜在ニーズを掘り起こしていく必要があった。マーケティング研究のマーケティングが必要だったのである。

新しい企業研究分野でのポジショニング――海外学会に対するマーケティング

海外学会に対しては,本著の研究は,この10年間に盛んになってきている,新しいマーケティング企業研究への位置づけを念頭に設計されている。

マーケティングの学術研究分野において,主流は消費者研究であり,企業研究はマイナーな存在である。1970年から80年代初頭にかけて,激しい方法論論争があり,実務と純粋なサイエンスとを隔絶すべきだという考え方が支配的になった。企業研究は,70年代まではマーケティングのジャーナルの主要なテーマだったのだが,80年代以降,次第に経営学系のジャーナルに吸収されていったのである。

今振り返ってみれば,日本企業への関心が高まっていた時期は,ちょうど,このようなマーケティング領域での転換期と重なっていた。90年代に急速に関心が減退した1つの理由として,日本人研究者の怠慢だけではなく,学会やジャーナルの運営方針の転換という背景があったのである。

細々と生き残った企業研究が,市場志向性研究であった。市場志向性研究のアイディアの源泉の1つは,日本企業研究にあるのだが,1990年の,Kohli and Jaworskiの論文を嚆矢として,マーケティング分野での企業研究の主軸となるのである。興味深いのは90年代のこの分野の国際化である。

2000年代に入って,企業研究にも新しい方向性が生まれてくる。

市場志向性の研究は,組織全体の市場志向を問題にしていたが,それでは,市場志向を向上させるためにはどうしたらよいのか,といった具体的な問いに応えるには測定単位が茫漠とし過ぎている。具体的にマーケティング部門をどうすればよいのかという問いに一歩踏み込んだ研究が出てくるのである。マーケティング部門の影響力や,マーケティング部門と販売部門の関係等のテーマを扱い,企業の現実に根ざした問題意識と調査設計を備えるようになっている。

この研究分野は,欧州各国に研究基盤が形成されているという点でも特徴的である。イギリス,ドイツ,オランダ等のグループが,各国の産業界とのリンケージを最大限に活かしながら企業研究の地平を広げつつあり,また,欧州を中心に国際比較研究も行われ,1つのフロンティアが形成されつつある。

強い影響力を持つマーケティング部門が比較的早くに作られたアメリカ企業と違い,市場環境の激変の中で,製造と販売中心の古い企業からより市場志向に変化を遂げつつある欧州企業を対象とした研究の視点は,日本企業にも適用しやすいと考えられ,この一連の研究を射程に入れながら,プロジェクトを推進してきた。

日本企業を対象とした研究ということで,例えば,日本企業の特徴である強い営業組織,に注目をしている。マーケティングと営業は,欧州市場でとりわけ強い独占的支配力を構築しつつある非常に強い小売業者への対応を背景に影響力を増す営業を念頭に,最近見直されつつあるテーマである。マーケティングと営業の力関係が,欧米とは逆の企業が多いデータセットでの観察からの知見を得ることでの貢献を目指している。

客観的な実証データに基づく対話へ――日本企業に対するマーケティング

調査に協力をしていただいている日本企業に対しては,標準的な尺度を用いてデータを測定し,全体の中での位置づけを確認することで,客観的な自己診断を行い,マーケティングのリテラシーを向上していただく第一歩に役立てていただきたいと考えている。そのため,広く,経営の意思決定に関わり,マーケティング・マネジメントに従事されている方,あるいは,将来の経営層を,研究結果を報告する対象として想定している。

伝統的に,マーケティングの学術研究の第1の顧客は,マーケティング・リサーチャーである。彼らの関心事は,消費者調査へのアプローチであったり,分析手法であったりする。それがマーケティング担当者の主要な業務だからだ。消費者研究は,マーケティング・リサーチャーという顧客の存在があって,マーケティングのメインストリームたる研究分野の座を築いてきたのである。

企業研究の調査対象は,企業,そして,それを構成している戦略,組織,構成員の行動であり,当該企業の顧客ではない。日本企業ではマーケティング部門が設置されていることはなく,事業部の中でも誰がどうマネジリアルなレベルでマーケティングに責任を持っているかは不透明である。また,マーケティングはいたるところに分散しているからこそ,誰も責任を負っていない,という側面もある。その場合には,企業における当事者を発掘していく必要もある。

我々の関心は,企業のマーケティング力の向上にある。それに真摯に向き合うことでこそ,企業の中に,国際基準のリサーチにどっぷりくんで協力する姿勢が生まれると信じているからだ。そのため,調査対象企業の方々との打ち合わせや個別フィードバック,また,調査結果を踏まえた公開シンポジウム,ワークショップ等々の機会を作り,調査結果を踏まえた議論の場所を設けてきた。本著は実務家の方が手軽に読むには,やや堅く著されているかもしれないが,企業の中のマーケティングの全体像を理解する上の骨格としての役割を果たせるよう,構成している。

2つの世界に橋を架ける

我々のマーケティング・プロジェクトがさらに難しいのは,海外学会と日本企業,という2つの顧客のニーズが,全く異なっているからである。1つのプロジェクトで両方を満たすことは,どっちつかずのフォーカスの絞れない研究となってしまう危険が大きいことだった。

例えば,今回の研究から得られる,日本企業に対する第1のメッセージは,日本企業であっても,教科書に書かれているようなマーケティング戦略をきちんと策定できている企業は,事業成果が高いという実証結果である。欧米流のマーケティングの教科書は,日本企業の現実には合わないとか,今更コトラーなんて古臭いのでは,とか迷うことがあっても大丈夫,自信を持って,まず,グローバル・スタンダードを実践しようと言える意味で,非常に貴重だと思っている。しかし,その知見自体は,海外学会向けには,当たり前すぎて話にならない。80年代には,一見,欧米型のマーケティングができていない企業の業績が良かったから興味深かったのである。

海外学会,企業双方から,興味を持っていただいているのが,国際比較である。将来的に,手がけることができれば幸いである。ただ,それほど簡単ではない。今回使った質問票で,実は欧米のトップクラスの消費財企業にもお答えいただき,ベンチマークさせてもらったのだが,圧倒的に優位にたってしまうため,欧米企業対日本企業という構図になってしまい,日本企業の中での差はかすんでしまう。

我々は,圧倒的にまだまだ勉強不足である。現状を打破するために,第1に,大学と実務の距離を縮める必要がある。個別企業は企業内に,そして,大学は大学の中に閉じこもっていることが,標準化された現実の把握を困難にしているからだ。第2に,海外企業と日本企業の距離を縮める必要がある。このためには,海外企業に対してマーケティングする必要がでてくるので,さらに,負荷が増すことになる。第3に,日本と海外の研究者との距離をもっともっと縮めて行く必要がある。そのためには,対話のための共通言語として,客観的で標準的な尺度に基づく,実証研究の蓄積が必要である。

マーケティングは,まだ顕在化されていないマーケットを顕在化させていくこと。日本企業と海外企業が相互に学び合うことで,世界中のあらゆるところに潜伏しているニーズが豊かに掘り起こされていく。「そんなマーケティングをマーケティングするのだ。」「きちんとマーケティングしていますか?」わが胸に手を当てて,精進を続けて行きたいと思っている。

=山下裕子(やました・ゆうこ,一橋大学大学院商学研究科准教授)

« 編集室の窓:『書斎の窓』2013年4月号に掲載 | トップページ | 書評:『「危機の年」の冷戦と同盟』 「書斎の窓」に掲載 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/198678/57382571

この記事へのトラックバック一覧です: 著者より:『日本企業のマーケティング力』 「書斎の窓」に掲載:

« 編集室の窓:『書斎の窓』2013年4月号に掲載 | トップページ | 書評:『「危機の年」の冷戦と同盟』 「書斎の窓」に掲載 »

twitter

サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想

Google+1

  • Google+1