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2013年4月 2日 (火)

書評:『中東政治学』 「書斎の窓」に掲載

049970酒井 啓子 (東京外国語大学教授)/編
『中東政治学』

2012年10月刊
書籍情報はこちら

book『書斎の窓』(2013年3月号)に掲載された書評を,以下でもお読みいただけます。(評者は,大串和雄〔おおぐし・かずお〕=東京大学大学院法学政治学研究科教授)

◆書評◆

 うれしくてありがたい本が出た、 というのが本書を読んだ評者の感想である。 「うれしい」というのは、 本書が、 中東地域の比較政治研究を日本から本格的に志そうとする、 マニフェスト的な意義を持つからである。 「ありがたい」 というのは、 中東地域に関してこういう教科書がほしいと評者が常々思っていたからである。

本書の内容 

 まずは本書の内容を簡単に紹介しておこう。 中東政治研究の研究史を辿る序章以外は、 四つのパートに分かれている。 第Ⅰ部は、 体制維持のための統治メカニズムとその変容を、エジプト、 シリア、 サウジアラビアを事例として分析する。 第Ⅱ部は、 部族や宗派などに基づく伝統的紐帯と民主化との関係を、 イエメン、 レバノン、 イラク、 アフガニスタンの事例に即して検討する。 第Ⅲ部では、 イラン、 エジプト、 パレスチナにおける路上抗議運動が、 社会運動理論を援用して考察される。 第Ⅳ部は、 「国境を超えるアイデンティティと国際政治」という副題を持ち、 「パレスチナ問題はなぜ国際的広がりをもつのか」、 「中東におけるトランスナショナルな関係」、 「湾岸諸国における移民労働者」、 「中東における 『介入』 の位相」という四つの章から構成されている。

  編者の酒井氏は、 イラクを主たるフィールドとする、 日本を代表する中東政治の研究者である。 テレビ出演や軽妙なコラムを通じて一般読者にもなじみがあるに違いない。 その編者は序章の他に一章を書き、 さらに第Ⅰ~Ⅳ部それぞれの 「ねらい」 (各二~三ページ) と用語解説の一部を執筆している。 本書にかける編者の並々ならぬ熱意が伝わってくる。 また各部の 「ねらい」 では、 短いスペースの中で中東政治の基本的構図とその変容が見事に整理されている。 ぜひ味わっていただきたい。

地域研究と比較政治の架橋 

編者は、 本書が地域研究と比較政治の架橋をめざすことを謳っている (英文のサブタイトルもBridging Comparative Politics and Area Studiesである)。 編者が序章で指摘する通り、 中東は比較政治にとって不毛の地であった。 中東諸国を比較政治の枠組で研究することは、 日本語でも外国語でも、 比較的最近までかなり稀だったからである。 中東地域の政治研究と言えば現状分析や政治史が多かったし、 国内政治と比して国際関係が注目される比重が他の地域よりも高かった。

 専門外の読者のために注釈を加えておくと、 比較政治とは、 複数の国を比較する研究、 または、 一国の政治を対象としていても他の国々を分析するのに役に立つような共通の概念道具や理論を使って分析する研究である。 比較・考察の単位は国または国内の政治現象であることが多い点で、 国際政治の理論研究とは区別される。

 編者は、 中東研究で比較政治が手薄であった原因を、 中東例外論に求めている。 中東はイスラームという宗教的要素や部族的価値観、 遊牧社会生態などの要素があり、 特殊すぎて政治学の一般論は適用できない、 という見方が一般化していたというのである。

 しかし比較政治の学界に中東研究者が少ないという状況は、 日本でも外国でも大きく変わりつつある。 日本の中堅・若手の中東研究者が比較政治の枠組を使って中東政治研究に取り組むようになっていることは、 評者が長年参加している日本比較政治学会の研究大会でも実感していた。 その新しい息吹を、 本書からも充分に感じることができる。 実際、 本書の一五人の執筆者は中堅・若手が中心である。 最年長が一九四七年生まれ、 最年少が一九八一年生まれと幅があるが、 執筆者のうち七人が一九七〇年代生まれであり、 本書刊行時の平均年齢は四〇代半ばである。 中東が比較政治不毛の地であったことは、 近い将来に歴史の一ページとなるであろう。

ユニークな構成の教科書 

 編者によれば、 本書は大学学部上級生から大学院生を対象とした教科書として編まれている。 評者はラテンアメリカをフィールドとする者であるが、 大学で発展途上国の比較政治を講じており、 学生にはいずれかの地域の政治の入門書をあらかじめ読んでくるようにと指示している。 しかし中東政治に関しては、 適当かつアップトゥーデートな教科書が見当たらずに困っていた。 本書は、 中東政治の教科書不足という間隙を埋めるものである。 しかも比較政治を意識しているとなれば、 私の講義の参考文献にはうってつけである。

 中東のような地域全体をカバーする教科書と言えば、 各国の政治の概説を並べるか、 あるいはトピックやアクターごとに中東全体を見渡すのが通常のやり方であろう。 しかし本書は、 言わばその中間のやり方を選択した点でユニークである。 すなわち、 国際関係を扱った数章を例外として、 一つの国に一つのトピックを当てはめて紹介・分析している。 そしてなるべく多くの国を取り上げている。 その結果、 各章があ、る、程、度、は、それぞれの国の紹介として機能すると同時に、 中東政治を理解するために重要なトピックが総論的ではなく具体例に即して読者に伝えられるようになっている。 取り上げられているのは、 「湾岸諸国」 として一括されている五カ国を含めて一四カ国・地域である (エジプトは二回登場する)。 北アフリカで取り上げられるのはエジプトのみであり、 イスラエル、 ヨルダン、 トルコもはずれている。
 本書のこのユニークなアプローチは、 評者には新鮮であった。 もちろんデメリットとして、 各国の紹介としては充分でないということは言えよう。 しかしハンドブック的構成にするとどうしても事実の羅列となって退屈になりがちである。 そういうタイプの教科書 (および参考書) に対するニーズもあるだろうが、 本書のような構成の教科書で知的関心をかき立てて、 さらに読み進んでくれるように誘うというのは、 確かに一つのやり方であろう。

 教科書を意識しただけあって、 そこかしこに読者への配慮が見られる。 すでに触れた各部の 「ねらい」 もその一つであるが、 各章末では 「さらに読み進む人のために」 と題して三点限定で基本文献を解説している。 巻末資料には用語解説、 関連年表、 体制比較表、 中東・北アフリカ地図が含まれ、 充実している。 二ページのスペースに一四カ国の基本情報をまとめた体制比較表はユニークでかつたいへん重宝である。

中東例外論と比較政治研究について 

 中東の比較政治研究を妨げてきた要因として編者が強調する中東例外論について、 別のフィールドから比較政治に関わる者として若干コメントしておきたい。 仮に中東が特殊な地域であるという前提を認めるにしても、 そのことは比較政治を拒絶する充分な理由にはならないと評者は考える。 世界共通に通用する議論を求めるだけが比較政治ではない。 中東にだけ存在する特殊な条件があるならば、 その条件を共有する国同士で比較することも比較政治である。 たとえば、 同じ中東の国の中である国は民主化し、 他の国は民主化していないのはなぜかという問いを立てることは可能である。 また逆に、 中東諸国に共通する 「特殊条件」 を持たない国との比較も可能である。 たとえば、 同じ権威主義体制でも、 中東諸国の権威主義体制と他の地域の権威主義体制とは政治の力学がどう異なっているのかを探求するのは、 比較政治として充分な意味がある。

 また、 中東に特殊とされることがらは、 実際には必ずしも中東だけに見られるものではない。 編者は、 中東の「例外要因」 を比較の視座に組み込むというコンセプトで本書を編纂している。 本書で注目するのは、 公的制度と非公的制度の並存性と両者の相互関連性、 伝統的社会紐帯による社会的亀裂、 ナショナル・アイデンティティへの疑義、 外部規定性の強さの四点であり、 それぞれが第Ⅰ~Ⅳ部に対応する。 しかしこの四点は、 アラブ民族主義という超国家的アイデンティティを部分的例外として、 中東に特有のものとは言いがたいであろう (編者も四ページ、 六六ページで部分的にそのことを認めているが)。

 とはいえ、 中東を比較政治の題材に組み込むことで、 比較政治が看過ないし充分に取り組めていない分野を開拓して比較政治を豊かにする、 という編者の意図には大賛成である。 編者の言う通り、 異なる地域から得られる知見は比較政治を豊かにする。 独裁は経済開発に適合的であるというアジアの開発独裁論は、 アフリカやラテンアメリカの独裁者を理解することによって相対化される。 民族を分断する人為的国境は国民統合を困難にするというアフリカや中東発の議論は、 強いナショナリズムを国ごとに発達させたラテンアメリカの経験で相対化される。 戦争が国家を強化するというヨーロッパ発の議論は、 アフリカの経験で相対化される。 公的制度の規定性を強調する先進国発の議論は、 独裁者が公的制度を意のままに操作・改変する発展途上地域の現実によって相対化される。
 既述の通り、 中東政治が本質的に比較政治研究に向かないという理由はないと評者は考える。 比較政治と地域研究を架橋する航海に乗り出した執筆者達の前には、 無限の可能性が広がっている。 本書を通過点としてこれからどのような成果を出してくれるのか、 今から楽しみである。

若干の懸念 

 本書を教科書としてみた場合には、 懸念を感じる点もある。 その一つは、 中東の現代史についてある程度の知識がない人 (特に若い学生) にとっては少し難しいのではないかということである。 もっとも、 歴史展開について詳しく書いていてはきりがないということは理解できる。 また、 歴史に詳しい人が本書を読めばその歴史の意味づけがよくわかるという格別のベネフィットがあるが、 歴史に詳しくない人が読んでもそれなりの得るものがあるということは言えよう。

 そのこととは別に、 若干の章では、 人名などの固有名詞が多すぎるのではないか (教科書としての必要性を超えているのではないか) という印象があった。 研究論文ではなく教科書だともっと割り切って、 伝えることが不可欠な固有名詞に絞ったほうが、 中東政治の本質を効果的に伝えることに資するのではないだろうか。

 もう一つの懸念は、 若干の章では、 そこで使用されている理論や概念を知らないと充分な理解が得られないのではないかということである。 たとえば第3章では、 サウジアラビアの研究史を概観する中でレント依存国家論が紹介されているが、 そこを読めばレント依存国家論がどういうものであるのかが一応わかるようになっている。 それに対してエジプトの社会運動を扱った第9章では、 社会運動の発展を規定する要素として「政治的機会と制約」、 「争議のレパートリー」、 「フレーミング」、 「動員構造」 の四つが挙げられているが、 それぞれについての説明はない。 「政治的機会」 はある程度 「読んで字のごとし」 であるし、 「動員構造」はその後の議論でほとんど出てこないので説明する必要性に乏しいかも知れない (評者には、 ムスリム同胞団は動員構造を論じるのに格好の素材であるように思われるのだが、 そのことは置いておく)。 しかし「フレーミング」は、 フレーミング理論を知らない人には記述の意味が理解されないのではないだろうか。 フレーミングを「枠組み形成」 (一四三ページ) と書かれても何のことだかわからない。 次章の一五九~一六〇ページを読むともう少しイメージが湧くが、 充分にわかりやすいとは言えない。 フレーミングは本書で繰り返しキーワードとして登場するだけに、 フレームおよびフレーミングという概念について、 同じ現実や運動について異なるフレームが競合する例示を含めて一〇行程度を説明に費やすことが、 最小限必要ではないかと思われた。

若干の希望 

 本書に対する一つの希望は、 数年後に改訂版を出してほしいということである。 学部の学生の中には二~三年前の本は 「古い」 として最新の情報ばかり求めたがる傾向がある。 最新の動向ばかり追い求めても本質的な理解は得られないことを評者はふだん強調するのだが、 それでも変化の激しいこの地域で、 どうせ教科書として使うなら一番新しい情報にも触れたいと思う学生は多いことと思う。 本書では二〇一二年前半までの状況がカバーされており (年表の最後の項目は二〇一二年六月である)、 最新の情報を入れようという努力の跡が見られるが、 それでも数年後に、 「古い」 というだけの理由で本書が敬遠されるとしたらもったいない。 是非とも継続して改訂版を出していただきたい。

 そして改訂の際には、 本書で取り上げなかった国も網羅してはどうだろうか。 アラブ動乱に背中を押された (編者の 「あとがき」 より) 出版では間に合わなかったであろうが、 今から執筆者につばを付けておけば数年後には間に合う。 また、 本書は、 各章で取り上げた国の紹介にもあ、る、程、度、なっていると書いたが、 もう少し国紹介の機能を強化する方向で考えられないか。 確かに、 本書のようなコンセプトの本に本格的な国別概説の機能を期待するのは無い物ねだりである。 しかしたとえば各章に一セクション設けてそこで取り上げる国・地域の現代史を中心とする基本情報を提供したほうが、 それに続く本体の部分を読者が理解するのも容易になるのではないだろうか。
 
 巻末の用語解説には工夫の余地がある。 巻末に一〇ページにわたって「中東」や「スンナ派」など一六の用語が詳しく解説されているが、 本文中でこれらの用語が出てくる箇所に巻末の用語解説を参照せよという指示がないため、 読者は最初に知っておくべき基本知識を最後に学ぶことになる。 また、 これら一六の用語についてのみ非常に詳しい解説がなされ、 他の用語や歴史事象についてほとんど解説がないことには、 奇妙な落差を感じる。 改訂の際には解説する項目を二~三倍に増やし、 逆に個々の解説の分量を二~三分の一に減らして、 本文中に解説コラムとして配したほうが読者に便利ではないだろうか。 当面、 本書の読者には、 序章を読んだ後、 第1章に入る前に巻末の用語解説を一読することを薦める。

 以上、 主として教科書としての観点から書評を試みたが、 評者のように他地域をフィールドとしながらも中東政治に関心を持つ一般読者にとっても、 本書は新しい発見や思考への刺激に満ちた本である。 ぜひ多くの読者に一読を薦めたい。

 大串和雄(おおぐし・かずお=
東京大学大学院法学政治学研究科教授)

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