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2012年12月 4日 (火)

著者より:『消費者行動論』 「書斎の窓」に掲載

124639青木 幸弘 (学習院大学教授)
新倉 貴士 (法政大学教授)
佐々木 壮太郎 (和歌山大学准教授)
松下 光司 (中央大学准教授)/著

『消費者行動論
 ――マーケティングとブランド構築への応用』

有斐閣アルマSpecialized

2012年5月刊
→書籍情報はこちら

著者の青木幸弘 先生が,本書の刊行にあたって『書斎の窓』(2012年10月号)にお寄せくださいましたエッセイを,以下に転載いたします。

◆消費者行動研究と学会、 そしてテキスト◆
  --有斐閣アルマ 『消費者行動論』 の刊行に寄せて

青 木 幸 弘 

 去る六月四・五日の両日、 西宮市の関西学院大学上ヶ原キャンパスにおいて、 第四四回消費者行動研究コンファレンスが開催された。

 このコンファレンスは、 日本消費者行動研究学会 (Japan Association for Consumer Studies: JACS) が、 春と秋の年二回開催しているもので、 今回は学会設立二〇周年を記念して、 三つの基調講演と二つのパネル・ディスカッション、 そして統一論題と自由論題を合わせて、 三五の研究発表が行われた。 また、 引き続き、 設立二〇周年の記念行事として、 秋のコンファレンス (一〇月二七・二八日に慶應義塾大学三田キャンパスで開催予定) では、 米国消費者行動研究学会 (Association for Consumer Research: ACR) の現会長ら三名の研究者を招聘し、 記念講演が計画されている。

 このように、 本年は、 わが国の消費者行動研究において節目の年となるが、 その記念すべき年に、 新倉貴士・佐々木壮太郎・松下光司の諸氏と共著で、 有斐閣アルマ 『消費者行動論:マーケティングとブランド構築への応用』 を上梓することができた。

 本稿では、 消費者行動研究の歴史やJACS設立の経緯なども簡単に振り返りつつ、 今回上梓したテキストの位置づけや特長について紹介したい。

 消費者行動研究の始まり われわれの日々の生活は、 様々な製品やサービスを購入し、 消費 (使用) し、 処分することで成り立っている。 このような生活を創造し維持するために消費者が行う活動を総称して 「消費者行動」 と呼ぶ。

 実は、 消費者行動についてのアカデミックな研究の歴史は古く、 伝統的なミクロ経済学での消費者行動 (家計行動) の理論は別としても、 その源流を辿れば、 二〇世紀初頭に行われた広告心理研究や購買動機研究などにまで辿り着く。 だが、 独自の研究領域として 「消費者行動」 論の重要性が認識され、 様々な分野にまたがる多数の研究者を動員しつつ、 組織的な研究が行われ始めたのは、 米国でも一九五〇年代の萌芽期を経て、 一九六〇年代に入ってからのことだと言われている。

 例えば、 オハイオ州立大学の大学院で消費者行動論のコースが開設されたのが一九六五年のこと、 また、 そこで講義を行う上での必要性から、 エンゲルらが本格的な消費者行動論のテキストを出版したのが一九六八年のことである (その後、 彼らのテキストは、 版を重ねて二〇〇五年には第一〇版が出版されている)。

 マーケティング理論の発展を学派別・領域別に整理・評価したシェスらの研究によれば、 買手行動学派 (buyer behavior school) の研究の特徴は、 その名が示す通り、 市場の顧客 (買手・消費者) に焦点を当て、 「なぜ顧客は市場でそのように行動するのか」 という 「なぜ」 の部分を強調した点にあるという。

 すなわち、 顧客志向を前提としたマーケティング戦略の策定には、 消費者行動の分析と理解が不可欠であり、 また、 そのためには心理学、 社会学、 社会心理学、 文化人類学といった関連分野の理論や方法論を積極的に援用していく必要があった。 そして、 それを後押しするかのように、 一九六〇年代には 「行動科学」 (behavioral science) の名の下に、 関連諸科学の知識が体系化されていったのである。

 その後、 消費者行動研究は飛躍的な発展を遂げ、 極めて広範囲且つ膨大な量の研究成果が、 年々生み出されるようになる。 特に、 一九七〇年代に消費者情報処理理論が登場すると、 認知科学の成果を取り込みながら、 主要な研究パラダイムへと発展していく。 また、 この頃から、 消費者行動論は一つの独立した研究分野として認識されるようになり、 一九六九年には米国消費者行動研究学会 (ACR) が設立され、 その五年後の一九七四年には専門の学術雑誌Journal of Consumer Research (JCR) が創刊されるのである。
日本消費者行動研究学会の設立 米国の場合、 学会としてのACR、 学術誌としてのJCRが、 消費者行動研究の発展において果たした役割は大きい。 特に、 JCRは、 中核学会としてのACRに加えて、 AMA (米国マーケティング学会)、 AEA (米国経済学会)、 APA (米国心理学会) など、 一一の学会が後援する形でスタートした学際的な雑誌であり、 その後の発展に大きく貢献した。 これに対して、 翻って日本の状況を見ると、 学会が設立されるのも、 学会誌が創刊されるのも、 米国よりも二〇年以上遅く、 一九九二年になってのことであった。

 ところで、 筆者が初めて、 大学の講義科目として消費者行動論を担当したのは、 前任校である関西学院大学商学部に着任して間もない一九八五年のことである。 当時、 専門科目として消費者行動論を開講している大学は、 ごく僅かであったと記憶している。 実際、 筆者自身も、 学部・大学院時代に講義科目として消費者行動論を受講した経験はなく、 全くの手探り状態で講義ノートをつくり、 毎回、 四苦八苦しながら授業を行っていた。

 その頃、 既に米国では、 前述のエンゲルたちの本をはじめ何冊ものテキストが出版されていたが、 近接するマーケティングの分野ほどには、 標準的なテキストの構成は確立されていなかった (このことは現在においても同様である)。 また、 日本でも、 旧くは吉田正昭先生・村田昭治先生・井関利明先生らの三部作 (『消費者行動の理論』 『消費者行動の分析モデル』 『消費者行動の調査技法』) に始まり、 田村正紀先生の 『消費者行動分析』、 馬場房子先生の 『消費者心理学』 などの本はあった。 しかし、 学部学生、 それも商学部生を対象とした講義ということで、 結局は、 テキストは用いず毎回プリントを配布していた。

 一方、 研究面においても、 当時、 筆者は日本商業学会や日本マーケティング・サイエンス学会などを活動の場としており、 同じ消費者行動の研究者でも、 心理学や社会学などの分野の人たちとは、 ほとんど没交渉の状態にあった。 様々な領域で消費者行動が研究されていることを知りつつも、 所属学会を異にする研究者間での交流・情報交換は、 皆無に等しかったのである。 筆者自身の場合、 幸いにも同じ学部に中西正雄先生 (現関西学院大学名誉教授) や池尾恭一先生 (現慶應義塾大学教授) といった消費者行動研究の先達がおられ、 その薫陶を受けることで、 タコツボ的状況に陥らずに済んだ。 しかしながら、 当時、 消費者行動に関心を持つ若手研究者の多くは、 何を道標に自分の研究を進めていくべきかについて、 少なからぬ不安を抱いていたに違いない。

 やがて、 こうした状況を打破し、 消費者行動研究に関連する学問分野間での連携を強化すべきだとする機運が高まり、 研究者間での交流と情報交換の場として、 冒頭で紹介した消費者行動研究コンファレンスが開催されることとなった。 一九九〇年六月に大阪で開催された第一回コンファレンスは、 参加者二二名という小規模なものであったが、 回を重ねるごとに参加者数は増えていった。 また、 当初、 参加者のほとんどはマーケティング分野の研究者であったが、 次第に心理学や社会心理学の研究者にも関心を持ってもらえるようになった。

 その結果、 このコンファレンスを母体に学会を設立しようとする意見も多くなり、 一九九二年一一月の第五回コンファレンスに合わせて設立総会が開催され、 日本消費者行動研究学会 (JACS) が発足したのである。 また、 翌一九九三年には学会誌 『消費者行動研究』 も創刊され、 ここに日本の消費者行動研究も、 学会と学術誌という制度的な枠組みが整うこととなった (その後の歩みについては、 学会のWEBサイトhttp://www.jacs.gr.jp/を参照されたい)。

 テキストの必要性と本書の位置づけ 一九九二年の設立から二〇年という歳月が流れ、 今やJACSも正会員数五六七名 (二〇一二年六月現在) という規模の学会となった。 年二回開催されるコンファレンスも、 この秋で四五回目を迎え、 常時、 三〇~五〇の報告が行われている。 また、 学会誌 『消費者行動研究』 も査読付きの編集体制をとり、 継続的に発行されている。

 勿論、 必ずしも量的拡大が質的向上を保証するものではない。 だが、 間違いなく、 わが国の消費者行動研究が、 研究者の面でも、 研究内容の面でも、 その厚みを増してきていることは事実である。 また、 ある意味で、 研究者数の増加は、 大学における消費者行動論の担当教員数の増加とも結びついており、 今や、 ほとんどの経営系や商学系の学部・学科において、 消費者行動論が開講されていると言ってもよい。 また、 相次ぐ社会人大学院の開設などもあり、 今日では、 学部学生に限らず社会人大学院生や多くの実務家も、 消費者行動論に関心を寄せるようになった。

 このように消費者行動論を開講する大学・大学院が増え、 また、 実務家も含めて関心を持つ層が広がる中、 以前にも増して必要性が高まり、 また、 重要性が増してきたのがテキストである。 しかしながら、 前述のように、 米国も含めて、 これまで消費者行動に関するテキストは数多く出版されてきたが、 近接するマーケティングの分野ほどには、 標準的なテキストの構成が定まっている訳ではない (勿論、 それらの多くは、 消費者の購買意思決定プロセスに焦点を当てるなどの共通点を持っているが、 一方では、 消費者心理学の色彩が濃いもの、 社会・文化的側面を強調するものなど、 多様なのが実情である)。

 そこで、 今回、 有斐閣アルマの一冊として、 消費者行動論のテキストを刊行するに当たり、 消費者行動に関する理論や分析枠組みを、 これまでの研究の系譜や近年の展開も踏まえつつ、 できる限り体系的に理解できるような構成を目指した。 また、 その上で、 副題が示すように、 マーケティングへの応用を強く意識した内容とし、 次のような四つの特長を持ったテキストづくりを構想した。

 ① 「マーケティング競争の本質は、 消費者の選択をめぐる競争である」 という観点に立ち、 様々なレベルにおける消費者選択に焦点を当て、 その分析上の視点や枠組みを提示する。
 ② 「消費者の選択は意思決定の結果であり、 意思決定は情報処理を伴う」 という認識に基づき、 これまでに蓄積されてきた消費者情報処理理論の研究成果を踏まえて、 購買意思決定分析の視点と枠組みを提示する。
 ③ 「現実の消費者行動は多様だが、 多様なものを多様なままには分析できない」 という前提に立ち、 多様な消費者行動を体系的に整理し説明するための枠組みを提示する。
 ④ 「優れた理論は、 戦略策定にもインプリケーションを与え貢献する」 という考え方から、 これら消費者行動分析の結果をマーケティング戦略の策定に活用するための枠組みを示し、 今後の方向性についても解説する。

 言うまでもなく、 現実の消費者行動には様々な選択レベルが含まれており、 それらの消費者選択を巡って、 様々な形で企業間競争が起こっている。 本書では、 このような消費者選択の階層性に着目して、 それぞれに適した分析の視点と枠組みを提示した。 また、 本書が依拠する消費者情報処理理論は、 一九七〇年代に登場して以降、 常に消費者行動研究の主要な研究パラダイムとして位置づけられてきたが、 本書では、 その研究蓄積を最大限に活用する形で章を構成した。 そして、 消費者行動研究の知見 (とくに、 消費者情報処理研究の成果) を、 マーケティング戦略に応用するための枠組みについても、 従来の4P (product, price, place, promotion) 別に見た戦略的示唆だけでなく、 より体系的な枠組みの構築を志向し、 情報処理サイクルや関与の高低による整理を試みた。

 元より、 消費者情報処理理論に依拠し、 マーケティングへの応用を強く意識した本書が、  唯一の標準的テキストであると主張するつもりはない。 ただ、 消費者行動研究の系譜や近年の展開も踏まえつつ、 できる限り体系的な解説を試みた本書は、 少なくとも一つの標準型を示すものだとは自負している。

 奇しくも学会設立二〇周年の今年は、 日本でもテキストの出版や改訂が相次いでいるが、 本書が他のテキストと切磋琢磨し合いながら版を重ね、 消費者行動研究の更なる発展に寄与できることを願っている。

(青木幸弘:あおき・ゆきひろ =
学習院大学経済学部経営学科教授)

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