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2012年12月 4日 (火)

著者より:『社会経済史学の課題と展望』 「書斎の窓」に掲載

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社会経済史学会/編
『社会経済史学の課題と展望--社会経済史学会創立80周年記念』

2012年06月発行
→書籍情報はこちら

著者の杉山伸也先生が,本書の刊行にあたって『書斎の窓』(2012年11月号)にお寄せくださいましたエッセイを,以下に転載いたします。

◆経済史研究の 「むかし」 「いま」 「これから」 ◆
 --社会経済史学会編 『社会経済史学の課題と展望』 の刊行によせて


八〇周年を迎えた社会経済史学会 社会経済史学会の創立は一九三〇 (昭和五) 年一二月であったから、 今年で八二年になる。

 日本の社会科学系の学会として比較的はやく創設された学会には、 一八九七 (明治三〇) 年の社会政策学会があるが、 同学会は一九二四年 (大正一三) 年にいったん活動を停止し、 戦後一九五〇年になって再建されている。 そのほか、 日本経済学会の創設は一九三四年、 日本金融学会は一九四三年であったから、 社会経済史学会は最古参の学会のひとつといってよい。

 もっとも歴史がながければよいというわけではないが、 機関誌の 『社会経済史学』 は、 三一年五月に創刊され、 四五年一月から四八年九月まで休刊を余儀なくされた時期はあったものの、 実証主義史学の学術誌として経済史の学界のなかで継続して中心的な役割をはたしてきた。 また、 全国大会も、 一九四五年をのぞいて毎年開催されていることは、 特筆に値する。

 社会経済史学会では、 創立以来ほぼ一〇年ごとに、 学界の関心の高いテーマやあたらしい分野について、 研究動向の整理と今後の研究課題の展望をするという企画をおこなってきた。

 一九六〇年代までは 『社会経済史学』 の特集号として刊行されていたが、 四回目からは現在のような単行本の 『社会経済史学の課題と展望』 (以下、 『課題と展望』) として企画され、 有斐閣から刊行されるようになった。 したがって、 今回の二〇一〇年の創立八〇周年を記念して刊行された本書は、 通算すると八回目ということになる。
研究テーマの 「むかし」  研究者の問題意識が生きている時代の社会環境につよく影響されることはいうまでもないが、 学界の動向にも、 その時代の国際環境や国内問題が色濃く反映されている。 これまでの 『課題と展望』 で取り上げられたテーマをふりかえってみると、 その時代の関心がどこにあったか一目瞭然で、 社会経済史の関心が大きく変化し、 多様化してきていることがよくわかる。

 経済史は、 地域的に大きく西洋 (欧米) ・東洋 (アジア) ・日本の三つにわけられるが、 戦後は、 各地域ともに、 時代的には古代・中世・近世の研究が中心であった。

 一九五〇年代から六〇年代にかけては、 近代史への関心が高まり、 研究対象もしだいに中世・近世・近代にシフトした。 同時に、 戦後すぐの時期には 「西洋・東洋・日本」 の順であった地域の配列は、 日本への関心が急速に高まったことから 「日本・東洋・西洋」 の順に入れ替わったほか、 あらたに経営史学の項目が付加されたことも大きな特徴であった。

 一九六〇年代になると、 経済史研究の現代的意義が強調されるようになり、 産業革命論や帝国主義論、 またあらたな動向として経済成長史学や数量経済史が取り上げられるようになった。

 一九七〇年代には各国に共通する世界資本主義論、 プロト工業化論、 現代資本主義論、 植民地論、 封建社会論などの比較経済史的研究のほか、 あらたに社会史、 生活史、 都市史などが加わった。

 一九八〇年代には、 地中海世界やイスラムなどの非ヨーロッパ地域の経済史や、 情報・福祉・医療・消費・公害などそれまでになかったあたらしい研究領域が登場してきている。

 一九九〇年代には、 ソ連と東欧の社会主義体制の崩壊にともなうあらたな国際秩序の模索、 アジア諸国の急速な経済成長、 日本国内におけるバブル経済の崩壊と不況の継続を背景に、 グローバル・ヒストリーや国際経済秩序、 市場や経済発展をささえる制度が注目されるようになった。

 『課題と展望』 の構成と特徴 今回刊行された 『課題と展望』 には、 主として二一世紀の最初の一〇年間の研究動向が整理されている。 各章ともに、 国内外の最近の研究動向が十分にフォローされているので、 経済史専攻の研究者や院生・学部生にとっては、 専門分野以外の研究動向を容易にサーヴェイすることができるし、 また経済史以外の研究者にとっては、 自分の専門分野の関連領域における経済史研究の動向を知ることができる。

 この 『課題と展望』 は、 ①組織、 ②人と環境、 ③空間とネットワーク、 ④新動向の四編、 計三一章のレビュー・アーティクルから構成されている。 ここではスペースもかぎられているが、 内容について簡単に紹介しておこう。

 第1編 「組織」 では、 市場経済をささえる組織として生産、 労働、 金融、 共同体などのほか、 裁判所や取引所などが取り上げられている。 この一〇年間に、 比較歴史制度分析など経済史と、 理論、 なかでもゲーム理論や契約理論との融合がすすんだことがつよく感じられる。

 第2編 「人と環境」 では、 人口変動、 世帯、 ジェンダー、 体位・栄養、 医療・公衆衛生、 人的資本、 環境・エネルギーをめぐる最近の研究動向が紹介されている。 ここではイギリスや日本が主な対象とされているが、 「比較史」 の視点から問題が取り上げられていることに特徴がある。

 第3編 「空間とネットワーク」 では、 都市や地域に焦点があてられ、 産業集積、 公共性、 中国・インド・ヨーロッパ各地域の研究動向、 帝国のネットワーク、 決済システム、 地域と地方などのテーマが取り上げられている。

 かつて 「地域史」 としてエリア・スタディーズが強調されたことがあったが、 そのときは各地域史のパッチワークの傾向がつよかったために、 地域の限界をこえることができなかった。 こうした限界をこえるために、 「帝国」 やネットワークの議論に象徴されるように 「関係史」 の視点が導入され、 あたらしいタイプの 「地域史」 が模索されているといえる。

 第4編 「新動向」 では、 文字通り、 制度、 物流、 農業、 ファッション、 大恐慌、 国家と政策などはばひろいテーマが取り上げられているが、 全体とすると、 伝統的なテーマについて、 あらたな視点から再解釈するという傾向のつよいことが感じられる。

 本書で取り上げられているテーマは、 紙幅が限定されている以上、 この数年、 比較的研究者のあいだで関心の高いテーマにしぼられていることはやむを得ないが、 経済史においても、 経済学、 政治学、 法学と共通項を有する政府・市場・制度に対する関心が急速に高まっていると同時に、 世界全体を大局的に把握するグローバル・ヒストリーの傾向が一段とつよくなっていることがしられる。

 経済史研究の 「いま」 と 「これから」 一九八〇年代以降急速に進展したグローバル化とIT化は、 歴史研究者の問題意識や発想だけでなく、 歴史研究のツールを大きく変化させた。 最近の経済史研究の動向をふりかえってみると、 つぎのような特徴をあげることができる。

 第一の特徴として、 研究の対象地域や対象時期が急速に変化していることがあげられる。 地域的には、 ヨーロッパ・アメリカ研究から、 日本や中国・インドなどアジア地域の研究へのシフトが顕著になっている。

 このシフトの背景には、 各地域における経済発展パターンの多様性が認識されるようになったことがある。 これまで経済発展の典型と考えられていた西欧モデルが相対化されて、 西欧モデルも多様な経済発展のひとつのパターンにすぎないと考えられるようになり、 またアジア各地域の経済発展を歴史的に再評価する動きも大きなうねりになっている。

 西欧が基準としての意味をもたなくなるにつれて、 かつての大塚史学に代表されるような 「西欧」 と 「日本」 を対置するという比較史的アプローチの意義がうすれていったが、 現在では、 国民経済を単位とするナショナル・ヒストリーをこえて、 グローバル・ヒストリーや 「帝国」 を視野にいれたあらたな 「比較史」 が模索されつつあるといってよい。

 時期的には、 経済史研究の中心であった近世以前や近代から両大戦間期・戦後など現代へのシフトがみられる。 経路依存性 (パス・ディペンデンシィ) を強調する比較歴史制度分析の指摘をまつまでもなく、 過去から切り離された歴史研究などありえないが、 日本経済史の分野ではこの傾向がとくに顕著で、 明治期の研究でさえ相対的なウェイトは急減し、 幕末・維新期の経済史的研究はほとんどみられなくなった。

 第二の大きな特徴として、 海外や国内の一次史料だけではなく、 書籍、 論文、 新聞・雑誌のデジタル化が進展し、 検索システムも格段に進化して、 資料へのアクセスが容易になったことがあげられる。 一次史料の公開が急速にすすんでいることも、 研究テーマや研究対象時期の変化と無関係ではない。

 あまりこれまでの研究史にとらわれすぎると、 従来の問題意識の延長線上ではとらえきれない多くの問題が視野にはいってこないというリスクもでてくる。 しかし、 歴史研究は一次史料に依拠するケース・スタディの積み重ねであるので、 個別的な実証研究の深化自体は評価されるべきであるとしても、 一次史料の利用に拘泥しすぎると、 研究テーマが細分化し、 狭隘化することにもなりかねない。

 IT化や機器の効率化で、 資料へのアクセスや資料収集は以前に比較してはるかに容易になったが、 その分だけ眼を通さなければならない資料も多くなった。 しかし、 資料にじっくりと向かい合って思考をめぐらし、 読み解くためには十分な時間が必要である。 ひとつひとつの資料を、 どのようなコンテキストのなかに位置づけ、 どのように総合的に解釈するか、 むしろいままで以上に研究者個人の能力や力量が問われている。

 こうした状況を背景にして、 社会経済史学会では、 二〇一一年から若手研究者や院生を対象にしたワークショップ (NTW:Next Tide Workshop) を開催し、 シニアの研究者と若手研究者の交流を積極的にはかることで、 学会に蓄積されてきた知的資産を継承していく取り組みをはじめている。

 二〇一五年には、 アジアで最初の世界経済史会議が京都で開催されるが、 日本における経済史研究が、 世界にむかってどこまで貢献できるのか、 次世代をになう若手研究者に大いに期待したい。

  (杉山伸也:すぎやま・しんや =
社会経済史学会代表理事・
慶應義塾大学経済学部教授)

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