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2012年10月 8日 (月)

著者より:『ダイナミック競争戦略論・入門』 「書斎の窓」に掲載

163966河合忠彦/著
『ダイナミック競争戦略論・入門
 ――ポーター理論の7つの謎を解いて学ぶ』

2012年4月刊
→書籍情報はこちら

著者の河合先生が,本書の刊行にあたって『書斎の窓』(2012年9月号)にお寄せくださいましたエッセイを,以下に転載いたします。

◇現実に対する理論の責任◇


今年は日本のエレクトロニクス産業にとって特に強く記憶される年の1つになりそうである。液晶テレビ,プラズマテレビなどのいわゆる薄型テレビをめぐる「薄型TVウォーズ」において,日本メーカーが韓国メーカー,ことにサムスン電子に完敗したからである。TVを主力製品とするソニー,パナソニック,シャープが2012年3月期決算でそろって創業以来の巨額の最終赤字となり,3社合計で約1兆6000億円の赤字を出したのに対し,サムスン電子1社で約9000億円の黒字を計上したのである。

上記3社を含む日本のエレクトロニクス各社にとっては,半導体でサムスン電子に敗れたのに続く敗戦であり,現在のもっともホットな「スマートフォン・ウォーズ」でも敗走を重ねている。また,始まったばかりのタブレットウォーズでも完全に出遅れたばかりか,次世代テレビとして呼び声の高い有機ELテレビに至っては,サムスン電子とLG電子が今年(2012年)中に55インチの大型TVを発売する予定だというのに,パナソニックとソニーは単独では戦えず,開発を共同で進めることに合意したばかりである。

「日本型モデル」の大ピンチ

このような状況に対しては,もちろん企業を責める声は大きく,例えば,日経新聞は次のように述べている。「『開発から製造まで自社で抱える』といった日本型の事業モデルが時代遅れになったのは否めない。……多くの日本企業は技術重視だが,全く新しい商品の開発より,既存製品の機能改善やコスト削減が得意。そのやり方も開発から製造まで抱え,各部門間で調整して仕上げるものだ。この日本型のモデルが経済のグローバル化などで強い逆風を受けている。」(2012年6月25日)

逆風とは,標準規格の部品を組み合わせれば製品ができるいわゆる「モジュール化」が進み,部品さえ調達すれば簡単に製品を作れるようになった結果,日本型モデルの強みが失われたことである。多くの部品をうまく「擦り合わせて」組み立てることによって品質の良いものを作るのが日本型モデルの強みだったが,韓国企業のように,巨額の投資によって大規模設備を作り,しかも低賃金で従業員を雇える企業にはまったく勝てなくなってしまったのである。

もっとも,それでも,かつてのアメリカのように,大企業が日本企業に敗れても,代わりにインテルやアップルなど,画期的な新製品を創り出すベンチャー企業が次々に登場するのであれば,国家的には問題はそれほど大きくないといえる。しかし残念ながら,日本にはそのようなベンチャー企業が生まれる可能性は非常に低く,先の記事も,あるコンサルタントの「戦略の賞味期限が過ぎているのに,製品機能や生産コストの改善で難局を乗り越えようとする企業が少なくない」という主張を紹介し,経営戦略の再構築が必要であり,その巧拙がある国が経済成長を実現できるかどうかを左右する時代になったと結んでいる。

「経営戦略論」の大ピンチ

このような事態が生じた原因については,経営戦略論を中心に様々の分野からの説明が試みられている。しかし,その基礎的原因の1つとして,かつて高度成長期に世界市場を制覇した日本企業が「ものづくり」の強さを過信するに至ったこと,また,そのために「経営戦略」を軽視するようになったこと――というよりも,そもそもその重要性を理解できなかったこと――があったとみてよいであろう。当時は,何を作ればよいかはアメリカ市場を見ていればわかるので,ひたすら安くて良いものを作りさえすればよく,戦略は必要なかったからである。

ところで,このような事態を招いたことに対して経営者の責任を追及するのは容易だが,実は,われわれ経営戦略論や製品開発論を専攻している研究者にもかなりの責任があるといわざるを得ない。

先に12年3月期決算における家電系3社の業績について述べたが,これとは対照的に,同じ決算で日立や東芝など重電系のエレクトロニクスメーカーはかなりの利益を上げた。そしてこれに対して,重電系の好業績の原因は,それらの会社がいち早く薄型TV事業を縮小し,自社が伝統的に強みとする環境関連のインフラ事業を強化するという「(事業の)選択と集中」を進めたからだ,という見方をする向きもあった。

ところが,これに対して,「『選択と集中』のウソ」と題する日経新聞のある記事(2012年5月28日)は,それらの会社は本当の意味での「選択と集中」をしたわけではない,として,次のように述べている。「選択と集中」というのは,本来,不振となった事業を捨てる一方,今後の成長をけん引する成長事業を生み出すことを意味するが,上の各社は単に不振事業を切り捨てただけで,新規の成長事業を生み出していない,ということである。
 これは,「選択と集中が必要だ」という経営戦略論の考え方自体というよりは,その解釈に関するものであり,その限りでは,経営戦略論には責任はないといってよいかもしれない。しかし,よりよく考えれば,経営戦略論は,その選択と集中の内容がいかなるものであるべきか――ことに,たとえばサムスンのような強力な競争相手が登場した場合には,それとの関連でいかなる戦略をとるべきか――といった,企業が使える実践的な処方箋は示せなかった。そしてこれが,ソニーのような,「選択と集中」の必要性はわかっても,小出しのリストラの繰り返しで8年間もTVで赤字を出し続ける企業を生み出す原因となったことは否定できない。

もう1つ,同じ日経新聞の「テレビなぜ負けた4」という記事(2012年6月15日)を見てみよう。液晶TVの「亀山モデル」で名を馳せたシャープは,巨額の赤字に耐え切れず,最新鋭の堺工場を本体から切り離し,世界最大の台湾のエレクトロニクス製品の受託生産会社「ホンハイ」と設立した合弁会社の運営に委ねた。これは,シャープがそれまで強味としてきた,部品から製品まで一貫して生産する,いわゆる「垂直統合」方式の放棄を意味するものだった。記事というのは,「かつてシャープがこの垂直統合方式を採用して海外に出て行かなかったことが,サムスンに幸いした」というものである。すなわち,2000年代の初めには,シャープはじめ日本の各社の技術力はサムスン電子よりもはるかに高く,各社がその時点で工場を中国に設立して安く作って新興国で売っていたらサムスン電子には勝ち目はなかった。ところが,日本企業は,「日本の生産技術の実力を発揮するには,日本に工場を置き,その周辺に素材,部品会社を集積することが不可欠であり,これは技術の流出を防ぐ上でも有効だ」という考えに凝り固まっており,これが先の垂直統合を推進し,ひいてはそれがサムスン電子の勝利の大きな原因になったというわけである。

ところで,以上だけであれば,これも先の記事と同様に,企業に問題があったことを指摘したものということになるが,注目すべきは,この記事は,さらに次のように述べていることである。「シャープだけではなかった。パナソニック,キヤノン,ホンダ。為替が1ドル=100~135円の円安に振れていたこの時期,日本を代表する製造業が争うように国内で大型投資に踏み切った。学会では……『擦り合わせ型』ものづくり論が脚光を浴びた。『日本のものづくりは強い』という奇妙なナショナリズムがまん延していた。」

以上に見た2つの理論のうち,「選択と集中」論は理論が不適切なものだったために,日本企業に適切な処方箋を与えられず,その弱体化を救うのに役立たなかった。他方,「ものづくり論」は,理論自体は優れていた。しかし,まさにそれゆえにある固定観念を生み出し,それが変化した現実に対する認識を妨げ,結果的に日本企業の弱体化を助長する役割を果たしたのである。

筆者は本年4月に『ダイナミック競争戦略論・入門――ポーター理論の7つの謎を解いて学ぶ』(有斐閣)という著書を上梓したが,その動機は,競争戦略論に関して,後者のような事態が生ずるのを避けることであった。競争戦略論の代名詞ともいえるポーター理論は,それ自体としては優れた理論である。しかし,それは1980年代に作られたものであるために,今日のような不確実性の高い環境下では有効性を失っており,そのままでは,企業が実際に戦略を構築しようとする場合には,むしろ妨げになっている。これに対し,拙著は,実践的な処方箋を可能にする,ポーター理論を部分理論として含むより射程距離の長い理論の構築を目指したものである。

河合忠彦(かわい・ただひこ,中央大学大学院ビジネススクール教授)

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