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2012年10月 5日 (金)

著者より:『進化と感情から解き明かす社会心理学』 「書斎の窓」に掲載

124660北村英哉・大坪庸介/著
『進化と感情から解き明かす 社会心理学』
2012年4月刊
→書籍情報はこちら

著者の北村先生が,本書の刊行にあたって『書斎の窓』(2012年9月号)にお寄せくださいましたエッセイを,以下に転載いたします。

◇社会心理学と進化的アプローチ
 ――『進化と感情から解き明かす 社会心理学』を刊行して◇


この度,有斐閣アルマシリーズから,大坪庸介氏と共著で『進化と感情から解き明かす 社会心理学』を刊行させていただいた。本書執筆にあたって考えていたことのいくばくかを記してみたい。

実体とは何か?

心理学は人の心を扱う。実はそうは,考えなかった時代もある。心のなかは見えないので実証不可能。だから,外に現れた観察可能な行動だけを扱う。この行動主義の図式によって得られた知見も多く,貴重な心理学的研究成果になっているものの,これだけでは,人間行動の解明には十分でなかった。

そうは言っても,見えない心のなかの仕組みを推測していくのはやはり冒険である。われわれ心理学を研究する者たちは,大学院の修行時代からこういったことを諭されてきた。「多くの心理学概念は構成概念である」つまり,実体ではないということだ。

物体としての実体(モノ)と現象(コト)

読者諸氏には当然のことであるかもしれないが,ここで少し整理させていただきたい。共感性を研究すると言っても「共感性」というものが人間のからだの中に必ずしもあるというわけではない。従来,「共感」にあたるものが「これ」であるといったことを考えるのは不可能あるいは無意味であるとされてきた。誰か他者に共感している状態があったとして,そして「この人には共感性が備わっている」などという言い方がなされたとしても,「歩行ツールとしての脚がある」とかいった具合に,「共感性というものがくっついている」とは言えない。机やいすや指,足のように名詞として称することのできる形ある物体を実体と呼ぶならば,心理学が扱っているさまざまな事柄は全く物体的なモノではない。

それに対して,燃焼や蒸発などの現象は,モノが問題の焦点ではなく,さまざまなモノが変化していくプロセスそのものが重要であり,起きているコトが大切である。「火」といっても物体としての実体的な何かが持続的にそこにあるのではなく,火として燃焼を成立させている基盤となる具体物は絶え間なく,ひっきりなしに入れ替わって,変わっていきながら,しかしながら持続的に「燃える火」と見える現象を成立させている。つまりここでは,事象,ことがらが重要であり,そこにあるのは「プロセス」なのであった。

構成概念を用いた研究

こういったことから,心理学においてもプロセスに焦点を当てたり,その働き,機能に着目したりといった研究が多い。実際にはプロセスなのであるが,実体的に見えやすい「性格」というものもあった。性格は構成概念である。性格検査で外向性得点が高い人がいたとして,その人の心身のなかに実体的に「外向性」や「外向成分」などがあるかどうかなどは問われることは少なかった。心理学では,ある「構成概念」を仮定することによって,さまざまな心理現象がうまく説明できる,よく説明できるという結果が得られれば,その構成概念の有用性は維持されてきた。

構成概念を用いるのは,他の学問分野でも同様である。「景気」や「格差」が実体的に存在するわけではなく,だからこそその指標化には工夫が必要であり,議論が起こり得る。現象を取り扱った概念としては,科学においても例外ではなく,「気圧」や「摩擦」「電気抵抗」などもモノ的な実体ではなく,生じていることがらを整理して便利で有効な概念を付与しているに過ぎない。しかし,科学的に明瞭であろうとしたら,摩擦が生じる仕組みや電気抵抗が生じる仕組みを説明できるのが有効であり,より基本的な物質レベルに立ち戻って,その相互作用としていかなる事柄が生じているのか,その現象を構成している原理や成り立ちについて説明可能であることが望まれるだろう。

これまでの社会心理学では,存在している現象について,その関連性や働き,因果関係などを検討してきた。ある種の現状分析であり,詳細な整理であるとも言える。もちろん,有効な整理を行うには,独創的な概念の提示や,独創的な観点からの分類などが有用であり,さまざまな素晴らしい理論やモデルが提出されてきた。しかし,そこには,なぜ,どういう風にそうなっているのかといった説明が欠けている場合もしばしば見受けられた。

プロセスに焦点を当てる

そこで,原理や成り立ちについての説明という観点に立ち帰れば,たとえば,人の「外向的な行動」を成立させている機序はいかなるものであろうか。いきなりこれを問うのが難しければ,「他者と関わり合うのを楽しいと感じる」仕組みはどのように成立しているかと,まず問いかけてみることができるだろう。一つには,顔見知りの他者という視覚刺激に接したときに,相互作用の予期に伴って報酬を得られる感覚が生じる。そのような報酬プロセスには脳内の線条体の働きが大きく関与している。他者刺激に伴う線条体の賦活は,遺伝的傾向と後天的経験が合わさった結果である。このような仕組みについて,これまでは漠然と想像するしかなかったプロセスが,fMRI研究などの脳機能イメージング法によってかなり可視化されるようになってきた。脳のプロセスはブラックボックスではなくなったのである。生体内の化学物質の研究も進んでいる。夏の蒸し暑い環境下にいると攻撃性が高まる。攻撃性にはテストステロンが関与している。このようなホルモンは当然のことながらゲノム情報に基づいて化学的生産が行われている。テストステロンは男性ホルモンと言われるように,男性的なからだの形成にも関与しており,その活発な生産には個人差があり,また,性差が見られるプロセスである。

脳や生体内プロセスではまだまだ分からないことの方が多いとしても,今,ようやく遺伝―環境―脳(身体)―行動をつなぐすべての構成要素がその姿を見せ始め,実際に生じている一連の現象として,心理―行動プロセスを捉えることができるようになってきた。生理過程の参照はいわば構成概念妥当性の確立にもつながる。外向的な人の話に戻ると,外向的な反応の仕方の蓋然性を高める遺伝的素因と,外向的な行動に報酬を見出した経験の集積によって,社会的刺激をポジティブに感じ取り,積極的に関わろうという行動様式が生じていくのである。そのような個人差は,心理的な危険を避けるために内向的な方略を用いるか,交流による利得をねらってより外向的に振る舞う戦略をとるか,たまたまその人のなかに成立した機序によって生じているものと言える。

しかし,現に生じているプロセスだけ描いても,「なぜ」そうなっているのかは分からない。「排除を受けた後に他者に受け入れられるように振る舞う」,「自尊心が低くなっているときに,自分より能力が低い者を参照する下方比較を行う」。こういった「こういうときには,こういった反応をする」ということが分かっても,では,「なぜ,自尊心は低いより高い方がよいのか」「人はどうして自尊心を維持しようとするのか」「人はなぜ他者から受け入れられたいと思うのか」という「そもそも」の話にはつながらない。それは従来単に「当たり前」のこととされてきた。しかし,なぜそれが「当たり前」なのであろうか。それにきちんと答えられなくては,人間の心理の解明には至らないだろう。

進化的アプローチ

近年,このような「なぜ」に解答を示し始めた動きが,「進化的アプローチ」であった。人が現に今こうなっているのは,永きに渡る進化のプロセスのなかで,その行動,その反応の適応度が高かったからである。この場合の「適応度」とは,自身の遺伝子の繁殖可能性を指す概念で,別段,「多く繁殖した方が『よい』」とか,「繁殖することが何にも勝る価値である」などと主張しているわけではない。単に現在そのように進化してきたという科学的事実を述べているに過ぎない。進化プロセスを進めていくからくりは,結果的に繁殖した程度の差の集積に過ぎない。「集団に受け入れられたい」という動機を持つ個体群と受け入れられることを望まない個体群が仮にあった場合に,他者に受け入れられている場合の方が生存に関わる援助(妊娠期間や怪我したときに食物を得られやすいなど)を受けやすく,生命の維持確率が,集団から排除されている場合よりも相対的に高くなる。その結果,繁殖が相対的に多く生じ,次世代に伝えられる遺伝子が多くなる。このような果てしのない繰り返しによって,ある種の心理的性質を有する者の人間世界での量的優位(だからと言って必ずしも優れているわけではない。人為的に暖房しないと生きていけない極寒に生きる人類がホッキョクグマより優れているとは一概に言えないだろう)を形成し,多くの人が,他者から排斥を受けると「悲しみ」を感じるという「心の性質」を持つようになっているわけである。

プロセスの実体化

このような考え方によって,人間の行動の理解は,現実の世界と科学的根拠を持って結びつけられた。人のさまざまな性質,反応傾向は,生物の進化の法則と科学的根拠を一にし,明瞭な原因があって,「今,こうなってきた」と言える。人間の理解において,地に足が着いたのである。まだまだ不明な部分も多いけれども,およその筋道は描かれた。ひとつひとつ解明が進むことによって,つながりがより強固なものとなっていくだろう。

これがプロセスの実体化である(もちろん唯一の概念化だと言っているわけではない)。このような進化の道筋のなかでつくられていった私たちの脳構造,脳神経システム(成長,変化が可能となっているという仕組みも含めて)が,人間行動が生成,展開される基盤としてある。生命にとって危険な強大そうなものを視覚が捉えたときに,扁桃体が賦活し,「恐怖」と命名される心身の各種反応群が引き起こされ,視床下部を通じて交感神経系が賦活し,逃走の準備が図られる。あてどのない「構成概念」だけを頼りにして,心理学的事象の説明を組み立てるのではなく,その基盤に何があるのかしっかり根拠を参照しながらの組み立てへと脱皮可能なわけである。

こういった実体的プロセスの意味のあるつながりの集大成として,各種の人の反応というものを理解することが可能であるし,本書の取り扱う社会的行動においても,それは確かなものになりつつある。しかし,このような進化的な人間事象の捉え方は,まだ社会心理学領域で決してメジャーなものとはなり得ていない。その試みはまだ始まったばかりと言えるかもしれない。

本書執筆の経緯と本書のねらい

本書は,このような進化的アプローチから人の社会的行動,社会心理学的事象を見るということを目標として執筆された。また,このようなそもそもの原因や因果の流れを意識することによって,ばらばらな知見の集積とされがちであった社会心理学の領域の豊富な知見群をいくらかでも整理し,進化的観点から秩序づけることで,一本の柱をもった整合的な知見群として捉え直すことを試みてみたかった。

たまたま社会心理学の領域を整理するようなプレゼンテーションを行った日本心理学会のシンポジウムにご参加いただいていた有斐閣の櫻井堂雄氏から,社会心理学のテキスト執筆の提案を受けて考えたのは,すでに良書がたくさんあり,網羅的でよく整理された社会心理学テキストが巷に多く発刊されているなかにあって,もっと変わった特色をもったテキストをつくってみたいということであった。いわば諸先輩の方々がすでに社会心理学の流儀ではとてもよいテキストを編集,発刊されておられることに甘えて,そのような知見のよりしっかりした解説は,既存のテキストを脇において参照していただくことで補ってもらい,わたしたちの作るテキストでは,進化を柱にした異なったまとめ方を試みてみようということであった。

そうすると,自身の進化心理学理解の心許なさではとても荷が余り,関心をもっているというだけで知識が不足すれば執筆が叶わないのは当たり前である。そこで,若手の活きのよい研究者で社会心理学分野においても進化的アプローチに詳しい神戸大学の大坪庸介氏に共著者を務めていただけないか打診し,ご快諾いただいたことによって,この試みは実際的な展開を見ることになったわけである。

これまでの編集よりも,多くミーティングやメールでの意見交換を重ね,進化的な観点から人間行動を理解するには,非意識的プロセスや感情領域などを理解してもらうことが必須であり,また有効であるという結論を得た。そして,進化的な観点の概略を冒頭で提示した上で,最初に非意識的なプロセスのあり方,それが自然であることの科学的実証,そのようなプロセスの例示としての感情現象の紹介をまず先行させて,次に,本格的に進化的議論を展開する。そして,その後,従来の社会心理学的知見のいくらかをそこまでの議論を土台に適応的観点を前面に据えて整理を試みるといった方略を採用することとした。序章を大坪,1章,2章を北村,3-5章を大坪,6章,7章を主に北村が執筆し,意見交換しつつ,終章を大坪が主で執筆を行った。意見交換した部分も多かったので,書籍には通常のように担当執筆箇所の明示をしなかったが,概略は以上の通りの構成である。

ここで述べてきたような意図が実際にどの程度実現したかは定かではない。とりわけ自身の担当箇所については,もっと手を入れたい,時間をかけて練り直したいと心残りな部分も多い。しかし,進化的アプローチが展開してきたこのタイミングで刊行したいという思いもあり,思い切って不完全な点も読者の批判を請い,改訂すべき知見を積極的に収拾していくのも自身の学習のためと考え,刊行に踏み切った。諸兄姉の率直なご批判を頂戴できればと願っている。執筆にあたっては,構成の議論も含め有斐閣の櫻井堂雄氏にたいへん助力いただき,扉絵になる写真などについても,著者たちのわがままな願いに応じて,奔走いただいた。記して感謝する。

さまざまな知見は日頃の研究会などの議論によって得られているものも多いし,そもそも本原稿執筆者に進化的観点を与えていただいたのも,このような観点を重視する学風を形成した東京国立(くにたち)の集まり(研究集会,読書会,お茶会など)を中心とする人々であったし,その研究会のなかで北村は大坪氏の進化的アプローチによる発表に接して,個人的な知己も深めた。このような研究土壌を形成してきた研究会の人々ならびに北海道大学関係の方々に感謝したい。

北村英哉(きたむら・ひでや,関西大学社会学部教授)

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