« 担当者語る①:「現代韓国を学ぶ」 | トップページ | 著者より:『ハイテク産業を創る地域エコシステム』「書斎の窓』に掲載 »

2012年7月18日 (水)

著者より:『ひたすら読むエコノミクス』「書斎の窓」に掲載

163973_2

伊藤 秀史/著

『ひたすら読むエコノミクス』2012年4月刊
→書籍情報はこちら

著者の伊藤先生が,本書の刊行にあたって『書斎の窓』(2012年7・8月号)にお寄せくださいましたエッセイを,以下に転載いたします。

『読むエコ』 登場

 「びっくりしましたね!」 が件名のメールが届いて何事かと思ったら、 『ひたすら読むエコノミクス』 通称 『読むエコ』 を謹呈した方からである。 「このたぐいの教養書を書かれるとは思いませんでした!」 とのこと。 私に対して難しい論文や教科書ばかり書いている印象を持たれている方には、 この小さなサイズで可愛らしいデザインの本の登場はちょっとした驚きだったようである (カバーと扉絵を描いてくださった有留ハルカさんに感謝。 もちろん担当の尾崎大輔さんにも)。 もっとも私よりはるかに研究論文の執筆に特化して、 そもそも日本語の文章の執筆さえも少ない研究者の方々も大勢いるのだが。

 『書斎の窓』 の読者の中には、 書名も通称も初耳という方も多数いらっしゃると思うので、 与えていただいたこの機会に、 本書の中でふれたことに書き足しながら 『読むエコ』 を紹介することにしたい。 経済学関係者のみならず、 広く興味を持ってもらえる可能性がある本だと思っている。 謹呈した別の方からは、 『入門・経営の経済学、 一歩手前』 という別タイトルを頂戴したくらいである。 なお、 本書とエコロジー・環境問題とは直接の関係はない。
 『読むエコ』 は経済学、 特にミクロ経済学の入門書だが、 教科書ではなく、 勉強するモチベーションをあげるための副読本となることをめざして執筆されている。 ひたすら読んでもらうために文章だけで構成されている。 図表もグラフも一切なく、 ほんのちょっとだけ登場する数式も四則演算を使った数値計算だけである。

『読むエコ』 の構成と内容
 こう紹介すると、 「そのような一般向けの経済学入門書は、 翻訳物から新書まで今日多数出版されているでしょう」 とツッコミが入ることは避けられない。 その種の本と比べたときの本書の特色を説明するために、 まず 『読むエコ』 の構成と扱うトピックを紹介しよう。 扱うトピックは盛りだくさんで、 一般向けの入門書のようにはみえないかもしれない。 しかし、 具体例や現実の事例をなるべく多く盛り込みながら、 深入りせずに平易に記述することを試みたので、 一部のトピックを除いて気軽に読めるはずである (読者の評価を待ちたい)。
 『読むエコ』 には 「まえがき」 はなく、 いきなり本文からはじまる。 導入部である第1章では、 まず経済学の二面性  経済学には経済やその構成単位である家計、 企業、 市場を 「対象」 とする顔と、 人間行動を分析するための 「文法」 としての顔とがあること  を指摘する。 そして合理性やモデル分析など、 思考のための 「文法」 としての経済学の特徴、 経済学における数学の役割、 また、 「入門書の説明はまどろっこしい」 「数式にしてくれないとわからん」 という読者のために、 コトバで理解することの重要性、 などを説明する。 第2章では、 合理的意思決定、 トレードオフ、 機会費用、 サンクコスト、 限界分析など、 経済学における 「ひとりの意思決定」 の考え方を解説する。 第3章はゲーム理論超入門の章で、 相互依存関係にあるふたりの意思決定をもっぱら分析する。 第4章は 「多数の意図が交差する場」 である市場の成功と失敗の章で、 市場需要関数、 需要の価格弾力性、 価格差別、 市場供給関数、 市場均衡、 市場メカニズムの実験、 効率性、 市場の失敗などを説明する。
 第5章では、 確実同値額、 リスク回避、 効用指標の求め方、 リスク分担など、 リスクのある状況での意思決定を分析する。 第6章と第7章のテーマは、 当事者の持つ情報が異なっている非対称情報の状況でのインセンティブ問題である。 第6章ではモラルハザードを対象として、 その意味、 現実例、 対処法としてのインセンティブ設計を説明する。 第7章では逆淘汰 (逆選択) を扱い、 その意味、 現実例、 対処法としてのシグナリングとスクリーニングを説明する。 そして、 そもそもなぜ情報が偏るのかという問いに答えるために、 合理的群衆行動や交渉の分析を行う。 第8章はマーケット・デザイン超入門の章で、 市場を設計するという視点から、 価格が重要な役割を担うオークションと、 お金の役割が限定的な状況で取引相手を結びつけるマッチングという二種類の理論を紹介する。 第9章は組織デザイン超入門の章で、 私の専門である組織の経済学の扱うトピックから、 権限委譲、 イエスマン、 組織内コミュニケーションとコーディネーション、 企業の境界などを紹介する。 最後の章 「まとめとオマケとあとがきと」 では、 「木を見て森を見ず」 状態に陥らないように全体をざっくりとまとめてから、 教科書ガイド、 引用元・参考文献、 そして本書を執筆したきっかけ、 の順番で書いている。

『読むエコ』 の特色
 以上の構成と内容を踏まえて、 本書の特色のうち次の二点を指摘したい。 第一に、 『読むエコ』 は副読本というコンセプトなので、 基本的には経済学の授業や教科書の構成にしたがっている。 ただし、 あくまで副読本であると割り切っているので、 本書を読んでも入門レベルでさえ経済学を習得することはできず、 授業や教科書で勉強する必要がある、 というメッセージを本文中でしつこく発している。 第二に、 標準的な入門ミクロ経済学の授業や教科書とは、 重点の置き方が異なる。 標準的なミクロ経済学入門で扱う、 消費者行動、 企業行動、 市場均衡は第4章でさらりとふれられているにすぎない。 むしろそれらの背後にある意思決定の基本的な考え方 (文法) を、 第1、 2章で独立して扱う構成になっている。 第3章のゲーム理論は今日では入門レベルの講義や教科書に含まれることもあるだろうが、 かなり自分の経歴と現在の所属を反映しているといえるだろう。
 というのは、 私は経済学者に分類されているものの、 経済学部・経済学研究科で教育を受けたことはなく、 商学部経営学科を卒業してそのまま同じ大学同じ学科の大学院に進学し、 留学して米国のビジネス・スクールで博士号を取得した。 経済学部や経済学系の研究所に所属して経済学部生、 大学院生に教えた経験もそれなりにあるが、 現在は商学部に所属して主に商学部生が履修する授業を担当している。 本書の生い立ちについては 「あとがき」 に書いたのだが、 そもそものきっかけは、 二〇〇四年に学内誌の 「学問への招待」 という特集のために、 「商学部生への経済学のススメ」 というエッセイを書いたことにある。 その改訂版は現在私のウェブサイトで読むことができるが、 内容の多くは 『読むエコ』 にも反映されている。 エッセイの内容はごくごく当たり前のことばかりである。 経営学・商学と経済学は何が違うのか、 なぜ経済学部以外の社会科学専攻の学生が経済学を勉強するといいことがあるのか、 といった問いに答えるために、 主に商学部で学ぶ多くの分野を 「対象」 という視点から、 対して経済学を、 主に人間行動を分析するための独特の 「文法」 の視点から定義したのである。 幸いなことに、 このエッセイがきっかけとなって、 多数の学生が経済学に興味を持ったり、 僕のゼミナールに参加してくれたようである。 また、 他大学の授業や新入生オリエンテーションの参考文献として紹介していただいたこともある。
 『読むエコ』 でも、 経済学を人間の行動を解明するひとつの科学と位置づけて、 「文法」 としての顔をかなり強調している。 そのため、 需要曲線の舞台裏としての消費者行動、 供給曲線の舞台裏としての企業行動、 市場均衡、 というミクロ経済学の王道の流れよりも、 その背後にある意思決定の考え方 (文法) を第1、 2章、 3章 (ゲーム理論)、 5章 (リスク) で強調する構成、 内容となっているのである。
 第6章以降の非対称情報とインセンティブ設計は私の趣味 (専門) 丸出しのトピックなのだが、 現代の経済学と経済問題を理解するためにたいへん重要であり、 かつ、 多くの読者に経済学の扱う問題の広さとおもしろさを感じてもらえる話題だと信じている。 標準的な入門レベルの授業や教科書ではあまり詳しく扱われないが、 そんな思いから本書の後半を占めることになった。

『読むエコ』 をよろしく
 もうひとつ特色をあげるとすれば、 理論研究者による入門書、 ということだろうか。 データ等を駆使して経済現象の種明かしをするというスタイルで書くことは私にはできない。 その代わりに、 データなどという大それたものではなく、 新聞・雑誌・ウェブサイトなどから集めた事例に基づく 「小話」 で、 理論と現実を結びつける努力をした。 「理論としておもしろくても所詮現実は別」 と考えるあなたにも、 『読むエコ』 をひたすら読んでみていただきたい。 Read me 1st!
伊藤秀史(いとう・ひでし,一橋大学大学院商学研究科教授)

« 担当者語る①:「現代韓国を学ぶ」 | トップページ | 著者より:『ハイテク産業を創る地域エコシステム』「書斎の窓』に掲載 »

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 著者より:『ひたすら読むエコノミクス』「書斎の窓」に掲載:

« 担当者語る①:「現代韓国を学ぶ」 | トップページ | 著者より:『ハイテク産業を創る地域エコシステム』「書斎の窓』に掲載 »

twitter

サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想

Google+1

  • Google+1