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2012年7月18日 (水)

著者より:『ハイテク産業を創る地域エコシステム』「書斎の窓』に掲載

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西澤昭夫・忽那憲治・樋原伸彦・
佐分利応貴・若林直樹・金井一賴/著


『ハイテク産業を創る地域エコシステム』

2012年5月刊
→書籍情報はこちら

pen著者の西澤先生が,本書の刊行にあたって『書斎の窓』(2012年7・8月号)にお寄せくださいましたエッセイを,以下に転載いたします。

ベンチャー企業支援のミッシングリンク――『ハイテク産業を創る地域エコシステム』 刊行に寄せて

1 いま求められるベンチャー企業論とは
 ベンチャー企業の研究フィールドといえばシリコンバレーというのが通説ではあるが、 その本質を究明するにはボストンの方が重要なのではないか。 ボストンは、 エレクトロニクス産業形成の地として、 シリコンバレーと並ぶ 「現代の二都物語」 として評価されながら、 ICTの発展では、 シリコンバレーの後塵を拝したため、 ベンチャー企業研究において、 シリコンバレーほどの注目を浴びなかったのである。

 だが、 アメリカ産業革命発祥の地として、 成功した企業文化を持つボストンにおいて、 ベンチャー企業創業が望まれた理由、 そのためにボストンで整備された支援組織を究明することは、 同じく成功した企業文化を持つ日本においてベンチャー企業が果たすべき機能、 その特性、 支援の必要性、 及びその仕組みを提示しえるのではないか。
 ボストンにおけるベンチャー企業とは、 MITの研究成果の商業化を担うNew Technology-based Firms (以下NTBFsという) であり、 ハイテク産業の形成を通じて、 ボストン経済再生の担い手となることが期待されていた。 ただ、 この期待を充足するには、 NTBFsは、 原理が証明され、 特許化された技術シーズから試作品を作り、 ビジネスモデルを創出し、 市場の評価を受けつつ、 ドミナント・デザインを獲得して、 イノベーションにもとづく高い利益 ( = シュンペータ・レント) を実現することが求められる。 だが、 試作品を作る技術リスクとシュンペータ・レントを実現する事業リスクという、 「二重の創業リスク」 を負うことになるNTBFsは、 経営資源の取引費用が高い先進地域においては、 市場メカニズムだけではこれを入手することができず、 その創業に対して阻止圧力が作用するのであった。
 とはいえ、 NTBFsが創業され、 成長と集積を遂げない限り、 ハイテク産業は形成されず、 地域経済の再生も期待しえない。 しかも、 新たな技術シーズから作られた試作品がドミナント・デザインを獲得するには、 市場の評価を前提にした試行錯誤が不可欠となる。 結果として、 それを担うNTBFsは多数創業 ( = 以下簇業という) され、 淘汰されることが常態となる。
 こうした企業特性を持つNTBFsは先進地域では益々もって創業され難いと言えよう。 にもかかわらず、 地域経済再生のため、 敢えてNTBFsの簇業・成長・集積を促進しようとする。 このような矛盾をもったNTBFsをベンチャー企業と定義し、 その簇業・成長・集積を促進する条件を明らかにすること、 これこそ、 今、 求められるベンチャー企業論だといえるのではあるまいか。

2 メゾ組織としての地域エコシステム
 これまで、 国のマクロ政策としてのベンチャー企業支援策に対して、 批判的な意見が多く出されてきた。 実際、 ベンチャー企業支援を狙った多くの国のマクロ政策が初期の成果を上げてはいない。 そもそも、 国のマクロ政策としての支援策は、 自立と進取のアニマル・スピリットを持つ企業家にはそぐわず、 失敗するのも当然である。 ベンチャー企業にとって、 規制緩和こそ、 最も効果的な支援策だということになる。
 だが、 地域経済の再生に向けたハイテク産業形成の担い手となるNTBFsは、 市場メカニズムを前提とする限り、 創業阻止圧力が作用する企業特性を持っている。 この創業阻止圧力を緩和し、 新規創業を活性化するためにも、 国のマクロ政策は不可欠であった。 とはいえ、 国のマクロ政策が、 直ちに企業家のミクロ活動に作用して、 NTBFsの簇業・成長・集積を促進することはできない。
 NTBFsの簇業・成長・集積を促進するには、 これを可能にする 「技術とヒトの一定の集積」 と、 地域の経営資源を動員するネットワークからなる支援組織の整備が不可欠だったからである。 この地域におけるネットワークからなる支援組織を地域エコシステムと定義し、 NTBFsの簇業・成長・集積には、 国のマクロ政策と企業家のミクロ活動を繋ぐ、 メゾ組織の重要性を明らかにすることを試みたのである。
 このような視点から欧米の成功したハイテク産業地域を調査してみると、 各地域ともエコシステムと定義しえる支援組織を整備していたことが分かる。 また、 ここでもボストンがその嚆矢となっていた。 ボストンでは、 軍需研究 ( = 国のマクロ政策) ―MIT ( = 企業家大学として 「技術とヒトの一定の集積」) ―インキュベータ+VC ( = メゾ組織) という連携が、 DECを創業させ、 ミニコン産業を形成したからである。
 この連携がF・ターマンによってスタンフォード大学に持ち込まれ、 シリコンバレーが生まれることになる。 ただ、 F・ターマン自身はこうした連携に気付いてはいなかった、 という逸話も伝えられている。
 さらに、 一九七〇年代末、 カーター政権のもと、 スタグフレーションからアメリカ経済を再生することを狙って策定・実施されたCloning Silicon Valley政策によって、 全米に拡散されたのである。 但し、 軍需の限界を踏まえ、 新たな国のマクロ政策の中核は技術開発、 リスクマネー供給、 商業化支援が中心になっていた。 バイ・ドール法+私募株式市場+SBIR ( = 国のマクロ政策) ―企業家大学 ( = 「技術とヒトの一定の集積」) ―インキュベータ+ベンチャー・ファイナンス+生産者サービスの提供 ( = 地域のメゾ組織となる支援組織) こそ、 Cloning Silicon Valley政策が描いた新たな連携であった。  
 但し、 Cloning Silicon Valley政策が実効性を持つには、 優れた研究実績を持つ大学を擁する地域がNTBFsの簇業・成長・集積を促進するメゾ組織となる支援組織を整備できるかどうかに依存していた。 その意味では、 従来のトップダウン方式の政策の導入と実施に比べ、 地域主導の創発に依存せざるをえない点において、 政策の実施方式が大きく変わってこざるをえなかったのである。

3 比較静態論から動態的構築論へ
 そこで、 メゾ組織となる地域エコシステムは、 どのような要素と構造を持ち、 いかに構築されるのかが次の課題となる。 この課題に関しては、 その代表的地域となるシリコンバレーを対象にした、 多くの研究成果が発表されている。さらに、 Cloning Silicon Valley政策を受けて、 成果を挙げ始めていたオースティン、 サンディエゴ、 ワシントン周辺のバイオ・キャピタルなど、 アメリカ国内の事例分析だけでなく、 ケンブリッジ、 ミュンヘン、 オウルなど、 アメリカ以外の国々における成功事例も分析されてきた。 このいわば比較静態分析によって、 これら成功した地域のエコシステムとしてのベンチャー企業支援組織は一定の共通性を獲得することが明らかにされたのである。 なぜなら、 いずれの事例においても、 創業阻止圧力が作用するベンチャー企業としてのNTBFsの簇業・成長・集積を促す支援組織として、 一定の共通性を持たざるをえなかったためである。
 だが、 ここで注意すべき点は、 成功事例において一定の共通性を持つメゾ組織としての地域エコシステムの再現性はいかに担保しえるか、 にある。 先行研究において、 そうした再現性を担保しえる条件が明らかにされることはなく、 その構築は多様な過程を辿ることが示されていた。 シリコンバレー分析においては、 その独自性が強調され、 再現性は無いという論調が主流だと言えよう。
 もし、 この論調が正しいとすれば、 Cloning Silicon Valley政策は誤った政策ということになる。 だが、 オースティンにおいて、 Silicon Hillsが生み出されている。 ケンブリッジやオウルなどの事例も、 単なる偶然であり、 奇跡に過ぎない、 ということになるのであろうか。
 そこで、 この構築過程の多様性を一定の共通性に収束させる条件を明らかにすることを試みたのである。 そのためには成功事例の比較静態論から帰納的に条件を導出することは不可能であった。 むしろ、 構築過程を示す動態モデルを演繹的に導出して、 この動態的構築モデルを成功事例や失敗事例に当て嵌めることで、 一定の共通性を獲得して成功した条件や、 途中で頓挫した原因を解明できると考えたのである。
 併せて、 演繹的に導出された構築モデルが動態的に展開しえるための条件についても究明・提示されなければならなくなった。 具体的に言えば、 十分条件となる 「技術とヒトの一定の集積」 がいかに充足され、 エコシステムと呼び得る双利共生のネットワークをどのように構築するのか。 また、 資金面においては、 企業金融の通説とは異なる、 「逆ペッキング・オーダー」 を可能にするベンチャー・ファイナンスはどのような投資制度によって実現されるのか。 簇業活動の担い手はいかにキャリア転換を行い、 そのために必要な地域における専門家の労働市場はどのように整備されるべきか。 さらに、 市場メカニズムとは異なり、 地域エコシステムが自己組織化を通じて構築されることはない。 この構築過程を主導する主体はどのように生み出され、 それをどう理論化するかも大きな課題であった。
 本書は、 こうした幅広い論点に対し、 一定の解答を提示しつつ、 わが国ベンチャー企業支援のミッシングリンクとなっていたメゾ組織として、 地域エコシステムの構築過程を動態的に明らかにすることを狙いにしていた。
 勿論、 その狙いがどこまで実現しているか、 読者のご判断に委ねられねばならない。 ただ、 本書が契機となり、 新たなベンチャー企業支援論が展開され、 閉塞状況にあるわが国経済の再生にとって、 些かなりとも貢献できれば望外の喜びである。

=西澤昭夫(にしざわ・あきお,東北大学大学院経済学研究科教授)

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