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2012年7月18日 (水)

著者より:『ヨーロッパの政治経済・入門』「書斎の窓に掲載」

184022

森井 裕一/編

『ヨーロッパの政治経済・入門 』
有斐閣ブックス

2012年4月刊
→書籍情報はこちら

pen編者の森井先生が,本書の刊行にあたって『書斎の窓』(2012年7・8月号)にお寄せくださいましたエッセイを,以下に転載いたします。

ヨーロッパの行方――『ヨーロッパの政治経済・入門』 の刊行によせて

 ギリシャをめぐる混乱が続いている。 欧州連合 (EU) にとっても大きな試練の時である。 このたび 『ヨーロッパの政治経済・入門』 を刊行したが、 この本をお読みいただけばEUの将来を予測できる、 ということには残念ながらならない。 しかし、 現在のヨーロッパの危機のさなかにこそ読んでいただきたい本ができたと編者は自負している。

その理由の一つは、 本書がヨーロッパの国々を扱いながら、 同時にEUも扱っていることによる。 『ヨーロッパの政治経済・入門』 は二部構成で、 第Ⅰ部 「ヨーロッパの主な国々」 はフランス、 ドイツ、 イギリスなど国別に政治、 経済、 対外関係を扱い、 第Ⅱ部 「ヨーロッパ統合とEU」 では統合の歴史、 EUの制度、 経済、 対外関係などを扱っている。 現代のヨーロッパを理解するには、 EUを構成する国々についても理解し、 かつEUについても知っておかなければならない。 本書は主要国の政治について、 歴史的な発展と政治制度の基本的な枠組みを紹介した上で、 経済政策の展開、 ヨーロッパ統合との関係、 外交関係などについてのエッセンスをまとめている。
 もっとも、 これほどまでにギリシャ危機が深刻になると、 なぜギリシャに一つの章をさいてしっかりと説明してないのか、 ということに疑問を抱かれる読者もいるかもしれない。 しかし本書は百科事典ではなく、 あくまでもヨーロッパの政治経済の現状に興味をもち、 これからいろいろ読み進めようと考える読者の最初の一歩として企画されている。 どの国を取りあげていくべきかについては本書の編集会議の段階でも議論されたが、 これまでのEUにおいて単独で中心的な役割を果たしてきた国々、 中小国であってもグループとして重要な役割を担ってきた国々、 政治経済的なまとまりの中で扱うにふさわしいと考えられる国々が取りあげられた。 人口も経済規模も政治的な影響力も小さく、 地域的なグループの一員でもないギリシャについては、 残念ながら取りあげる余地はなかった。 それでも、 本書を通してお読みいただければ、 欧州諸国やEUがどのように今回の危機に対応しようとしているか、 その考え方の背景はどのようなものなのかについて考えるきっかけを得ていただけると思う。
 現在の危機的状況の中で本書をおすすめできる第二の理由は、 本書が最新のEUの制度に基づいて記述されていることである。 EUは何度も制度改正を繰り返してきた。 とりわけこの二○年間は制度改正が頻繁であった。 一九九三年にEU条約 (通称マーストリヒト条約) が発効、 一九九九年にはこのEU条約を改正するアムステルダム条約、 二○○三年にニース条約、 そして最近では二○○九年一二月にリスボン条約が発効した。 条約改正のたびにEUの制度には変更が加えられてきたので、 そのたびにEU関連の書籍は書き換えられてきた。 本書はリスボン条約による改正を全面的に取り入れた最新の記述となっている。 欧州理事会常任議長 (俗に言うEU大統領) をはじめとして、 新設されたり名称変更されたりした制度も紹介されている。

リスボン条約の意義
 そもそも、 なぜEUはこれほどまでに制度改正を繰り返してきたのだろうか。 最大の理由は、 構成国の増加に対応するためである。 一九八九年に 「ベルリンの壁」 が崩れて冷戦が終わり、 東側に属したヨーロッパの諸国は体制移行を果たした。 そして、 第二次世界大戦後の西欧民主主義国の和解の象徴として、 また経済統合の組織として発展してきたEUに加わることを求めた。 二○○四年には体制移行を果たした中東欧諸国と地中海の小国キプロス、 マルタの一○カ国がEUに加盟し、 EUは二五カ国となった。 更に二○○七年にはブルガリアとルーマニアが加盟し二七カ国となり、 二○一三年にはバルカン半島の小国クロアチアが加盟し二八カ国となることが決まっている。
 戦後の欧州統合は、 一九五二年に発足した欧州石炭鉄鋼共同体 (ECSC) の時代に制度的な骨格が作られている。 当時の構成国はドイツ、 フランス、 イタリア、 オランダ、 ベルギー、 ルクセンブルクの六カ国であった。 地理的に隣接し、 経済的にも類似したレベルの国々で構成された組織から発展し、 EUは誰もが想定するヨーロッパの地図と一致するほどまでに拡大した。 そのために構成国が増加しても、 従来通りに効率的かつ迅速に政策決定を行い、 EUとしてまとまりのある行動をとることができるようにと制度改正が繰り返されてきたのである。
 拡大と同時にEUはその政策領域も増加させてきた。 ごく限られた経済分野の統合から出発し、 やがて工業製品だけではなく、 自由貿易になじみにくい農産物についても国境のない共同市場を実現させた。 現在では通貨統合が完成し、 経済以外の共通外交・安全保障政策やヒトの移動に関するさまざまな政策領域も発展してきている。 これらの新しい政策を導入し、 強化することも今回の条約改正の目的であった。
 もっともリスボン条約発効までの道のりは決して平坦ではなかった。 二○○○年前後にはEUの将来、 つまり欧州統合がどのような方向にどの程度まで進み、 EUとそれを構成する国々の権限の関係はどうなるのかについての議論が盛んに行われた。 こうした議論は、 国際環境や経済状況の変化などに対応するためにEUが場当たり的に制度改正を繰り返してきたことへの反省に基づいていた。 このため、 欧州統合の最終形態を念頭においてEUと国家の権限関係を抜本的に考える必要があると主張された。 この議論はEUの最終形態 (フィナリテ) 論とよばれた。 これは最終的に欧州憲法条約という名前の条約にまとめられ、 多くの国で批准されることとなった。
 しかし二○○五年初夏にフランスとオランダの国民投票で批准が否決されたことにより、 憲法条約は発効せずに終わる。 欧州統合の歴史を振り返れば、 EU条約の批准時にデンマーク国民が批准を拒否したこともあった。 しかし二○○五年の問題は、 あとから統合に参加してきて、 主権委譲に非常に懐疑的であった国ではなく、 フランスとオランダという統合のオリジナルメンバーであり、 統合推進の原動力となってきた国々の国民による反対が表明されたことであった。 もっとも、 国民投票の反対は欧州憲法条約そのものに対する反対ではなく、 政府のパフォーマンスの悪さに対する批判票であるとする解釈もできる。 それでも二○○五年の両国の国民投票によって欧州統合懐疑派が力を付けたことは間違いない。 また、 この混乱に乗じて中東欧の統合懐疑派の声も強く主張されるようになった。 その結果、 最終的に欧州憲法条約を穏当に手直しし、 「憲法」 という論争を引き起こす名称を削除したうえでEUの機能向上を可能にする改革条約としてリスボン条約が発効したのであった。
 リスボン条約そのものも容易に合意できたわけではなく、 批准過程ではアイルランドの国民投票で一度否決されてしまう。 しかし、 EU制度の効率化を若干犠牲にして小国でも欧州委員会の委員 (大臣に相当) をかならず送り出せるようにするなどして、 再投票によってリスボン条約が批准された。 こうして欧州憲法条約をめぐる議論がはじまってからほぼ一○年近くかかってリスボン条約が発効したのであった。

ソブリン危機とEUの行方
 リスボン条約の発効によって、 EUは現状の二七という構成国の数を超えて複数の新規加盟国を受け入れることが可能になり、 欧州理事会常任議長や外務・安全保障上級代表 (EU外相) が統括する欧州対外行動庁 (EEAS) も設置された。 当分はこの制度でいけるかと思われた矢先に、 ギリシャが二○○二年にユーロに参加する時点から経済データを偽っていたことが明らかになった。 こうしてギリシャ国債は債券市場で信用を失い、 ギリシャは債務不履行の危機に直面する。 このソブリン危機は、 ポルトガル、 アイルランド、 さらにはスペイン、 イタリアなどにまで影響が波及した。 EUは欧州統合の最大の成果である経済通貨同盟を守るために矢継ぎ早に救済策を打ち出し、 さまざまな制度を構築した。 これまでの条約ではカバーできなかった部分が、 新しい財政条約で規定されることにもなった。 しかしながらドイツが主張した財政の安定と通貨の安定を連動させる新条約にイギリスとチェコが反対したため、 この条約はEU構成国がEUの外側で多国間条約として締結する形になってしまった。
 EU構成国の財政の安定化のために厳しい緊縮策を求める政策は、 国民に痛みを求める。 ギリシャ国民はこれに対する不満を、 総選挙で民主主義の手続きに則って表明したのであった。 ユーロという共通通貨を運営し、 一つの国境なき市場が既に実現しているが、 EU構成国の民主主義は、 国別に仕切られている。 ドイツ国民はドイツの歴史と政治経済の言説によってギリシャの行動を判断し、 政治に反映させる。 フランス国民も同様である。 EUは結局依然として、 多様な歴史的経験とそれぞれに異なった政治のシステムに基づいて運営される構成国、 そして国ごとに仕切られた言説で行動する国民の意見を集約していかなければならないのである。
 欧州統合のプロジェクトはいろいろな意味で岐路にさしかかっている。 グローバルな経済競争に対抗するためであれ、 新しい安全保障環境に対応するためであれ、 EUも構成国も民主的な正統性と効率のバランスに配慮しなければならない。 ギリシャに限らず、 EUの他の構成国もグローバル化の影響を受けて既存の政治・経済の枠組みとそのパフォーマンスにますます疑問が付されるようになっている。 しかし欧州が危機にあっても、 欧州が五億人以上の豊かな人口と世界の四分の一を越えるGDPを背景として、 国際政治においても巨大で重要なアクターであることが変わるわけではない。 本書がバランスのとれた欧州理解の一助となることを願ってやまない。
森井裕一(もりい・ゆういち,東京大学大学院総合文化研究科准教授)

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