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2012年6月 1日 (金)

著者より:『法と経済で読みとく 雇用の世界』「書斎の窓」に掲載

L163891大内 伸哉 (神戸大学大学院法学研究科教授)
川口 大司 (一橋大学大学院経済学研究科准教授)/著

『法と経済で読みとく 雇用の世界』

2012年3月発行
→書籍情報はこちら

pen著者の川口大司先生が,本書の刊行にあたって『書斎の窓』(2012年6月号)にお寄せくださいましたエッセイを,以下に転載いたします。

雇用の世界を「読みとく」ことの楽しみ

労働法学と労働経済学は水と油
 同じ労働問題を研究しているのに、労働法学と労働経済学の関係は水と油の関係にたとえられることがある。二つの分野が十分に交わっていないことのたとえであるが、交わらない理由としては同じ問題を考えているのに意見が異なっていて話がかみ合っていないというケースと、そもそも考えている問題が異なっているケースがある。

 今回、労働法学者の大内伸哉氏と経済学者の私が『法と経済で読みとく 雇用の世界――働くことの不安と楽しみ』を執筆して感じたのは、労働法学者は労働経済学者とはずいぶん違う問題に興味があるのだということだった。つまり、労働法学と労働経済学はそもそもかなりの部分、違う問題を考えてきたので水と油の関係にあったのではないかという思いを深くした。
 『法と経済で読みとく 雇用の世界』の冒頭の例にもなっているが、解雇規制を厳しくすることが労働者のためになるのかならないのかというのは同じ問題を考えながら、多くの法学者と多くの経済学者の答えが異なるという例である。ステレオタイプな対立軸は、法学者は解雇規制を厳しくすることが労働者の保護につながるとし、経済学者は解雇規制が企業の雇用意欲をそいでかえって労働者のためにならないとするものである。
 しかし、現実には法学者の中にもさまざまな見方があるし、経済学者の中にもさまざまな見方があるわけで、このような対立軸での議論はあまり新しい視点をもたらさないように思う。また、多くの対立はそのどちらの意見が正しいかは実証分析の結果に依存する。例えば、強い解雇規制は失業率を上昇させるか否かといったことである。この種の問題は、経済学者が主体になって法律学者の助けを得ながらかたをつければいい。つまり、同じ問題を分析していて意見が異なるという水と油の問題は、その問題を法学者と経済学者が共同して深掘りしても、あまり生産的ではないという印象を持った。
 むしろ、法学者と経済学者が違う問題を考えているがゆえの水と油の関係に目を向けたほうが面白い。つまり通常の労働経済学の教科書には出てこないが、労働法学者が考えている問題を一緒に考えたほうが面白いということだ。

なぜ兼業は制限されるのか?
 たとえば、兼業規制の話である。兼業を禁止する就業規則があるにも関わらず、キャバレーで事務のアルバイトをしていたOLがいて、そのことを知った会社がそのOLを解雇するという事例があった。そして、そのOLは解雇の無効を求めて裁判所に訴え出たが、裁判所はOLの訴えを退けた。この裁判所の判断をどう評価するべきか。就業時間外にどのようなことをしようとも従業員の自由だという見方もできそうだが、企業イメージの低下を恐れる会社が兼業を禁止するのももっともだと思える。このような見方をすると、この問題は単純に従業員と企業間の利害対立の問題に見える。このような利害対立の視点から裁判所はバランスのとれた判断を下すべきなのだろうか。この問題の解決にあたって経済学は新たな分析の視角を与えてくれないだろうか。
 この問題を考えるにあたって、そもそも会社が就業時間外の従業員の行動を制限する理由を考えてみる。会社だってわざわざ就業時間外の従業員の行動にまで口を挟みたくはないだろう。そこをあえて口をはさむのは就業時間外の行動が就業時間内の行動に影響を与えることを恐れるからである。例えば夜のアルバイトをしているOLが十分な睡眠をとらずに次の日に睡眠不足で出社して就業時間中の生産性が下がるといったことが考えられる。また、お堅いイメージが重要な会社にとって事務職とはいえ、水商売のアルバイトをしている従業員がいると、イメージダウンにつながり会社の売り上げが下がってしまうということもあるかもしれない。
 しかし、それならば就業時間中に会社が求める生産性を上げることや、企業イメージを毀損しないことを就業規則に直接書き込めばよさそうである。そうすれば、就業規則は就業時間中の従業員の行動を規定しているだけだから、就業時間外の従業員の行動を制限することにならずすっきりしている。しかし、就業時間中の生産性を一定水準以上に保つとか、企業イメージを損ねないように行動するというのは、それが守られているかどうかを客観的に示すことが難しく、就業規則が守られていない時に裁判所にその証拠を示すことは難しいであろう。
 このような事情で就業時間中の生産性を一定以上に保つとか、会社イメージを保つといったことは就業規則の中に定めても結局は絵に描いた餅になってしまって実効性をもちにくい。そこで就業時間中の生産性や会社イメージと強い相関を持ち、守られたかどうかが明確にわかる兼業の禁止という条件が就業規則の中に盛り込まれることになる。このような条件を含めることで生産性の維持や企業イメージの保持といった条件を実質的に担保できるようになるので、企業は安心して多少リスキーだと思えるような従業員を雇うことができるようになるだろう。だとすると雇用機会が拡大することで企業だけではなくて従業員にも利益が及ぶ可能性がある。
 以上は就業規則における兼業の禁止を正当化する一つの経済学的解釈である。これ以外の解釈もありうるだろうが、このような解釈を行うことで、就業規則の中で勤務時間外の労働者の行動を制限することが認められるかどうかを裁判所が判断する場合の判断基準を示すことができる。つまり、その制限される行動が、就業規則で直接規定することが難しいが、就業時間中の労働者の生産性と強く相関を持つかどうかが判断基準となろう。
 このように兼業を禁止する就業規則の是非について問題が存在すること自体を私は知らなかった。私の無知のためであるが、少なくとも日米の標準的な労働経済学の教科書で扱われているトピックではない。このように法学の世界で解決が求められている問題を経済学的に整理して解決へむけて一つの考え方を提示するのは楽しい作業だった。本書では様々なトピックでこのように事例オリエンテッドな分析を行ってきた。これらの考察は、粗削りではあるかもしれないが、事例を目の前にして論理の組み立てを考えている実務家にも新しい視点を提供することができたと思う。

現行の障害者雇用政策でいいのか?
 このほかにも労働市場政策の評価といった視点からの分析も行っている。たとえば、障害者雇用政策の分析を行った。障害者雇用の場を確保するという社会的目標を達成することは重要だが、職場によっては障害者を受け入れることが難しく多大な費用を要してしまう職場もある。それでは社会全体の費用を最小化しながら障害者雇用の場を拡大していくためにはどうすればいいのか? 経済学の答えは、すべての職場での障害者受入れの限界費用が等しくなるように、それぞれの職場が障害者の受入数を決めるというものだ。そのような目で現実の制度を見てみると受け入れるべき障害者の数を事業所規模に応じて割り振り、割り当てに足りない部分については納付金の支払いを求め、一方で割り当てを超える部分については調整金という補助金を支払うという現行の障害者雇用納付金制度は、それなりに理想の制度に近いことに気づく。残念ながら納付金(一人当たり月五万円)と調整金(一人当たり月二万七〇〇〇円)にはギャップがあるため、必ずしも限界費用が等しくなっていないことも明らかになるが、ここは改善可能な点だという指摘を本書では行った。このように労働市場政策についても漸進的な提案を行っているので、行政の現場に身を置く人々にも新たな視点を提供することができたと思う。

まずは現実を理解したい
 本書を書く前には、経済学と法学の関係は、経済学が社会制度のあるべき姿を描き、法学がそれを実行可能なコードに変換していくという関係にあると私は漠然と思っていた。経済学者はしばしば理論分析や実証分析の結果から政策提案を行うことがあるが、本気で政策を提案しようとするならば、既存の法体系がどのような形になっており、提案している政策はどのような法律を作ることで実行可能になるのかまで提案するべきだと思っていたためである。そこで複雑な法を理解し、新たな法を構想するにあたっては、法学者の助けが必要だと思っていたのだ。
 しかしラムザイヤーと中里が著書Japanese Lawで指摘しているように現実の法はそんなにすっきりした形で成立したものではなくて、歴史的な文脈の中で政治的妥協の産物として接ぎ木を重ねて形作られてきたものである。そのため、まずは複雑な法律や判例の体系がどのような効果を持つかを法律学者の助けを得ながら経済学的に紐解いていく作業が必要になる。そしてその作業を行うと現行法システムが持つ合理性やその合理性を成立させるための条件が見えてくる場合が多い。そのため、現行法が成立したころには望ましい効果をもっていた法律が現在の環境下では必ずしも望ましい効果を持たないといったことが明らかになることもある。本書では特定の条文や判例を経済学的に解釈し、そこに一定の合理性を見出すように努力した。そのうえで、時としては、環境の変化に合わせた漸進的な改善を提案した。新たな「接ぎ木」を提案したというわけだ。よって本書の主眼は現行労働法制に対する異議申し立てにはない。そんなわけで、一部の読者にはパンチ不足の印象を与えたかもしれないが、まずは目の前の現実を「読みとく」というのが私たちの立場である。
 専門用語の使用をなるべく避けて、幅広いバックグラウンドの読者に読んでもらえるよう努力したので、研究者・学生に批判的に読んでいただき、考えるヒントにしていただければ何よりもありがたい。また、目の前にある問題をいかに解決するのかといった臨床的スタンスで書かれているので実務の現場に身を置かれている方がたにも読んでもらいたい。また働くということを客観的にとらえて、自分自身の今後について見通しをもちたいという社会人にも読んでもらいたい。一人でも多くの方に手にとっていただけることを期待したい。

川口大司(かわぐち・だいじ,一橋大学大学院経済学研究科准教授)

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