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2012年5月31日 (木)

著者より:『地域活性化のマーケティング』 「書斎の窓に掲載」

16391古川一郎/編
『地域活性化のマーケティング』
2011年12月刊
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pen著者の古川先生が,本書の刊行にあたって『書斎の窓』(2012年5月号)にお寄せくださいましたエッセイを,以下に転載いたします。

◇地域を経営するという視点
 --『地域活性化のマーケティング』の発刊に寄せて◇

■地域を経営するという視点
 三・一一の大震災から一年がたち、被災した地域にもやっと産業復興の兆しが見えてきたように感じる。未来につながる力強い復興を期待したいが、これからは地域にも自力で経営するという発想が望まれる。「想定外の問題」に直面して、従来型のお仕着せの解決策に頼っていたのでは、多様な課題を抱えた中での産業復興など到底期待できないからである。

 地域は私たちの日常生活の基盤であるが、日本各地で人口減少、少子高齢化、地域産業の衰退と雇用の減少、地域内需用の減少に伴う商業活動の縮小などにより、地域が萎んでいる。これは、人々の生活環境が悪化していくことを意味している。これまで、過疎化の進んだ中山間地もずいぶん見てきたが、集落は限界点を超えればその歴史を閉じ、いとも簡単に消滅する。端的に言えば、このような事態を避けるには、地域外からの需要を取り込む仕組み作りが重要である。地産地消という言葉を聞くが、そのことの意義は認めつつも、それだけでは計算が合わない。経済活動が活発な地域に、人、物、金といった経営資源が徐々に移動していくからである。今日ではグローバルな規模で地域間競争が起きているから、たとえ細々とではあっても地域が生き抜いていくためには、外需を獲得する仕組み作りを真剣に考えなくてはならない。そのために何が出来るか。”知識が富を生み出す時代”においては、集団として生き抜くために必要な知識を創造出来るかどうかが鍵を握っている。

 先日、京都のある企業の経営者のお話を伺う機会に恵まれた。「京都には、独創的な企業が多いでしょう」と言われたが、確かに、京セラ、日本電産、村田製作所、堀場製作所、島津製作所、ローム、任天堂、ワコールなど厳しい経営環境の中でもしっかりと生き抜いてきたユニークな企業が多いことに驚かされる。古都であるから、漆器や陶磁器、あるいは老舗の旅館や料亭など伝統的な産業においては百年以上続く企業も多いが、創業一七〇〇年から一貫して金属箔粉のビジネスを行いながら、今日では最先端の部品を含む様々な部品製造に関わる素材メーカーとして世界をリードする福田金属箔粉工業のように、京都には技術力を時代のニーズに合わせて進化させることで生き抜いている企業もある。

 狭い京都にありながら、それぞれの企業がユニークに見えるのは、他社とは異なる製品分野に進出しながら、激しい環境変化の中で、それぞれが独自の技術を磨きブランドを確立することで世界をリードし生き抜いているからであろう。そうやって京都は千年以上生き抜いてきている。問題は、何故このようなことがある地域で起こり続けているかという問いかけにどう答えるかである。企業のように社長が一人というような構造ではないが、地域も経営する視点は重要である。

■考えるヒント

 私は、このような問いに対する答えのヒントが、『地域活性化のマーケティング』で取り上げた事例から得られると考えている。本書は、日本マーケティング協会が主催している日本マーケティング大賞において、地域賞、奨励賞などを受賞した事例(たとえば、B1グランプリや徳島県上勝町の葉っぱビジネスなど)を中心に七つの事例を取り上げ、マーケティングという視点から考察したものである。どの事例も、それぞれの地域の人々が、自分たちの置かれた状況の中で独自のアイデアを考え、多くの人々の協働により、そのアイデアをビジネスとして実現するために奮闘した状況が描かれている。

 本書を書き上げてみて、改めて今日の地域経済の再生にとってここで取り上げたような事例を詳細に検討しつつ、上述した問いかけに答えることが重要であると考えるようになった。つまり、知識を創造するのは究極的には個人であっても、個々の企業や個人を超えた目に見えない集団の持つ知性が、その中から生まれてくる知識の性質や量に決定的に影響を与えているように思われるからである。むしろ本書で扱った事例では、小さなアイデアが渦の中心をつくり、多様な人々との協働により最初のアイデアはより洗練され優れた知識になり、やがて大きな渦をつくっていったというイメージの方が、はじめから完成された優れたアイデアがありそれが普及していくというイメージより遙かに現実的である。少し拡大して解釈すれば、社会が適切な知性を維持していれば新しく優れた知識が沢山生まれ相互に連携していくが、それが不適切な状態にあるときには新しい知識が生まれない、あるいは他の知識と融合していかないということである。地域には、知識を生みだし育てていく土壌があるかどうかが問われているといっても良い。

 集団として知識を創造するためには、参加する人々の間に、対話するための基本的な前提の共有、信頼感、自律性、挑戦する勇気、知識の多様性などが重要であるとされる。この中でも、本書で取り上げた事例を振り返って強く感じるのは、地域外からの知識の多様性を確保することの重要性である。地域の郷土文化に誇りを持っているところは多いが、蛸壺状態のただの仲良しクラブでは、けっして想定外の問題の解決につながるような優れたアイデアは生まれ育つことはない。これまでにない発想から新しい知識を創造するには、知識の多様性は欠かせない条件であり、裏を返せば、これまでネットワークを持っていなかった異質な人々を地域コミュニティの中に取り込まなければならない。これが実は非常に難しい。何故ならば、このことは対話するための基本的な前提条件が共有されていない、信頼関係がないよそ者との協働を強いることになるからである。

 具体的な事例をあげて、もう少しこの点について考えて見たい。葉っぱビジネスで一躍有名になった、株式会社いろどりの事例から学べる点を列挙すると以下のようになる。
 ①葉っぱビジネスをゼロから立ち上げた横石知二氏が大阪で食事をしていたときに、偶然”葉っぱ”が商品になることに気づく。市場創造には独自の地域資源を発掘しなければならないが、高齢者でも葉っぱでも立派な地域資源になることに気づいた。
 ②当時地元の農協職員であった横石氏は一人で二年ほど悶々としていたが、苦労の末やっと一人の一流の料理人に出会い、”つまもの”について学ぶ。逆に言えば、それまでの”葉っぱ”はただの葉っぱであり、料理人が使う”つまもの”ではなかった。異質な知識との融合により、それまで存在していなかった「つまもの市場」を創造することに成功する。いったん市場が形成されると、それまでの潜在的な需要が顕在化していく。
 ③高齢化率五〇%の上勝町のおばあちゃん達を説得して協力を仰ぎ、おばあちゃん達の自律的な努力により徐々に商品の生産量と品質が向上していく。それと共に、外部と連携して販売方法の改善も行っていく。生産者と消費者(料理人)との絆も生まれ、お互いのニーズが明らかになり、具体的な解決策が模索される。
 ④顕在化した問題にいち早く取り組み、他の地域に先駆けて問題解決の仕組みを作っていくことにより、他の地域に先んじてより優れた企業活動を行うことが出来る。このような努力により、持続的な競争優位を獲得することに成功している。
 ⑤いろどりブランドが生まれ確立し、新たに蓄積された地域の経営資源が梃子になり、他の地域から異質で有能な人材を取り込むことに成功するようになる。地域を経営するための地域資源が質的に向上し、地域に新たな仕事を生み出すことも可能になる。

 いろどりは、地域資源を創出し、市場をつくり、仕組みを作り、ブランドを創り、さらなる地域資源を獲得するという好循環を生み出すことに成功した。このような成功を学ぶために、毎年町の人口に匹敵する人々が訪れるようになった。ドラッカーはマーケティングの役割は市場創造であると説いているが、人、物、金といった経営資源が絶対的に不足している過疎の町からこのような事例が生まれたのは驚きの一言である。

 しかし、立役者である横石氏の話の中で一番印象に残ったのは、町の人々の気持ちが変わったという言葉である。未来に関心を持ち、希望を抱き、前向きに物事を考えるようになったことが嬉しいという言葉である。高齢者の気持ちに張りが出て仕事に対するプライドが生まれると、人々の健康状態まで良くなったというから、小さな町にとってはお金には代え難いものを手に入れたことになる。いろどりが成功するまでは、新しいことに対して常に否定的であり、町全体に沈滞ムードが漂っていたという。この町の空気を変えるのに、大変な苦労と時間がかかったということである。

■優れた事例からネットワークが生まれる仕組みを考える
 このように考えてくると、地域経済の活性化にとっては、実は目に見えない、地域の文化、人々の間の絆の質、集団の知性といった、いわゆる社会関係資本を良くすることが重要であることがわかる。沈滞ムードが漂っている地域にとって、事前には必ずしも利害が一致しない多様なステークホルダーが、協働して優れた知識を創造するのは困難である。ビジネスを成功に導くためには、集団としてどのようにして優れた社会関係資本を構築したらいいのかを考えなくてはならない。残念なことに、ビジネスを成功に導く社会関係資本の性質や地域における知識創造についての研究の蓄積は大きく立ち後れているように感じる。

 今回の震災の話に戻ると、壊滅的な被害を受けた地域の中に、それまで全く関係の無かった大都会と集落の人々が協働して、まったく新しいビジネス・モデルを構築することで、一次産業をこれまでとは違ったやり方で再生しようとしている事例が散見されるようになった。スモールワールドなどといわれるが、思いの外世の中は狭いことが実感される。正しく求めれば、必要なネットワークは自然に形成されるのである。外部の異質性・多様性を地域に取り込む努力も、ソーシャル・メディアが普及した今日にあっては考えるほど難しくないようである。むしろ、リアルな信頼関係を構築し、きちんとした対話が出来る前提条件を共有することの方が、時間がかかり困難な作業を伴うであろう。

 このような新しいビジネス・モデルにおいては、末端の消費者から生産者までがネットワークに組み込まれ、複数の小さいアイデアが多様な人々の協働により大きな渦となっていくようなものになるだろう。ここでのキーワードは、社会関係資本と知識創造である。そして、そのために必要な具体的な仕組み作りのヒントは、すでに優れた事例に隠されている。

古川一郎
(ふるかわ・いちろう =
一橋大学大学院商学研究科教授)

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