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2012年5月31日 (木)

著者より:『居住福祉学』 「書斎の窓」に掲載

173842外山 義 (元京都大学教授)
野口 定久 (日本福祉大学教授)
武川 正吾 (東京大学教授)/編

『居住福祉学』
有斐閣コンパクト
2011年12月刊

→書籍情報はこちら

pen著者の武川先生が,本書の刊行にあたって『書斎の窓』(2012年5月号)にお寄せくださいましたエッセイを,以下に転載いたします。

◇住宅は社会政策の対象たりうるか
--『居住福祉学』の刊行に寄せて◇


集合的消費との出会い
 最初に、私が、社会政策と住宅との関係について考えたのは大学院生のときである。あるゼミで取り上げられた複数の講読文献のなかの一冊が、たまたま当時はまだ新進気鋭の都市社会学者であったマニュエル・カステルの論文集だった。『都市・階級・権力』(一九七八年)という、フランス語で発表された論文を集めた英訳本である。同書のなかに「集合的消費」の概念を扱った論文が収録されており、これが私の関心を引いた。

 「集合的消費」とは、都市化にともない、共同で生産し消費せざるを得なくなった財やサービスのことを指していて、カステルの理論のなかでは重要な位置を占める。日本だと宮本憲一氏の 『社会資本論』(有斐閣、一九七七年)のなかに出てくる「社会的共同消費手段」の概念に近いと思う。また社会政策の研究に引きつけて言えば、「社会サービス」と置き換えて良いかもしれない。

 私にとって驚きだったのは、その集合的消費の例として、カステルが何の懸念もなく住宅を取り上げていたことであった。他にも教育、医療、福祉などが集合的消費の例としてあがっていて、それぞれ妥当なものだとは思ったのだが、それらと並んで、住宅が、当然そこにあるべきものとして列挙されていたのが、私には衝撃的だった。というのは、一九八〇年代の日本では住宅が社会政策の一部であるとは一般には考えられていなかったし、私も、住宅が、教育や医療や福祉などと同一レベルで論じられるものだとまでは考えていなかったからである。ところが、カステルと彼が念頭に置いていた読者にとって、住宅が集合的消費の一例であることは、ほとんど説明の要らない自明のことがらだったのである。

 この点をゼミの討論のときに取り上げたところ、担当教授の反応は「ヨーロッパには家賃統制があるからだろう」というものだった。もちろんそういうことはあるだろうとは思ったが、何かしら釈然としないものが残った。このときの経験をきっかけに、私は、住宅と社会政策との関係を考えるようになった(但し、この話には後日談があって、二〇年近くたってから、同じエピソードを別の教授に話したところ、民法が専門のその教授の反応は「君、それはスペインに行ってみればわかるよ。スペインの都市ではアパートが林立しているのだから」というものだった。たしかにカステルはスペイン人だった)。
住宅は社会保障ではないと言われて

 こうした読書経験もあって、最初の就職先の社会保障研究所の研究員の採用面接に臨んだとき、当時の所長であった福武直先生から「採用されたら、社会保障のなかでは、何を専門としたいか」と聞かれて、事前に答えの準備をしていなかった私は、咄嗟に、「住宅とかに関心があります」と答えてしまった。先生の顔色が変わった。何かまずいことを言ってしまったのではないかと思い、いささか不安になったが、それで不合格となることはなかった。ところが、後日、先生から呼び出されて、次のような注意を受けた。「君が面接の時に住宅をやると言っていたのが、ちょっと気になってね。日本では、公営住宅の一部が社会保障の関連制度ということにはなっているが、住宅は社会保障そのものではないから」。やや不機嫌な語調だったのが印象的だった。「社会保障のなかで何を専門にしたいか」と聞かれれば、当然、年金か医療か福祉と答えるのが普通だろう。ところが「常識」を欠いた青年から、住宅という予想外の答えが返ってきて、先生の方もさぞかし面食らったのだと思う。

 福武先生は一九八〇年代当時のいわゆる「臨調行革」による「日本型福祉社会論」には危機感を抱いていたと思う。「活力ある福祉社会」(第二臨調のスローガン)に対して批判的な論陣をはっていたし、当時の社会保障研究所の所内でも、「活力ある福祉社会」を批判的に検討する懇談会(研究会)が開催されていた。第二次臨時行政調査会の専門委員も、「社会保障はもっと充実する必要がある」との理由から、その就任を断っていたと記憶する。このように、当時の先生は、社会保障の熱心な擁護者として知られていた。

 ところが、その先生にとっても社会保障とは、何よりも年金・医療・福祉であった。福祉が社会保障のなかで年金や医療に比べて疎かにされている現状を嘆き、福祉も、年金や医療と同様に重視しなければならないとの持論を繰り返し主張されたが、その先生も、住宅を社会保障の一分野として扱うべきだとまでは、主張はしなかった。この姿勢はかなり一貫していて、晩年の日記(一九八八年二月一五日)のなかでも、経済企画庁の住宅関係の会議に出席したときの感想を次のように記している。「二時から経企庁、住生活部会。二一世紀をめざして住宅ストックをというが、公共財でもない住宅に助成規模を拡大するとは国民生活局らしくない感覚」(『福武直自伝 社会学と社会的現実』福武直先生追悼文集刊行会、一九九〇年、四九八頁、強調は引用者)。

 これは福武先生に限ったことではない。社会保障制度審議会(GHQの勧告で一九四八年に発足したが、いわゆる「橋本行革」によって二〇〇一年に廃止された)の会長をしておられた隅谷三喜男先生の場合も同様だった。隅谷先生は、最晩年、社会政策としての住宅政策に熱心だったが、当初から、そうだったわけではない。先生が会長をしておられた一九九一年、同審議会の下に将来像委員会という組織が設置された。社会保障制度審議会は、一九九五年に最後の勧告を出すことになるのだが、この委員会は、その準備作業の一環として設置されたものであり、私もその委員の一人に任じられた。この委員会では、ゲストスピーカーを招いて研究会を開催し、自由に議論することもあった。そのなかの一つの研究会で住宅が取り上げられ、早川和男氏が講師として招かれた。同氏は、住宅がヨーロッパ諸国では社会政策として扱われており、日本でも、住宅政策がもっと重視されるべきだと力説された。この研究会での討論のさいの隅谷先生の発言が印象的で、いまでも記憶に残っている点が二つある。一つは、「そのような社会政策の概念は日本の学会では通用しない」というものであり、もう一つは、「住宅政策を行おうにも、日本には公営住宅をつくるお金がない」というものであった。もちろん私も反論した。前者に対しては「日本の学会も変わりつつある」と言い、後者に対しては「公営住宅の建設だけが住宅政策ではない」と発言した(と思う)。しかし隅谷先生のような反応は、当時としては、むしろ一般的であった。

 そのころの私は、日本の社会保障は国際比較のなかでみると、介護と家族手当(児童手当)と住宅手当という三つの分野が極端に遅れている(場合によっては欠落している)と考えていたから、上記の将来像委員会が報告書をとりまとめるために設置した小委員会のメンバーとなったときに、「生活保護の住宅扶助を発展させれば欧州諸国のような住宅手当を制度化することができるのではないか」と主張した。しかしそうした考えが多数意見となることはなかった。というより、借地や借家に対する規制は戦前から行われていたのだが、住宅手当や家賃補助という発想は乏しかったのである。

社会政策としての住宅への歩み
 福武先生や隅谷先生ですら、住宅が社会保障や社会政策とは別のものであると考えていたのだから、社会政策としての住宅政策という考え方が、なかなか一般には受け入れられなかったことは言うまでもない。しかし、社会保障や社会政策の一部であるか否かは別として、住宅が社会保障や社会政策にとって重要であるとの考え方自体は、それが政策としてどれくらい実現されているか否かも別として、その後の日本でも、少しずつ芽生えてきたように思う。

 一九九〇年に、社会保障研究所で丸尾直美、早川和男、大本圭野の三氏が中心になって推進した研究プロジェクトの成果が、『住宅政策と社会保障』(東京大学出版会)として刊行された(私もこのなかでイギリスの高齢者住宅について書いた)。上記の将来像委員会の第一次報告(一九九二年)のなかでは、紆余曲折を経て「雇用政策一般および住宅政策一般は、社会保障そのものではないが、社会保障が機能するための前提」と記された(『社会保障制度審議会勧告・建議集』社会保障制度審議会、二〇〇〇年、一四〇頁)。第二次報告(一九九四年)のなかでは、さらに踏み込んで、「最低居住水準を上回る住宅を国民すべてに確保することが社会保障の基盤づくりとなる」と記された(同書、一五八頁)。これらを踏まえた首相に対する一九九五年の勧告のなかでも、「住宅、まちづくりは従来社会保障制度に密接に関連するとの視点が欠けていた。このため高齢者、障害者等の住みやすさという点からみると、諸外国に比べて極めて立ち後れている分野である。今後は、可能な限りこの視点での充実に努力を注がれたい」から始まって、「戦後の我が国において、個人の権利を制限してもまち自体を住民共有の公共財として計画的につくり上げようとする理念の形成が遅れた」とまで記された(同書、一七九―一八〇頁)。

 もちろん以上の勧告や提言が、その後、文字どおりに実現されたわけではない。むしろ住宅は、年金や医療に比べると早い段階からネオリベラリズムの影響を強く受けてきた政策分野だと言った方が正確である。世論調査の結果でも、高齢者の医療や福祉と同様に住宅の保障が政府の責任だと考えている人々は少数派である。しかし、他方で、住宅が社会政策の一部であるとともに、他の社会政策の基礎となっているとの考え方が、まだ主流とは言えないかもしれないが、日本でもそれほど稀有なものではなくなってきたことは指摘できるだろう。今回、文系理系を超えた多くの分野の研究者が集まって、二○○一年に発足した居住福祉学会のこれまでの活動を基礎に、『居住福祉学』が、有斐閣コンパクト・シリーズの一冊として刊行された(二〇一一年一二月)。このことが、何よりもそれを物語っていると思う。

武川正吾 (たけがわ・しょうご,東京大学大学院人文社会系研究科・文学部教授)

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