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2012年4月11日 (水)

著者より:『地方自治入門』 「書斎の窓」に掲載

173811_2稲継裕昭/著
『地方自治入門』

2011年8月刊
→書籍情報はこちら

pen著者の稲継裕昭先生が,本書の刊行にあたって『書斎の窓』(2012年3月号)にお寄せくださいましたエッセイを,以下に転載いたします。

◇地方自治を学ぶきっかけとなることを期待
   ――『地方自治入門(有斐閣コンパクト)』を刊行して


地方自治の「入門書」

地方自治関連の書籍は,2000年代以降飛躍的に増加した。分権改革の流れ,平成の大合併,道州制に関するもの,自治体経営についてNPM(ニュー・パブリック・マネジメント)や,指定管理,行政評価を論ずるもの,市民との協働や新しい公共に関するもの,地方議会を対象としてその改革を論じるもの,議席数や会派などのデータから定量的な分析を行う本格的な学術研究など,その範囲は拡大し,叙述のスタイルや,分析手法も極めて多岐にわたる。

それらをある程度意識しつつ,地方自治の知識が殆どない初学者に対していかにわかりやすく地方自治を理解してもらうのかというのは極めて困難な仕事である。本書の執筆を引き受けるにあたり,その点について悩んだ。

そこで,さまざまな地方自治の入門書を狩猟することからスタートした。まず,地方自治法の逐条解説に近いものはターゲットから除外した。地方自治法の解説だけを理解してもなかなか現実の地方自治の実態に迫りにくいからである。その上で,村松岐夫編『テキストブック地方自治(第二版)』(東洋経済新報社,2010年)や,礒崎初仁・伊藤正次・金井利之著『ホーンブック地方自治(改訂版)』(北樹出版,2011年)などでとりあげられている重要項目をできるだけ取り込みつつ,しかも初学者にわかりやすい叙述を心掛けるという作業をはじめた。

日常の生活と地方自治の接点

高校を出たばかりの大学一年生が地方自治というものを実感することは少ない。そこでまず,イントロダクションとして,ある高校生の一日をとりあげて,それがいかに自治体やその仕事とかかわりを持っているのかを示そうと考え,次のような記述をして,自分の生活と「地方自治」を結び付けてイメージをもってもらう試みを行った。

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例えば,P県Q市に住む高校生のA君の生活を振り返ってみることにしよう。A君は,P県Q市で生まれ,お父さんが出生届をQ市役所の市民課に提出した。その後,Q市立たんぽぽ幼稚園を卒園し,Q市立桃園小学校,Q市立第一中学校を卒業した。ずっと,市立の幼小中を卒園・卒業している。幼稚園で働いている先生はQ市の職員だし,小中学校の先生はP県の職員である。小中学校は市立が大半だが,そこに勤務する先生の給与は都道府県から支給されるため,県の職員ということになっている。

中学を卒業したA君は,P県立北高校に進学した。北高校は県の設置運営する高校であり,そこで働く先生方はP県の職員である。そのためP県の小中学校,高校の先生方は全部合わせると3万人にもなる。

A君の普通の一日を見てみよう。A君は毎朝起床すると顔を洗う。蛇口をひねると清潔な水道水が出てくる。これは,Q市の水道局が,P県(水道局浄水場)から購入した水道水を,Q市の敷設した水道管を通してA君の家まで届けてくれているからである。トイレで水を流すと,諸々のものは下水道に流れ出ていく。下水道管を通じてQ市の下水処理場に集められ,第一次処理,第二次処理がなされた後,河川へ放流されている。自宅を出たA君は,バス停まで3分ほど徒歩で通う。ここは市道である。Q市がその維持管理に当たっている。バス停からは市営バスを使って駅まで通っている。市営バスの運転手は,Q市交通局の職員である。学校が終わって帰宅後,自転車で近くのコンビニエンスストアに買い物に行こうとすると,お巡りさんに呼び止められて,職務質問を受けた。自転車登録がちゃんとなされているかどうか,盗難車ではないか,などをチェックされた後,「安全に気をつけて運転してくださいね」とお巡りさんにいわれて別れた。安全安心を守ってくれているお巡りさんは,P県警察本部Q警察署に勤務する警察官(P県の職員)である。

このようにA君の普通の一日を見ただけでも,Q市やP県から数多くの行政サービスを受けており,また,実は,その職員と顔を合わせたりすることもあるのである。市バスやその運転手,交番のお巡りさんという認識をもっているが,実はその車両や施設は自治体の財産の一部であり,働いている人は地方公務員なのである。
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国民は皆,自治体のサービスをあまねく享受し,その恩恵を受けている。ところが,新聞記事で目立つのは,自治体職員の不祥事や,自治体の非効率などについての批判である。自治体の行政サービスを受けているのに,それを当然のことと考え,批判記事を見て憤慨して生活をしている。

ゼミで「地方自治」について報告してもらっても,中央地方関係をはじめかなり高次の理論的な議論の報告をしたり,分権改革についての運動論に関する報告をしたり,特定の行政改革事例をとりあげて報告したりする学生が多い。なかにはレベルの高い報告もある。だが,彼らに,「○○の業務は,県の仕事ですか,市の仕事ですか」とごく初歩的なことを聞いても回答できる学生は少ない。そこで,まずは,そういった基礎的な知識を身につけてもらうことを狙いとしてテキストを執筆していった。

P県のエピソードとその後

学生にとっては少し退屈な話題も多いため,各章の第1節には,架空の自治体P県の架空の県知事である鷲本さんに登場してもらい,地方自治の様々な課題について物語風に読めるように心がけた。いわゆる,つかみネタを書くこととした。そこには,鷲本知事の仰天発言(「国はぼったくりバー」「くそ教育委員会」)やビックリ政策(長年の慣行との決別)を書き下ろした。本稿の読者はすでにお気づきのことと思うが,これらのエピソードは実在の知事の実態をモデル化しつつ,それをデフォルメしている。だが,生ものを扱うのは難しい。現に,モデルになった知事は,本書刊行後,知事を辞職している。

そこで本書刊行後のつかみネタを書くとすると次のようになるだろう。

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増補章第1節 P市役所をぶっつぶしてP県と合併し,P都をつくります!

鷲本知事はいらいらしていた。都市計画をしようとしても,P県の中心部にあるP市が政令指定都市(一定の分野については府県と同等の権限を有している)であるために,P県全体の絵を描くことができない。例えば,P県民が集まってくる中心地はJRのP駅周辺である。ここに広大な空き地があり,その開発について,鷲本知事はニューヨークのセントラルパークのような緑地を整備したいと考えていた。経済界も同様である。公園にして周りに高層ビル群,マンション群が建てば,それらの価値があがるし,緑地推進も図られ,都市のあり方として望ましいと考えたからである。だが,P市の久丸市長は跡地にサッカースタジアムを建設してW杯の候補地とする構想をぶち上げた。そして,そこはP市が都市計画決定権限を持っていた。鷲本知事は悔しくてしかたがなかった(結局,W杯の招致に失敗して,計画は白紙になるのだが)。

一事が万事,P県の中心部の重要な決定はP市が行うことができる仕組みとなっているため,P県の権限の及ぶのは,真ん中の餡こを抜いた,ドーナツの部分だけという状態だった。この状態に,鷲本知事はいらついていたのだ。

そこで,彼は,P都構想をぶちあげた。P市を解体していくつかの特別区とし,そこが基礎自治体の役割を果たすこととし,P市の業務のうちの広域行政については,P県と合併する形で,P都をつくる,という構想をぶちあげたのだった。彼はいう。P市は基礎自治体としては大規模すぎる。そこで住民により身近なサイズに分割する。他方で,P市が有していた広域行政機能は,P市の面積では狭すぎるので,P県全体で考えることとし,P県とP市(の広域行政部分)を統合するべきだ。

彼のP都構想については,賛否が大きく分かれた。賛成論者は,住民に身近な特別区が誕生し住民の声を反映しやすくなる,P県とP市との二重行政の無駄をはぶくことができる,広域的な行政を一元化することにより,交通の利便性が高まるなど景気向上の起爆剤となる,万が一災害があっても副首都として機能し直ちに復興への指示・連絡,作業の効率化が高まる,などとそのメリットを主張した。

他方で反対論者は,P都構想は,基礎自治体の財政力や行政能力の向上を目的とした平成の大合併に逆行する,基礎自治体の増加で施策の整合性がとりにくくなる,モデルとなっている東京都制度については様々な問題が指摘されている,各特別区に議会を設置する必要があるため,議員増や議員報酬総額増など,経費増となる,などとそのデメリットを主張した。

結局,鷲本知事は,P都構想を実現するために,地域政党を立ち上げ,大量のP県議会議員やP市議会議員を誕生させ,そして,P県知事を辞職して,自らP市長選挙に立候補し,現職を破って当選して,P都構想へとまっしぐらに進んでいった。
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その後の展開は,読者の想像力に委ねられるが,各章の冒頭はこのようなエピソードでスタートしている。

ちなみに各章のタイトルと第1節の内容は次の通りである。

第1章 地方自治とお金
      ……P県の財政非常事態宣言
第2章 自治体の機関
      ……P県知事と県議会,県教育委員会(くそ教育委員会)
第3章 中央と地方の関係,諸外国の地方自治
      ……P県知事と国とのバトル:ぼったくりバー
第4章 自治体で働く「人」――地方公務員
      ……P県の職員採用試験:J財団との縁切り
第5章 自治体の政策課程
      ……P県の政策サイクル:鷲本「皆さんは破産会社の従業員です」
第6章 自治体の組織
      ……P県の組織と鷲本知事:トップダウンの意思決定
第7章 自治体改革
      ……P県の指定管理者:県財団からの出向者は「むしろ邪魔」
第8章 市民参加
      ……P県大規模公共事業に関する有識者会議と鷲本知事:
         市民に傍聴の機会を!

このように,リアルな世界でのコントロバーシャルな話題の提供と,地方自治の授業で最低限触れなければならない基礎的事項とのミックスを行っている。この試みが成功しているかどうかは,読者の判断に委ねられる。

本書が,地方自治の入門書として,たくさんの人に読まれ,地方自治に興味を持っていただき,さらに深く「地方自治」というものを考え,学ぶ「きっかけ」「とっかかり」となれば望外の喜びである。

=稲継裕昭(いなつぐ・ひろあき,早稲田大学政治経済学術院教授)

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