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2012年4月18日 (水)

著者より:『ゲーム理論 新版』 「書斎の窓」に掲載

163829岡田章/著
『ゲーム理論 新版』

2011年12月発行
→書籍情報はこちら

著者の岡田章先生が,本書の刊行にあたって『書斎の窓』(2012年4月号)にお寄せくださいましたエッセイを,以下に転載いたします。

◇総合科学をめざすゲーム理論
  ――『ゲーム理論〔新版〕』を出版して

1 『ゲーム理論』出版の経緯

この度,『ゲーム理論』の初版から15年を経て初めて内容を増補改訂し新版を出版しました。現在,国内外で入門から上級レベルまで多くのゲーム理論のテキストが出版されています。初版が出版された1996年当時を振り返ると,海外では長らくルース/ライファのテキストがゲーム理論の名著として広く読まれ続けていました。1990年代に入ると,ゲーム理論の新しい展開に基づく上級テキストが,ビンモア,フーデンバーグ/チロール,クレプス,マイヤーソン,オズボーン/ルービンシュタインたちによって次々と出版されるようになりました。

わが国では,長らく鈴木光男先生による名著『ゲーム理論』(勁草書房,1959年)と『ゲーム理論入門』(共立出版,1981年)がゲーム理論の勉学を志す者の必読書でした。私は,東京工業大学で鈴木先生の指導の下でゲーム理論を専攻し,1982年から6年間,先生の助手としてこれらの二つのテキストを使って先生の授業の演習を担当するという幸運に恵まれました。

また,1987年から1年間,ゼルテンがビーレフェルト大学(ドイツ)の学際研究所(ZiF)で実施した国際研究プロジェクト「行動科学におけるゲーム理論」に参加し,海外の研究者と共同研究を行う機会に恵まれました。そのころから,鈴木先生の本を土台として,ナッシュ,ハーサニとゼルテン(1994年ノーベル経済学賞を共同受賞)によって確立され,現代のゲーム理論の基礎である非協力ゲーム理論の新しい展開に基づいた本格的な教科書を書きたいと思っていました。有斐閣から執筆の話を戴いた時,入門的なテキストを期待されていたにもかかわらず,若気の至りもあり,定理の証明を省略しない本を書くという個人的な思いを優先させてしまいました。できあがった分厚い原稿をみて,さぞかし編集部の方々は驚かれたと思います(その後,ゲーム理論の入門的な教科書を出版するお誘いを再び戴き,アルマシリーズの『ゲーム理論・入門』を出版しました)。

『ゲーム理論』初版は,定義,定理,証明のスタイルで書かれ,人文・社会系の出版社の有斐閣の本としては「異端」です。数式満載のゲーム理論の本の売れ行きを心配されたと思いますが,関係者の方々のご尽力により初版が1996年に出版されました。

2 新版の内容

初版の出版から今日までのゲーム理論の発展は著しく,初版で研究のフロンティアとして解説した幾つかの理論は,すでにゲーム理論の標準的な内容に定着しています。また,現在では,経済学を超えて社会科学や人文科学,さらに理工系のさまざまな学問分野でゲーム理論の新しい研究が進められています。新版では,このようなゲーム理論の研究動向を反映して,新しく「進化ゲーム」の章を追加し,応用例の解説を大幅に追加しました。そのため, 分量は約80ページ増えています。

新版の目次は,次の通りです。

第1章 ゲーム理論とは何か
第2章 戦略形ゲーム
第3章 展開形ゲーム
第4章 完全均衡点
第5章 情報不完備ゲーム
第6章 繰り返しゲーム
第7章 期待効用理論
第8章 交渉ゲーム
第9章 コアの理論
第10章 他の協力ゲーム解
第11章 進化ゲーム
第12章 ゲーム理論のフロンティア

第11章で追加された「進化ゲーム」の理論は,生物行動の進化を分析するために1970年代に進化生物学者のメイナード・スミスによって始められたゲーム理論の新しい分野です。進化ゲームは,動物の対戦行動,性比と性選択,植物の成長戦略,協力の進化など,生物進化のさまざまな問題の分析に大きな成功をおさめ,ゲーム理論の生物学への応用が飛躍的に拡大しました。その後,人文・社会科学の分野でも進化ゲームは精力的に研究され,現在では,行動の進化,慣習,規範など限定合理性に基づく社会経済行動のダイナミックスを分析するための必要不可欠な理論となっています。

1980年代以後,経済学では,新古典派の経済学を超えて,戦略的行動,非対称情報,インセンティブ,メカニズムデザインなどが主要な研究課題となり,ゲーム理論の応用が格段に発展しました。このため,新版では,各章の応用例を増やしました。その主なものは,戦略的な情報伝達,評判と不完全情報,マクロ金融政策の時間非整合性,グローバルゲーム,不完備契約とホールド・アップ問題,繰り返し囚人のジレンマと評判,ネットワーク形成,などです。第12章の「ゲーム理論のフロンティア」では,最近の研究動向として,社会心理学の知見を取りいれた行動ゲーム理論や学習の理論などを解説しています。

3 人間行動の合理性をめぐって

現在,ゲーム理論は経済学を超えて,経営学,政治学,社会学,哲学,倫理学,心理学などの人文・社会科学や生物学,物理学,工学,情報科学などの広範囲な学問分野で活発に研究されていて,文系・理系の区別を超えた新しい学問の総合化に貢献しています。

なぜ近年,ゲーム理論がこのような広がりをもつようになったか,不思議に思われる方も多いと思います。以下では,少し詳しくその理由について説明します。

ゲーム理論の創始者である数学者のフォン・ノイマンと経済学者のモルゲンシュテルンの目的は,合理的な経済主体の行動を数理的に解明する理論を確立することでした。そのため,ゲームのプレイヤーは自分の利得(効用)を最大化する合理的な行動主体であると仮定されました。

人文・社会科学の分野では,人間行動の合理性をどのように捉えるかは大きな問題です。伝統的にゲーム理論は(主流派)経済学と同じく,人間は合理的な行動主体であるとの前提に立って分析を行います。一方,このような合理的アプローチに対して,「現実の人間は非合理だから,合理性を仮定する(ゲーム理論)は役に立たない」という批判が古くからあります。場合に応じて,括弧の中はゲーム理論以外の名前が入ることもあります。人間行動の合理性に対する見方の違いが,これまで,ゲーム理論を経営学,政治学,社会学,社会心理学など,経済学以外の社会科学の他の分野に応用することを困難にしていました。

人間行動の合理性への批判に対するゲーム理論家や経済学者の代表的な擁護は,次のようなものです。「合理性の仮定は一つの作業仮説であり,現実の人間がそうであると考えているわけではない。実証科学で重要なことは,理論の仮定が正しいかどうかではなく,仮定から演繹された命題(例えば,需要関数は価格に関して右下がりである,など)を実証データによってテストすることである。あたかも人間は合理的に行動すると仮定して作られたモデルが,テストによって反証されず,現実の人間行動の理解に役立つのであれば,その理論を受け入れるのである。」これまでに,「合理的な人間」のモデルは現実の人間の経済行動を理解する上で大きな成功をおさめています。

理論モデルと現実世界の対応に関しては,自然科学でも同様の問題があり,学問の違いを問わず,研究者は程度の差はあれ,ある作業仮説を必要とします。経済学の世界では,多くの理論家は「合理的な人間」のモデルを支持しますが,これまで他の分野では,合理的アプローチに対する違和感からゲーム理論の有効性に懐疑的な研究者も少なくなかったと思います。

一方,1980年代後半から,ゲーム理論や経済学でもこれまでの理想的な完全合理性を仮定するアプローチに満足できない研究者が多くなり,人間の合理性はさまざまな形で限定されているという前提に立った「限定合理性」アプローチの研究が急速に進展しました。その結果,実験経済学や行動経済学の分野が発展し,ゲーム理論の内容が一層,豊かなものになっています。現代のゲーム理論では,完全合理性の仮定は必要不可欠なものでなく,合理性のさまざまなレベルに応じて人間行動を研究する分析ツールが提供されています。人間行動の分析にどの程度の合理性を前提とするのが適当であるかは,それぞれの分野の研究対象に応じて判断されるべきものであり,ゲーム理論は人文・社会科学や自然科学の多様な学問分野を横断する基礎的な総合理論の一つとなっています。

もう少し具体的に説明します。例えば,人間の合理性をまったく認めず,人間はランダムに行動すると仮定してゲーム理論を応用することも可能です。これ程,極端ではないですが,ゼルテンの完全均衡点の理論(第4章)や確率進化ゲーム理論(第12章)では,プレイヤーはわずかな確率で合理性が破綻しランダムに行動を選択すると想定されます。また,人間の合理性を少しだけ認め,人間は過去に成功した行動を高い頻度で選択すると仮定することもできます。心理学でよく用いられる強化学習は,このようなモデルです。強化学習モデルで想定されるプレイヤーは相手の行動をまったく考慮しませんが,もし相手が強化学習ルールに従って行動すると推論できるならば,相手の裏をかいて戦略的に行動することもできるでしょう。さらに,相手もこちらの動きを察知して,互いに相手の行動を際限なく読み合うならば,ゲーム理論の最も基礎的なナッシュ均衡点のモデルになります。また,ここまでは,プレイヤーは将来のゲームのプレイを考慮しないとしましたが,もし将来の不確実な事象を確率的に予想し期待利得を最大化するベイズ的合理性をもつプレイヤーを想定すれば,ゲーム理論や経済理論の標準的なモデルになります。

このように,ゲーム理論は,合理性のさまざまなレベルに応じた分析ツールを提供しています。例えば,文化人類学の分野では,さまざまな部族の住民に交渉ゲームをプレイしてもらい,人間行動に関する比較文化の研究が行われています。ゲーム理論の理論予測は,行動と文化の関わりを研究する基準として有効です。

4 総合社会科学に向けて

ゲーム理論がこのような広がりを見せている現在,わが国の若い世代の多くのゲーム理論研究者が国際的な研究の第一線で大いに活躍しています。日本学術振興会の科学研究費補助金(基盤S)研究課題として研究プロジェクト「ゲーム理論のフロンティア:理論と応用」が採択され,毎年3月に開催されるゲーム理論ワークショップでは,人文・社会科学や自然科学,数理科学の研究者によるゲーム理論の最新の研究成果が報告されています。

実証科学としてのゲーム理論の研究課題は,「ゲーム状況でプレイヤーはどう行動するか」ということです。また,規範科学としてのゲーム理論の研究課題は,「ゲームのプレイはどうあるべきか」ということであり,戦略的行動ばかりでなく,正義,効率性,公平性(フェアプレイ)などの政治,経済,社会規範の意味内容が研究されています。

グローバル化した国際社会では,人間, 組織, 地域, 国家の相互依存関係はますます強まっています。有限の資源や領土,経済利益の獲得を求めて利害の対立や競争が激しくなる結果,地球環境問題,財政危機や金融危機,国際政治システムの不安定性などさまざまな問題が生じています。「競争的な社会経済環境において異なる価値を追求する人間はいかに協力社会を創造することができるか」を探究することがゲーム理論の大きな課題です。『ゲーム理論〔新版〕』が読者の方々の学習の手助けとなり,多くの方々がゲーム理論に興味をもたれるようになれば,私にとってこれ以上の喜びはありません。

最後に,この場をお借りして,『ゲーム理論』の初版と新版の編集,出版に関して大変お世話になった有斐閣編集部の石塚務氏と尾崎大輔氏に深く感謝申し上げます。

=岡田章(おかだ・あきら,一橋大学大学院経済学研究科教授)

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