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2012年4月20日 (金)

著者より:『企業家に学ぶ日本経営史』 「書斎の窓」に掲載

184008宇田川勝・生島淳/編
『企業家に学ぶ日本経営史――テーマとケースでとらえよう』

2011年12月刊行
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編者の宇田川勝先生が,本書の刊行にあたって『書斎の窓』(2012年4月号)にお寄せくださいましたエッセイを,以下に転載いたします。

◇経営史教育のレゾンデートルという視点から
  ――『企業家に学ぶ 日本経営史』の刊行を巡って

企業家史研究会とその活動

2011年12月に有斐閣から生島淳との共編『企業家に学ぶ日本経営史』を上梓した。本書は法政大学イノベーション・マネジメント研究センターに設置されている研究プロジェクト・企業家史研究会の5冊目の共同研究の成果である。本書の内容を紹介する前に企業家史研究会の成り立ちとその活動について述べておきたい。

法政大学は1992年に社会人を対象とする夜間大学院の経営学専攻修士課程(通称:法政ビジネス・スクール)を開設し,私はそこの企業家養成コースで「企業家史」を担当することになった。学部・大学院を通して,企業家養成コースの設置は日本で最初であり,「企業家史」という科目名もおそらく初めて登場したと思われる。当然のことながら,「企業家史」の教科書はなく,手作りの教材を準備しなければならなかった。学部で「日本経営史」を講義していた私は,近代日本の経営発展を担った,あるいはその過程でエポックを画した企業経営者を順次取り上げ,彼らの事業活動を実証的に考察・討議する授業を計画した。法政ビジネス・スクールはセメスター制をとっており,半年間で15回の授業を実施していた。私は1回の授業で討議テーマに関係する2名の企業経営者を選び,両者についてそれぞれ3つの文献・資料を用意することにした。複数の視点から2名の企業経営者の生い立ちや事業活動を比較検討することで,討議内容を深めたかったからである。しかし,計6点の文献・資料を予習の関係で2週間前に受講生に配布する作業は多くの時間と労力を必要とした。それゆえ,「企業家史」を担当してすぐに,ケース・メソッド授業に適合的な教科書を作成する必要性を痛感した。しかし当時,私は多くの仕事を抱えており,しかも1995~96年度,経営学部長に就任したので,「企業家史」の教科書を執筆する余裕はなかった。

ただし,この間,「企業家史」の授業や修士論文の指導を通じて,現役ビジネス・パーソンである院生が経営史上の事項や過去の企業経営者の活動に関心を示し,彼ら先人の知恵と経験を謙虚に学ぶ姿勢をもっていることを知った。この事実は,日頃,学生や若者の歴史離れを危惧していた私にとって新たな発見であり,嬉しい体験でもあった。

学部長職を終えた翌年の1997年9月,私は生島らの若手研究者3名と企業家史研究会を立ち上げた。そして,「企業家史」の教科書の編集・執筆方針として,次の4点を定めた。

(1) 日本経営史の研究成果と水準を踏まえて,明治・大正・昭和・平成期ごとに主要なテーマを選び出し,それを最もよく体現した企業経営者2名を取り上げて,両者の事業活動を比較考察する。

(2) 研究書・論文,伝記,社史の3点セットが揃っていることを前提として,テーマと企業経営者の選定を行う。その際,研究者の業績が3点セットのうち,少なくとも一つは入っていることを必要条件とする。

(3) 研究成果はイノベーション・マネジメント研究センターのワーキング・ペーパー「日本の企業家活動シリーズ」として発表し,部外者の批評を仰ぐとともに,「企業家史」の教材として使用する。

(4) 「企業家史」の教科書のスタイルをとるが,「日本経営史」の副読本,ゼミナールの教材として利用され,ビジネス・パーソンの社内研修や自己学習にも使用できる構成,内容,叙述に努める。

この教科書作りは順調に進み,1999年3月に13ケース・26名の企業経営者を対象とした第一ケース集(『ケースブック日本の企業家活動』有斐閣)を刊行した。第一ケース集の発刊後,「企業家史」受講生で大学院博士課程に進学した人たちが企業家史研究会に参加し,ケース集作りは継続された。その結果,2008年3月までに第二ケース集(『ケース・スタディー日本の企業家史』文眞堂,2002年3月),第三ケース集(『ケース・スタディー戦後日本の企業家活動』同上,2004年3月),第四ケース集(『ケース・スタディー日本の企業家群像』同上,2008年3月)を順次出版し,以上の4冊で46テーマ・92名の企業経営者を登場させることができた。

『企業家に学ぶ日本経営史』の内容

2006年4月,私はイノベーション・マネジメント研究センターの所長に就任した。当時,法政大学は付置研究所に社会人向けの公開講座開講を要請していた。私はそれを受け入れ,公開講座「日本の企業家史(戦前編)―企業家活動の『古典』に学ぶ」(2007年10月~2008年3月:計12回)と「同上(戦後編)」(2008年10月~2009年3月:計12回)を企画・実施した。この連続公開講座はケース集の副産物である学部学生向けの「講義ノート日本経営史」に基づいて行われた。「講義ノート」は日本経営史上の主要テーマとそれを主体的に担った企業経営者の活動をケースとして取り上げ,テーマとケースのコラボレーションから日本経営史を学ぶために作成された冊子であった。この教材は企業家史研究会メンバーの多くが大学に職を得て,経営史あるいはその関連領域の科目を担当したため,共同して利用できる冊子として作られたものであった。この教材を社会人向けに企業経営者の活動ケースを重視する内容にアレンジして,研究会メンバーが分担して計24回の公開講座の講師を務めたのである。公開講座には毎回30名前後の参加者があり,質疑応答も活発に行われ,好評であった。また,大学のホームページでこの公開講座を知った近隣の自治体から公民館市民大学の生涯学習講座として実施したいという照会も受けた。

公開講座終了後,講義内容をまとめて出版したいという声が上がった。そこで,私たちの第一ケース集の出版社である有斐閣に話を持ち込み,同社の全面的支援のもとに刊行されたのが今回の『企業家に学ぶ日本経営史』である。本書はセメスター制の授業に対応するために,幕末・明治維新期から第二次世界大戦までの前半部分(戦前編:第1章~第11章とコラム①②)と第二次世界大戦以後の後半部分(戦後編:第12章~第22章とコラム③④)に分け,半期2単位授業でも使用できるよう編集した。そして,各章のテーマについては3分の1の誌面をあてて,日本経営史の基本的事項を時代順に配列し,その箇所だけを読んでも日本経営史の「通史」が学べるようにした。また,最近の学生の理論離れを考慮して,テーマに関する理論的解説も行った。ケースについては,成功・失敗双方の事例を選んだ。そして,各章・コラムの最後にテーマとケースの記述についての再検証とより深い学習を望む読者のために基本的な参考文献を紹介した。さらに「設問」では①テーマに関する問題,②ケースに関する問題,③テーマとケースを踏まえた現在の企業経営に関する問題を提示し,自己学習や講義,とくにゼミ形式の参加型・対話型授業に利用できるようにした。

適切な教科書の作成とレクチャー能力の向上

私は,長年,学部で「日本経営史」,大学院で「経営史」と「企業家史」を担当している。バブル経済の崩壊後の20年間,受講生,とくに学部学生の「理論離れ」,「歴史離れ」そして「向学心の低下」が進行していることを感じている。また,大学設置基準大綱化以後,実用性を重んじる経営学部,経営情報学部等ではカリキュラム改革の名のもとに「経営史」関連科目の必修から選択への「格下げ」,担当者の退職に伴う専任教員から非常勤教員への移行,科目自体の縮小・廃止が生じている。

こうした事態を憂慮した経営史学会では,2000年度の第36回全国大会で山崎広明会長が自らオルガナイザーとなって「経営史教育の現状と課題」をテーマとする統一論題を組織し,事前に会員に実施したアンケート調査結果に基づいて活発な討議が行われた。討議の内容とアンケート調査の結果については,『経営史学』第36巻第1号の統一報告「経営史教育の現状と課題―アメリカ・ヨーロッパ・日本―」と同上誌36巻第4号の久保文克「経営史教育のアンケート分析」を参照していただきたい。学会での討論を結論的に言えば,学生の「理論離れ」「歴史離れ」「向学心の低下」は私たちの予想を超えて進行しているという事態が明らかになった。そして,学会ではそうした事態を踏まえて,次の3点を中心とした授業工夫を行う必要があるという意見が多く出された。

(1) 理論離れに対しては,ケースを重視し,それを積み重ねて一般経営史を教える。

(2) 歴史離れに対しては,第二次世界大戦後のテーマとケースに多くの時間を割くとともに,現未来の企業経営問題を考える上で,過去の企業行動と企業経営者の想像力・創造力から学ぶべき点が多いことを教える。

(3) 向学心の低下に対しては,起業家精神に富む革新的な企業経営者の事例を通して,学生に「志」と「夢」の大切さを教える。

いずれも,経営史教育のレゾンデートルにかかわる重要な視点であり,経営史担当教員が,これらの視点を考慮して授業改善に取り組んでいることは言うまでもない。私が一番力を入れたのは,経営史の基本的な教科書作りであった。近年,多くの学生が講義のノートを十分にとれない状況を身近に見てきたからである。私は3種類の教科書が必要であると考えた。その第一は私が担当する「日本経営史」についての通史の執筆である。これについては,1995年に宮本又郎・阿部武司・沢井実・橘川武郎との共著『日本経営史』(有斐閣,2007年改訂)を刊行した。本書は幸いにも多くの大学で採用され,現在までに23刷を記録している。第二は「通史」の基本事項の解説とテーマに関する年表,図表,写真等を収録した資料集の編集である。この資料集については,多くの経営史学会員の協力を得て,中村青志との共編『マテリアル日本経営史』(有斐閣,1999年)を刊行し,これも10刷を重ねている。第三は日本経営史の体現者である企業経営者のケース集で,上記の4冊がそれにあたる。そして,今回出版した『企業家に学ぶ日本経営史』は,これらの3種類の教科書に基づいて,12年前の経営史学全国大会で議論した経営史授業(日本経営史に限っているが)に必要とされた3視点の統合化を企図したものである。

ただし,良い教科書やビデオ,OHP,プレゼンテーション用ソフト,インターネット教材等の補助教育器具があっても,学生の興味を引き出し,理解力を高める経営史担当教員のレクチャー能力の向上がなければ,それらは「宝の持ち腐れ」である。経営史学は経営学の一分野であるが,その研究には経済学・社会学等の学識が不可欠であり,極めて学際的性格をもつ学問である。また,経営史教育には隣接領域の経済史,産業史はもとより,政治史,社会史等の幅広い知見が求められる。どの教科でも教員のレクチャー能力の向上は必須の条件であるが,とくに経営史の場合はそのハードルが高い。レクチャー能力の向上には多くの経験と努力が必要不可欠であるが,とくにそれは教育への情熱と不断の研究活動が相まって涵養・鍛錬される。経営史教育が試練の時を迎えている今こそ,私たちは,「良い教師は良い研究者であり,その逆もまた真である」という言葉を真摯に受け止めるべきである。

最後に企業家史研究会について蛇足を加えれば,2010年度から「企業家活動でたどる日本の産業史」を統一テーマとする連続公開講座を開講しており,2012年3月,その成果の第一作として『企業家活動でたどる日本の自動車産業史』(白桃書房)を発刊した。さらに今年度中に企業経営者についての第五ケース集を出版する予定である。

=宇田川勝(うだがわ・まさる,法政大学経営学部教授)

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