著者より:『戦略的協働の本質』 「書斎の窓」に掲載
小島廣光・平本健太/編著
『戦略的協働の本質――NPO,政府,企業の価値創造』
2011年05月発行
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編著者の小島廣光先生・平本健太先生が,本書の刊行にあたって『書斎の窓』(2011年10月号)にお寄せくださいましたエッセイを,以下に転載いたします。
◆多元的な社会的価値を創造するための理論と実践
――『戦略的協働の本質――NPO,政府,企業の価値創造』を刊行して
=小島廣光(こじま・ひろみつ,札幌学院大学経営学部教授)
=平本健太(ひらもと・けんた,北海道大学大学院経済学研究科教授)
協働によって生まれた「戦略的協働の書」
2011年5月,われわれは,『戦略的協働の本質――NPO,政府,企業の価値創造』を有斐閣より上梓した。本書のテーマである戦略的協働とは,「NPO,政府,企業という3つの異なるセクターに属する参加者が,単一もしくは2つのセクターの参加者だけでは生み出すことが不可能な新しい概念や方法を生成・実行することで,多元的な社会的価値を創造するプロセス」を指す。平たくいえば,たとえば,NPOは理念やミッションを,政府は制度や正当性を,企業は技術や資金をというように,それぞれが得意とする資源や活動を提供することで,戦略的協働は形成・実現・展開されていく。
本書の目的は,この戦略的協働を記述・分析するための理論的枠組を導出し,それにもとづいて戦略的協働を実証的に分析し,戦略的協働の本質を解明することである。分析の結果,本書は,戦略的協働の本質に関する18の興味深い命題の提示に成功した。なお,以下では戦略的協働を単に協働と略記することがある。
われわれが本研究に着手したきっかけのひとつは,非営利法人研究学会の研究プロジェクトとして,東日本研究部会の設置を求められたことであった。この研究会のメンバーが,本書の9名の執筆者,小島廣光(札幌学院大学),平本健太(北海道大学),後藤祐一(長崎大学),畑山紀(札幌学院大学),大原昌明(北星学園大学),相原基大(北海道大学),菅原浩信(北海学園大学),横山恵子(神戸学院大学),樽見弘紀(北海学園大学)である。
9名の専門領域は少しずつ異なっていた。このため,定期的に開催された研究会の場では,それぞれの専門的知見にもとづく多面的な議論が積み重ねられ,本書の骨格が徐々に形成されていった。この意味で本書は,執筆者全員による文字どおりの協働の産物である。
本書の分析対象――7つの協働プロジェクト
本書の分析対象として,上述の戦略的協働の定義に合致する協働プロジェクトが探索された。その際,協働プロジェクトの課題分野がある程度の多様性を有するよう配慮された。なぜならば,多様な課題分野の協働を分析することにより,戦略的協働の一般的な特徴が析出可能であると考えられたからである。
探索の結果,表(ブログでは略)に示す7つの協働プロジェクトが発見された。7つのうち4つが北海道の事例であるが,これは執筆者全員が北海道に縁(ゆかり)があるからという訳ではなくて,先駆的な協働プロジェクトを探索した結果,たまたま北海道の事例に行き当たったに過ぎない。なぜ北海道において先駆的な協働が多く見られるのか,という問いもなかなか興味深いのだが,その考察は別の機会に譲るとしよう。
事例の中には,今般の東日本大震災において緊急人道支援のプラットフォームとして活躍している「ジャパン・プラットフォーム」,あるいは,福島の原発事故で国家のエネルギー政策の大転換が迫られている今日,日本ではじめて市民の手によって発電用風車を建設・運用している「北海道グリーンファンド」も含まれている。このように,期せずして時宜にかなった内容となったことは本書のセールスポイントのひとつであろう。
理論的枠組――協働の窓モデル
第3章から第9章に記される協働プロジェクトの各々の事例は,それぞれに興味深いドラマがあって,少々古いが,さながら「プロジェクトX」風の読みものとしてもお楽しみいただけるはずである。ことによると,事例の部分だけが読まれ,理論的枠組について説明した第2章は,軽く読み飛ばされてしまうかもしれない。だが,この第2章も是非お読みいただければ幸いである。
われわれが本書の執筆に際して強く意識したのは,事例の単なる紹介にとどまらず,同一の理論的枠組によって7事例を一元的に分析することだった。そこで本書では,先行諸研究の批判的検討をつうじて,オリジナルの理論的枠組を導出した。すなわち,コーエン = マーチ = オルセンの「ゴミ箱モデル」や野中・竹内の「組織的知識創造モデル」等をルーツとする,独自フレームワークの「協働の窓モデル」を開発した。これが本書のもうひとつのセールスポイントであると,われわれは考えている。
協働の窓モデルの詳細については,第2章をお読みいただくとして,ここではモデルの長所を述べよう。第1に,協働の窓モデルは,現実の戦略的協働のほとんどすべての要素を考慮した,包括的かつ統合的なモデルである。第2に,協働の窓モデルは,偶然性をともなう現象の理解を前進させるモデルである。すなわち,偶然性に左右される活動の生成や協働の窓の開放等が,協働の形成・実現・展開に大きな影響を及ぼすことが想定されている。第3に,協働の窓モデルは,動態的モデルである。すなわち,①前史,形成期,実現期,展開期の4期間に区分した協働プロジェクトの経時的な分析,②問題,解決策,組織のやる気,活動が結び付けられてストックとなり,これらストックが結び付けられ完全なパッケージを構成するプロセスの分析が可能である。第4に,協働の窓モデルは,能動的な知識創造の視点に立ったモデルである。具体的には,①協働アクティビストと②協働の場が,それぞれ導入されている。①の協働アクティビストは,自らの資源を進んで投じ,協働の形成・実現・展開に影響を及ぼすことで協働を成功に導こうとする個人の参加者であり,知識創造の重要な主体である。②の協働の場は,情報を解釈し,対象の中に意味を見出す際の基礎となる。
反省と反響
編集をご担当いただいた書籍編集第二部の藤田裕子さんと得地道代さんに原稿をお渡しした後,編著者の1人である小島が,当の原稿を大学院講義のテキストとして使った。すでに脱稿していたので,内容には問題がないはずであった。ところが,実際に講義をしてみると,議論の一部分がどうも説得力に欠ける気がする。具体的には,協働の窓モデルの中心的な構成要素であるはずの活動の中身が曖昧であるし,命題の説明にも不適切な部分が散見される……。
そこで,もう1人の編著者の平本とともに,気になった点をすべて仔細に検討した。その結果,第2章と第10章を中心に,図表の追加を含む大きな改稿を迫られた。北海道とはいえ,8月の暑いさなか,西日が差し込むエアコンのない小島の研究室で,汗をかきながら編著者2人で原稿を書き直した。
また,初校の校正作業中,第1章の構成がわかりづらいことに気がついた。どうして今まで見逃していたのだろう,と自分たちを罵りつつも,より良い構成となるよう修正させていただいた。
このように編集者のお二人にはご迷惑をおかけしてしまったが,その都度,きわめて親切かつ適切にご対応いただいた。こうして,わかりづらかった部分を,気がつく限りほとんど潰すことができた。結果的には,全体の完成度が多少とも高まったのではないかと考えている。この場をお借りして,藤田さんと得地さんのお二人には,改めてお礼を申し上げる次第である。
刊行後,いくつかの媒体が本書に関心を示してくれた。たとえば,全国公益法人協会の機関誌である『公益・一般法人』の新刊案内で取り上げていただいたし,地元の『北海道新聞』も紹介記事を大きく掲載してくれた。こうした好意的な反響が素直に嬉しく,編著者としての苦労も報われた思いである。
おわりに
20世紀を「巨大企業の時代」と呼んだのはピーター・ドラッカーだっただろうか。これに倣うならば,21世紀は「戦略的協働の時代」と名付けることができるかもしれない。本書は,「われわれは,戦略的協働の時代に生きている。ビジョンや企業家精神を持ったNPO,政府,企業が戦略的協働に挑戦するならば,多元的な社会的価値の創造は十分に可能である」という文章で結ばれている。これが執筆者全員の偽らざる思いである。こうした思いの込められた本書が,わが国における戦略的協働の研究の一助となるとともに,協働の形成・実現・展開に対しても何らかの具体的かつ実践的指針を与えることができるならば,これに勝る喜びはない。
小島廣光(こじま・ひろみつ)=札幌学院大学経営学部教授
平本健太(ひらもと・けんた)=北海道大学大学院経済学研究科教授
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