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2011年9月27日 (火)

著者より:『グループ・ダイナミックス』 「書斎の窓」に掲載

173781釘原直樹/著
『グループ・ダイナミックス――集団と群集の心理学』

2011年3月発行
→書籍情報はこちら

pen著者の釘原直樹先生が,本書の刊行にあたって『書斎の窓』(2011年7・8月合併号)にお寄せくださいましたエッセイを,以下に転載いたします

◆危機事態からの集団脱出実験装置の作成

=釘原直樹(くぎはら・なおき,大阪大学大学院人間科学研究科教授)

始まりは33年前の合宿旅行

筆者はこれまでいくつかの集団行動を分析する実験装置を作成した。その中でも最も印象に残っているのは,今から33年ほど前に作成した,隘路状況を想定した集団脱出実験装置である。修士課程2年の夏休みに,修士論文提出を半年後に控えて,まだ明確なテーマも決まらずに暗中模索の状態であった。ただ指導教授の示唆もあり「危機事態の集団行動について研究したい」との思いはあったが具体的な構想はなかった。当時,九州大学の集団力学研究室では夏休みの合宿研修をすることが恒例となっており,修士課程2年生はそこで修士論文の構想を発表しなければならないことになっていた。そこで苦し紛れに発表したのが集団脱出実験装置である。

このモデルはMintz(1951)の装置に由来する。Mintzは複数の実験参加者達(15名から21名)が瓶の中から,糸に結びつけられた円錘体を取り出すという実験課題を設定した。但し瓶の口が狭いために,円錘体を同時に2個以上取り出すことはできないようになっていた。そのために,複数の実験参加者が同時に取り出そうとした場合,出口が閉塞状態となる。即ち混雑(Jam)が生じる。また,瓶の下方からは水が少しずつ注入された。実験参加者に与えられた課題は自分の円錘体が水に触れる以前に,それを取り出すというものであった。その後,Kelley, Condry, Dahlke & Hill(1965)はMintzの装置と機能的にほぼ同じ装置を作成して実験を行っている。Kelleyらの装置では実験参加者が円錐体につながっている紐を引く代わりにボタン押しを行った。Jamの発生は,参加者の前面にランプがついたパネルを設置し,ランプの点滅によって知らしめた。わが国では佐古・三隅(1982)がKelleyらの装置と機能的にほぼ同じものを作成している。ただし,これらの装置では,実験参加者が脱出を試みる場合は脱出用のボタンを押すだけであった。

実験装置の特徴と概略

筆者が作成した装置の特徴は下記の五点である。第1は脱出逃走をイメージして,脱出ボタン100回の連続打叩を参加者に求めることにしたこと,第2は攻撃ボタンと譲歩ボタンを設置し,脱出,攻撃,譲歩の3種類の意図を行動指標で捉えることを試みたこと,第3に最大9人が同時に実験に参加できるようにして,集団研究としてはかなり大きなサイズの集団のダイナミックスを分析できるようにしたこと,第4は装置の機能を完全に自動化したこと,第5は緊急事態を参加者に実感してもらうための状況設定を工夫したことである。例えば,他者の声やボタンの打叩音が聞こえないようにするためにヘッドフォンからホワイトノイズを常時流し,また時間経過を知らせるために次第に周波数が短く(音が高く)なる矩形波の純音や混雑発生時の信号音といった,3種類の音を流した。また実験室を暗闇にし,さらに参加者に脱出失敗時には電気ショックが来ることを,サンプルショックを与えることにより予期(これはKelleyらの実験でも用いられている)させた。

実験装置の概略は次の通りである。実験室には9つのブースが置かれた。各ブースの机上には脱出,攻撃,譲歩の3つのボタンと発光ダイオードのカウンターがついたボックスが置かれた。全実験参加者の前面約2.5m先には赤,黄,青のパイロットランプがそれぞれ9個,計27個取り付けられているパネルが置かれた。このパネルは全ての実験参加者から見えるように配置された。

実験が開始されると同時に,前面パネル上の赤ランプが一斉に点燈する。このランプは危機状態(電気ショック発生装置からの電撃)接近を示す信号である。この合図とともに実験参加者は脱出ボタンの打叩(脱出反応)を開始する。脱出反応が試みられると前面パネル上の赤ランプが消えて黄ランプ(脱出反応信号)が点燈する。同時に,実験参加者の机上に置かれたカウンターが脱出ボタンの打叩回数を示す。

但し,ある実験参加者が脱出ボタンの打叩を行っている時,他の実験参加者が1人でも脱出ボタンの打叩をしはじめると当人はもとより,全実験参加者のカウンターはストップし,脱出ボタンをいくら押しても数字を刻まなくなる。即ち,混雑状態となる。この状態が続く限り,誰一人脱出できないことになる。従って実験参加者は攻撃か譲歩の混雑解消手段をとることになる。攻撃ボタンがある実験参加者によって押された場合,当人以外の他の全ての実験参加者のカウンターの数値が0に戻ってしまう。即ち,出口から最も遠い最初の出発点に押し戻されたことになる。勿論,複数の実験参加者がお互いに攻撃ボタンを押した場合,お互いのカウンターが0となる。一方譲歩ボタンが押された場合には,攻撃ボタンの機能とは逆に,譲歩ボタンを押した当人のみが出発点(カウンター数値が0)に戻ることになる。また前面パネルの黄ランプが赤に戻り,他者が優先できるような状態になる。

このように混雑が発生した場合,攻撃や譲歩をすることによって,それを解消しながらカウンターが100を示すまで脱出ボタンの打叩を続けることができれば,脱出に成功したことになる。脱出に成功すれば前面パネルの青ランプが点燈する。実験装置の詳細は拙著『グループ・ダイナミックス――集団と群集の心理学』に記述している。

熊本大学での実験装置の作成

合宿研修は民宿で行われ,参加者は皆リラックスしていたためか,発表も満足できるものであった。指導教授や他の院生の反応も良く(良いと思い込んでいたのかもしれない),装置を作り上げることを目指した。この合宿の後,修士論文を書くことよりも装置の作成をすることしか念頭になかった。また,このような装置を作成した場合,装置を設置するためには広い実験室を長期にわたって占有し続ける必要があるが,その当時,九州大学には1人の院生のために,そのようなスペースを用意できるはずもなかった。しかしそのようなことまで考えが及ばなかった。装置は院生の私作であり業者に依頼できるはずもなかった。8月の初旬頃,九州大学工学部の電子工学研究室に相談に行ったが,断られてしまった。そこで熊本大学の佐藤静一教授に相談したところ,同大学工学部電気工学科の鳥井敏雄氏(当時学部2年生,現在株式会社ケンウッド勤務)を紹介してもらった。学生に依頼することに不安はあったが,他に頼る術がないために仕方がなかった。鳥井氏は筆者の話を聞いて興味を示し,数日のうちに何枚もの詳細な回路図を書いて持ってきた。それでも半信半疑であったが,任せることにした。彼は友人を3人ほど連れてきた。彼らと彼の家の倉庫で作業を始めた。当時はコンピュータが現在ほど普及しておらず,複数のパソコンを連結した装置を用いることができなかった。そのために,全てが手作りであった。沢山の部品が必要であった。数十メートル以上にも及ぶ太い同軸ケーブル,ボタンを設置するための箱型のシャーシ,発光ダイオードやその他の部品,ランプの類,スイッチ類,畳大の木製パネルなどであった。最初に部品を買い集めたのではなく,作業の進展に従い,その都度部品を買ってきた。その部品代も次第に大きくなり,明確な記憶はないが,最終的には当時の院生にとっては途方もない金額になってしまった。鳥井氏の部屋で数人が重なり合うようにして寝泊まりしながら作業を継続した。完成したのは12月の中旬であった。4か月ほどかかってしまった。彼らに工賃を支払った記憶はない。彼らは装置を作り上げることに熱心で,最初から報酬など期待していないようであった。装置が完成したためにそれだけでも達成感があり,また熊本で作業をしていたために,九州大学にはその間全く登校しておらず,気がついた時は修士論文の題目提出日を過ぎてしまっていた。何とか頼み込んで受理してもらった。装置は熊本大学の当時の教養部の重岡和信教授の2スパンの広い実験室に置かせていただいた。結局,数年にわたってその実験室を占拠させてもらったことになる。

実験の実施とその困難性

この装置を用いた最初の実験は集団サイズの増大にともなって,脱出成功率,混雑発生の度合い,攻撃や譲歩,脱出行動の活発さがどのように変化するかを見る単純なものであった。集団サイズは3人~9人であった。参加者として,主に熊本大学の教育学部や教養部の授業に出席している学生を募集した。集団サイズが実験条件であるために,全ての実験参加予定者に前日に連絡した。当時は公衆電話しかなく,大量の10円玉を電話機に流し込みながら連絡をおこなった。10円玉が満杯となり,別の公衆電話に移って電話することもしばしばであった。また当時は下宿生に対しては下宿のオーナーの所に電話するしかなく,なかなかコンタクトをとることが難しかった。オーナーによっては厳しい反応もあり「女子学生に電話で声をかけてくるような輩には取り次げない」と叱責されることもあった。また参加者数が目当ての集団サイズに達せず,実験室に参加者を待たせたまま,生協食堂に行き食事中の学生に声をかけてまわったこともあった。

装置は完全ではなかったが,なんとか機能した。参加者のほとんどがこの事態にかなり自我関与していることが明白であった。実験の後,参加者の中にはすぐには立ち上がれなかったり,「いざとなったら自分は自己中心的な行動をしてしまうことがわかった」として,ショックを隠せない者もいた。このような参加者には実験の意義や目的を丁寧に説明して,納得してもらった。その結果,殆どの参加者が「興味深い体験をした」と回答し,参加者によっては「実験を手伝いたい」と申し出る者もいた。今の倫理基準から考えればおそらく,この実験は認められないであろう。実験は12月中旬から開始したために,修士論文提出期限までに実験を完全に終了させることはできなかった。ただし,大部分の実験条件については提出日以前に実施していたのでその部分について記述して提出した。

その後,6人が参加する集団迷路脱出装置,50人以上が参加する集団立体迷路脱出装置(この実験はうまくいかなかった),集団綱引き装置,2台のトラックが一本道のところで鉢合わせになるようなトラッキング・ゲーム装置などを作成した。筆者はこのような装置を作成することに最も興味があり,このような装置を使って実験することや論文を書くことにはあまり気乗りがしなかった。また「このような装置を使って得た実験結果が現実の集団行動をどの程度反映しているか」といった生態学的妥当性の問題について明確に説明できるわけでもなかった。実験として,デモンストレーションとしてある程度のインパクトがあれば,そこから実験参加者や観察者は何らかの意味を見出し,そのことにより集団や社会に対する見方が変化するのであればそこに意義があるのではないか,とも考えた。

〈文献〉
Kelley, H., Condry, J., Dahlke, A. & Hill, A.(1965). Collective behavior in a simulated panic situation. Journal of Experimental Social Psychology, 1, 2 0-5 4.
Mintz, A.(1951). Non-adaptive group behavior. Journal of Abnormal and Social Psychology, 4 6, 150-159.
佐古秀一・三隅二不二(1982). 緊急事態における脱出成功確率の認知が脱出行動に及ぼす効果に関する実験的研究 実験社会心理学研究 2 1, 141-148.

釘原直樹(くぎはら・なおき)
=大阪大学大学院人間科学研究科教授

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