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2011年9月26日 (月)

著者より:『公共経済学』 「書斎の窓」に掲載

123953_2林正義・小川光・別所俊一郎/著
『公共経済学』

2010年12月刊
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pen著者の林正義先生が,本書の刊行にあたって『書斎の窓』(2011年7・8月合併号)にお寄せくださいましたエッセイを,以下に転載いたします。

◆脆くも崩れ去った目論見--『公共経済学』を刊行して
=林 正義(はやし・まさよし,東京大学大学院経済学研究科准教授)

有斐閣アルマシリーズの『公共経済学』執筆のお話を伺ったのは,丁度,共同で執筆をしていた『財政学をつかむ』を刊行したころだったと思います。経済学の立場から財政を研究する者としては,財政学の教科書から公共経済学の教科書へと執筆を進めることは自然なことでしたし,「つかむ」シリーズは必要最低限に絞った内容を丁寧に解説するというポリシーのなか執筆を進めたので,若干書き足りないところもありましたので(実際,難しいとの理由でボツにした原稿がかなりありました),このお話を二つ返事で引き受けてしまいました。

当初の目論見

当時は一橋大学国際・公共政策大学院で公共経済学(入門レベル)の授業を数年間担当していたこともあり,学生のフィードバックを参考にしながら,かなりの時間をかけて講義ノートをまとめていました。したがって,お話を頂いた当時は,特に時間もかけずに公共経済学の教科書を執筆できるだろうと高を括っていました。さらに白状すると,この企画は共著を前提としていましたので,私に比較優位が無いトピック(というか,講義ノートとして文章にしていなかった部分)については,共著者の先生にお願いすれば良いと目論んでいました。共著者には,名古屋大学の小川光先生と,一橋大学の別所俊一郎先生にお願いできることになりました。幸いなことに,共著者についての目論見は的中し,先生方はスケジュール通りに良い仕事をして下さいました。しかし,私のパートに関する目論見は見事に外れてしまいました。有斐閣の会議室に原稿を持ち寄って,おそらく10回以上の長時間にわたるミーティングを開いたのですが,その過程でいくつもの駄目出しを頂いたのです。特に問題となったのは次の二点でした。

教科書の難易度

第一に問題となったのは,本書が対象とする読者にとっては難しすぎるということです。財政学は「財政」という対象によって規定される学問であるがゆえに複数のアプローチが存在するのに対して,公共経済学は「財政」を含む公共部門の活動の意義や効果をミクロ経済学やマクロ経済学等の経済学のツールを用いて分析します。したがって,財政学の教科書は必ずしも経済学の理解を前提とするものばかりではありませんが,公共経済学の教科書はそうはいきません。公共経済学は分析対象が同じという意味で財政学と重なり合うことはあっても,経済学の習得が大前提となります。具体的には通常の大学のカリキュラムにおける公共経済学という科目は,一年次と二年次でミクロ経済学,マクロ経済学,さらに経済数学の基礎科目を学習した学生を対象に,三年次以降に配置される専門科目となっています。したがって,その教科書は,ミクロ経済学とマクロ経済学と経済数学の基礎知識を前提に執筆しても良いというのが建前になるはずです。実際,私の講義ノートはこの立場から書かれていました。しかし,多くの大学ではこの建前通り学習している学生は一部で,また,多くの学生がこの建前通り学習を進めている大学も一部であることが現実です。当然,著者としても多くの方に利用していただけるのは望ましいことですから,手元の講義ノートを大幅に修正することとなりました。

教科書の分量

第二に問題となったのは分量の多さです。初めの構想通りに進めれば,アルマシリーズでは前例のない,かなりの分量になることが明らかになりました。これは,図を多用していること,その説明を丁寧に(ある先生の言葉を使えば「くどく」)行っていること,さらに,数式展開(!)も行間を飛ばさずにひとつひとつ表記していることによるものでした。このような文章を書く私の癖は,自分が経済学を独学し始めた時に,英語で書かれた海外の教科書を用いていたことに由来するのでしょう。ご存じの通り,特に学部生向けの英語で書かれた海外の教科書は持ち歩くのも一苦労なほど大きく分厚く出来ています。それだけに図表も多用され,説明も「くどい」場合が多いです。それでも利点があって,経済学を独学されたことがある方のなかには,日本語で書かれた経済学の教科書の説明で分からなかった部分を英語の経済学の教科書で確認すると,意外と簡単に理解できたという経験をお持ちの方も多いのではないでしょうか。いずれにせよ,一連のミーティングで「一定のページ数内で書くこと」という課題が追加されたのでした。

崩れ去った目論見

このように自分の授業で利用していた公共経済学の講義ノートをそのまま利用する(もしくは多少の微調整で済む)という目論見は脆くも崩れ去りました。また与えられた課題も簡単なものではありません。さらにこの課題を遂行すると同時に,普段行っている研究の手を抜くこともできません。このような状況で教科書の出版を目指して講義ノートの大改訂作業が始まるのですが,そんなこんなで,小生の執筆作業の完成は計画より一年ほど遅れてしまいました。この点,共著者の先生方および編集担当者の方々には御迷惑をおかけし,恐縮しています(ただ「一年遅れるのはマシな方で,ウン数年遅れる先生もいらっしゃいますよ」と優しいお言葉もかけていただきました)。

一定の分量内で書くべきことを分かりやすく書く

このような過程で完成した『公共経済学』ですが,「一定の分量内で書くべきことを分かりやすく書く」という作業がどれくらい成功しているかは読者の皆さんの判断を待つしかありません。ただ「一定の分量内で」という点については,実は有斐閣さんに頑張ってもらって,アルマシリーズでは珍しい400頁を超える厚さになっています。そのおかげで,図を多用することができ,それぞれに丁寧な解説ができました。数式の使用は最小限に抑えていますが,各種の命題を導き出す詳しい数式展開については,有斐閣書籍編集第二部のブログの中に本書のサポート・ウェブサイト(http://yuhikaku-nibu.txt-nifty.com/blog/2010/10/post-d373.html)を作成してもらい,章末の練習問題の解答とともに数学付録としてアップロードしています。これで教科書だけで学習した場合に比べ,多くを補うことができるはずです。それでもスペースの関係で,公共経済の分析の対象となる具体的な財政制度の解説や財政データの説明については,コラムで若干触れた以外,割愛しています。この点については,既述の『財政学をつかむ』を参照していただければ幸いです。また最新の財政データや制度変更を確認するには『図説日本の財政』や『図説日本の税制』など毎年刊行されている書籍もありますから,手元に置いておくと便利でしょう。

本書の特徴と冒険

一方「書くべきこと」については,本書では,通常の公共経済学の教科書が扱っているトピックに加え,類書と異なったトピックを扱っています。それは複数ありますが,主なものは次の三点です。第一は,公共財と外部性の説明で,大阪大学名誉教授の柴田弘文先生が考案された「柴田の扇型ダイアグラム」を利用した点です。このダイアグラムは,公共財や外部性に関する複数の命題をエレガントに説明することができる便利な分析道具です。このダイアグラムは海外では複数の教科書で利用されていますが,不思議なことに日本の教科書では,柴田先生ご自身による教科書を除いて,使われているのを見たことがありません。柴田先生による公共経済学の教科書は,現在版元では品切れの状態なので,柴田のダイアグラムを利用した邦語の教科書は本書だけのはずです。

第二は,社会保険にかかる章を独立して設け,情報の非対称性による保険における逆淘汰モデルを詳しく解説している点です。これは学部生を対象にした教科書としては多少冒険しているかもしれません。しかし,これは私的保険だけでなく強制的な社会保険の必要性を理解するために必要な議論でありますし,また,基本的な期待効用の仕組みを理解することができれば,簡単な数式と図を用いて説明できますから,敢えて取り入れることにしました。

第三は,ニコルスとゼックハウザーによる,情報の非対称性がある場合の再分配政策を考えるための議論です。経済学による再分配の「古い」議論では,助けるべき人に定額のお金を与えて,その人が望むように使用させるのが最も良い方法と考えられていました。しかし,このニコルスとゼックハウザー論文によって,この「常識」が180度転換します。彼らが示したように,この分析の本質は図を用いた直観的な説明で可能ですから,本書ではこの議論の重要性にかんがみ比較的詳しい解説を試みています。

やり残したこと

上記の点を含め本書では類書には見られないトピックも扱っていますが,実は,詳しく議論したかったトピックが二つあります。本書の序章でも書いていますが,費用便益分析と最適課税論です。本書では簡単に触れてはいるものの,本来これらは,各々にひとつの章を充てるべき重要なトピックと考えています。費用便益分析は応用厚生経済学とも呼べる経済理論と政策分析をつなぐ実践的な分野ですし,少なくともその理論的な部分を理解するだけでも,実際に行われている「費用便益分析」を批判的に吟味できるようになります。また最適課税論は公共経済学のコアと呼ぶべき分野で,今後の税制や社会保障の改革を考えるための有用な視角を提供してくれます。しかし,これら二つのトピックを適切に理解するためには,本書が想定しなければならなかった難易度を超える分析が必要になります。したがって本書では,簡単な紹介に留め,詳しい説明は割愛しました。

上記のような過程を経て刊行された『公共経済学』ですが,今回の経験で教科書を仕上げることの難しさを実感しているところです。私の仕事の鈍さも手伝い,本書を刊行するために多大な時間を投入することになりましたが,その投入量に見合った成果物と多くの方に認められることを心から祈っています。

林 正義(はやし・まさよし)
=東京大学大学院経済学研究科准教授

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