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2011年5月30日 (月)

著者より:『地方消費税の経済学』 「書斎の窓」に掲載

163713持田信樹・堀場勇夫・望月正光/著
『地方消費税の経済学』
2010年12月刊
→書籍情報はこちら

pen著者の持田先生が,本書の刊行にあたって『書斎の窓』(2011年5月号)にお寄せくださいましたエッセイを,以下に転載いたします。

『地方消費税の経済学』の挑戦――ゴルディオスの結び目を解く
=持田信樹(もちだ・のぶき,東京大学大学院経済学研究科教授)

1 は じ め に

このたび『地方消費税の経済学』を,堀場勇夫,望月正光の両氏と私の共著として刊行することができた。私たちは,安定的な税収をもたらし地域的偏在が少ない地方消費税について,基本的な仕組み,論点を綿密に解明して,今後のあるべき制度を設計した。海外の実態調査やシミュレーションによる検討を踏まえて,財政学の視点にもとづいてできるかぎり実証的で精緻な議論を展開したつもりだ。学術書であるが,研究者のみならず,実務家や大学のゼミの参考文献として役立つ。ここでは,本書の基礎となる研究をどのようなスタンスで行ってきたかを説明させていただきたい。

2 理論と伝統の融合

本書を通底するのは,世界の潮流を学び,自国の伝統を融合させるという精神である。クウィーンズ大学での在外研究中の1999年10月6日,モントレンブランで開催された連邦制フォーラムで,たまたま私はリチャード・バード教授と地方付加価値税について議論をする機会があった。この日を境に,私はこの問題に夢中になった。バードの師匠は,カール・シャウプ博士であり,彼の祖国は地方付加価値税の百貨店ともいえるカナダである。この2つの流れの合流点に独自の研究領域を開拓し,確立した。それが地方付加価値税論the economics of subnational VATである。

論説の核を要約するならば,次のようになる。地方消費税では仕向地原則が本来のあり方であり,課税標準は「最終消費」プラス「非課税部門の控除できない仕入税額」でなければならない,かつ地方税を標榜するのだから「税率決定権」や「税務行政」について地方が裁量と責任を保持するものでなければならず実務的にも可能である。日本の地方消費税の対極に位置するものといえよう。

軽い「脳震盪」をおこして帰国した後,国内の学会等でバードや弟子のピエール・パスカル・ジェンドロンの精緻な議論を紹介しようと何度かこころみた。だが,手答えはいまひとつであった。今にして思うと,97年4月に地方消費税は導入されてからまだ日が浅く,改革後に訪れる特有の倦怠感がただよっていたし,物理的な境界統制を設定できない地方政府には(移出非課税,移入課税という)仕向地原則を実施することはできない,というのが常識であった。

茨の道がはじまったのは,ここからである。理論の咀嚼は必要条件であるが,十分条件ではない。私たちの目の前にある地方消費税の中に,まだ気づかれていないものを見る視力を養い,それに新しい意味づけを付与し,さらに磨きをかけなくてはならない。租税論のフロンティアと地方消費税,普遍と特殊,この2つを架橋するツールとして,私たちが心血を注いで開発したのが産業連関表等を用いたマクロ税収配分方式である。少しの変更を加えるだけで,譲与税のような地方消費税が本来の地方税に生まれ変わる。だが,ゴールに辿り着くのに10年もかかるとは思いもよらなかった。

3 時間による熟成

第2のキーワードは,時間による熟成である。物事を完成させる場合に,才能や技能よりも時間による熟成を信じながら,絶えず歩んでいくという気質が決定的な役割を果たすことがある。付加価値税はvalue added taxというぐらいで,生産・流通の各段階で発生する付加価値に課税しつつ,転嫁によって消費者が税を負担する仕組みである。だが生産地と消費地は一致しないので,これを地方税として設計するには,税収の帰属地を決めるルールを定めなくてはならない。私がトヨタのエコカーを購入したとする。愛知県に消費税が帰属するのが原産地原則で,東京都に帰属するのが仕向地原則である。一体,どちらが正しいルールなのであろうか。

実はこれが,1963年のECノイマルク委員会以来,議論が収束していない難問なのである。Phrygiaのゴルディオス王によって結ばれ,これを解くものはアジアを支配すると予言された結び目がある。アメリカの法人税研究者であるマクリュアーが,地方付加価値税は「ゴルディオスの結び目」Gordian knotであると指摘しているように,この問題は難攻不落の様相を呈している。

Alexander大王は剣で両断することによって,敏速果敢に難題を解決した。私たちは,結び目の解き方を知る最良の方法は,結び目を知ることだと考えた。2000年からの10年間に,カナダ,ブラジル,EUやOECD本部等において数次にわたる海外実態調査を敢行し,資料を頂き,議論のための時間を割いていただいた。とくに欧州の会計事務所や弁護士事務所の方々の実務的知識を吸収しようとした。原産地原則と仕向地原則のそれぞれの功罪については,イギリスの税制を包括的に検討したマーリース・レビューでも理論的に指摘されている。私たちは,むしろ実際の地方付加価値税の実施に伴って,後追いで理論的に決着しつつあることをついに突きとめたのである。

地方段階で原産地原則の商品サービス流通税(ICMS)が実際に実施されているブラジルにおいて,必ずしも理論どおりの好ましい結果が得られておらず,実施面で問題が多いこと,EU,カナダなどで実施された経験によって,境界統制がない仕向地原則での清算が理論的にもまた制度的にも実施可能であり,税率決定権も保持されることが靄の中から見えてきた。こうして,模範となるべき候補は1993年以降のEUにおける「暫定」制度とカナダの協調売上税の2つに絞られてきた。2008年3月のことである。2つのどちらを選択したかについては,本書をご覧下さい。

4 共同研究の醍醐味

第3に強調したいのは,共同研究でなければできないことをやるというスタンスである。私たちは,産業連関表をもちいたマクロ税収配分方式を地方消費税仕様で開発することに成功した,と確信している。仮に,マクロ税収配分方式を顧客のために手仕事であつらえるオートクチュールにたとえるならば,現行の地方消費税の「清算基準」は量販のプレタポルテといえよう。

本書では,マクロ税収配分方式の理論的基礎と,それを基礎としながら秘密のベールにつつまれていたカナダ東部3州で実施されている協調売上税(Harmonized Sales Tax, HST)の実務を徹底的に検討した。あまりに執拗にディティールを調査したので,バード教授には「恐らく皆さんは私どものだれよりもこれについて知識が豊富ではないかと思っております」と皮肉をいわれたほどである。

ちなみに,HSTは均一税率で賦課されていたが,私たちの見立てはマクロ税収配分方式を採用しているので税率決定権の保持が可能だというものだった。果たせるかな,本年新規に参加した有力2州の税率は,従来からの東部3州のそれと異なるものだった。待ちに待った予想がついに的中したわけで,まさに学者冥利につきる出来事となった。

有名なオートクチュール・メゾンには,必ず正確な技術をもった裁断師と着心地のよい服を手仕事でつくっていく縫ぬい子こがいる。同じことが,ここでいえる。地方消費税の地域産業連関表等によるシミュレーションには,迷路のような税法と国民経済計算に精通した職人芸が要求される。だが,私の知るかぎり1人の研究者が租税論と産業連関表の両方に明るいことは,きわめて稀なのである。それは,カール・シャウプの博覧強記とワシリー・レオンチェフ(産業連関表を彫琢して1973年ノーベル経済学賞を受賞)の洞察力の二兎を追うようなものである。私たち3人の持ち味や得意分野が多様で,互いに補完しあえたのがよかったとつくづく思っている。

ところで,産業連関表等を用いるメリットは,従来の清算基準では抜け落ちていた「非課税部門の控除できない仕入税額」が把握できることである。縦の列を見れば,課税・非課税の如何を問わず産業ごとに中間投入額が一目瞭然にわかる。私たちの推計によると,それが課税標準全体に占める割合は22.04%に達する。この数字が,マクロ税収配分方式の切れ味を直感的に示している。

5 学問的な衝動

私たちは,専門性を保ちながら一般の人に届く言葉で語るように努めた。純粋な学問的衝動を地方財政論という場で昇華させたいと思ったとき,謎につつまれた地方付加価値税こそ,その実現を可能にしてくれる場だと信じてたえず歩んできた。それだけに,美しい装丁で仕上げられた本書を編集第二部の柴田守氏から受け取ったときは,感慨深いものがあった。十数年間,粘り強く続けてきた研究に一区切りつけることができた開放感は,隠し切れない。

研究の方向性に迷いが生じたとき,私たちはいつもこの原点に立ちかえってハンドルを切ってきた。2013年度の導入に向けて,経済センサスが政府内で準備されている。経済センサスが導入されると,清算基準の信頼性はかなり高まるであろう。しかし,オートクチュールにこだわる私たちは地域産業連関表等によるシミュレーションに舵を切った。県別の損得勘定が明るみにでるシミュレーションも,研究者にとっては緊張がはしる鬼門である。けれども,マクロ税収配分方式の切れ味を示すものと割り切って,甲論乙駁の議論が起こることを覚悟であえて載せることにした。ただ,専門性を求めるあまり,やや難解な部分があるのは認めざるを得ない。読みにくさや難解さを,図やグラフによって少しでも,カバーしていただければ幸いである。

日本が消費税の増税を含む抜本的な税制改正に踏み切ることはもはや時間の問題であろう。地方消費税の問題は,かならず再燃するといって過言でない。そのときに,本書が様々なアクターの知的共有財産として活用されることを期待する。人々は時代の色々な問題に,不満をこぼしながらもついていく。しかし問題に直面しているときは,それがどういう意味をもっているのかに気づかない。歴史的な転換の意味は,その渦中にあるときよりも少しあとになって気づくものだと思う。本書の内容が時代に消費されるのではなく,10年たっても20年たってもviableであり続けることを願う。

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