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2011年5月30日 (月)

著者より:『同一価値労働同一賃金原則の実施システム』 「書斎の窓」に掲載

173743森ます美・浅倉むつ子/編
『同一価値労働同一賃金原則の実施システム
 ――公平な賃金の実現に向けて』

2010年12月刊
→書籍情報はこちら

編者の森先生・浅倉先生が,本書の刊行にあたって対談くださいました記録を,『書斎の窓』(2011年5月号)より,以下に転載いたします。

誌上対談:『同一価値労働同一賃金原則の実施システム――公平な賃金の実現に向けて』を刊行して
=森ます美(もり・ますみ,昭和女子大学人間社会学部教授)
=浅倉むつ子(あさくら・むつこ,早稲田大学大学院法務研究科教授) 

 刊行から2か月ほどで重版のお知らせを頂いて,うれしく思っています。非正規の労働組合や女性運動のネットワークなどが,本書をまとめて購入して下さっているようです。直接に感想やご意見を伺うような機会は,私には,まだないのですが,浅倉さんはどうですか。

浅倉 本の売れ行きはよくわからないのですけど,同一価値労働同一賃金原則への関心が高まっているのは確かですね。これまで,この原則は,男女間の賃金を平等にするためのもの,というイメージがあったのですが,最近は,正規・非正規労働者の間の平等問題でもあるのだということで,より関心を呼んでいるのでしょう。友人からは,職務評価のやり方が面白かった,という声をもらいました。

ペイ・エクイティ科研費研究に着手

 本書は,2006年度から2008年度に掛けて科学研究費補助金を受けて行った共同研究「日本における同一価値労働同一賃金原則の実施システムの構築」の成果をまとめたものです。私たちがこの研究を企画したのは2005年の秋でしたから,あっという間に5年が経ちましたね。この間に,同一価値労働同一賃金原則(ペイ・エクイティ)を取り巻く環境が随分変わりました。

浅倉 そうですね。研究を始めたあとに,結構,いろんな動きがありました。ILOは,2007年と2008年に,労基法がこの原則に言及していないことを批判するような「意見」を出しました。女性差別撤廃委員会も,2009年に,同じような懸念を示しましたね。それらを受けて,国内の議論も否が応でも高まり,第三次男女共同参画基本計画には,「職務評価手法の研究開発を」,という文言も入ってきました。

 私は,この研究を始めるに当たって,大きく2つほど目論見がありました。第1は,日本で遅々として進まない同一価値労働同一賃金原則を一刻も早く実施に移したい,そのための実施システムを具体的に提起したいということ。それには私がそれまで行ってきた職務評価研究だけでは不十分で,法制度的枠組みを同時に整えないとダメではないかという点です。そこで社会政策の研究者だけでなく,浅倉さんはじめ労働法専門の方たちに共同研究を呼びかけました。もう1点は,同一価値労働同一賃金原則を研究する若手の研究者を増やしたいという思いです。この点では社会政策グループはとても成果がありました。本書の第2章,第3章を執筆したのは,この研究ではじめて同一価値労働研究に携わった研究者たちです。浅倉さんはどうですか。

浅倉 森さんが2005年に出版された本(『日本の性差別賃金』)を読んだとき,私は,森さんが,正規のホワイトカラー男女労働者の間に同一価値労働同一賃金原則の適用可能性があると,とてもはっきりと主張されているのに感銘を受けました。そこで,今度は,男女だけでなく正規・非正規の労働者間にこの原則の適用可能性をさぐろうという共同研究の申し出があったとき,一も二もなく賛成しました。というのも,労働法学会では,同一価値労働同一賃金原則は,日本の労使関係や企業文化になじまず,適用には無理があるのではないかという意見が根強くあるからです。その点,この原則に対する社会政策学会におけるアプローチとは,労働法学会とでは,少し異なるものがあったように思います。しかし,日本以外の国では,この原則を活用して非常に大きな動きがあるので,とりあえず外国法研究としてスタートしてはどうかということで,具体的には,イギリスやEU法の研究をしている労働法の若手の研究者に声をかけてみました。 

本研究の成果

 本書は3部構成になっていて,第Ⅰ部が,社会政策グループが担当した「日本における同一価値労働同一賃金原則と職務評価システム」,第Ⅱ部が,労働法グループが行った「同一価値労働同一賃金原則と実効性の確保――イギリスを例に」です。これらの研究成果を集約して構築した「同一価値労働同一賃金原則の実施システム」を,第Ⅲ部で提示しました。
 「実施システム」は,「紛争解決手続き(司法)」,「職務評価システム」,「平等賃金レビュー」の3つの施策からなっています。このうち,私たちのグループが提起した職務評価の実施プロセスについては,「得点要素法」による職務評価システムの策定を含めて,この手順に沿って行えばいろいろな職場や職種で職務評価ができるように,とても具体的な提案になっています。

浅倉 労働法グループは,残りの2つについての提案をしました。1つは,紛争解決システムに,職務の価値評価をする独立専門家制度を組み込むことです。女性や非正規労働者から,同一価値労働同一賃金原則に違反しているという訴えがあったとき,裁判所や審判所が,独立の専門家に,申立人と比較対象者の労働が同一価値かどうかを評価してもらえる制度です。実際にイギリスでは,このようなことが実施されています。
 2つ目は,「平等賃金レビュー」という制度の提案です。企業ごとに,男女間,正規・非正規の労働者間の賃金格差を縮小するために,同一価値の労働者の賃金を比較して,格差を発見して,それを縮小するプログラムを作って,実施するというシステムです。これも具体的にイギリスで実施されているものです。

研究プロセスでの苦労

浅倉 社会政策グループは,職務評価システムについての研究を進めるうえで,どんな苦労がありましたか。

 私たちは,看護師,施設介護職員,ホームヘルパー,診療放射線技師を対象とした医療・介護サービス職と,スーパーマーケットの正規,役付きパート,一般パートからなる販売・加工職を対象に,アンケート調査とインタビューによって職務分析・職務分類・職務評価を実施しました。苦労してみんなで一番知恵を絞ったのは,それぞれの職種の職務評価システムの策定ですね。職務評価ファクターに何を設定するかとか,職務評価点のウェイトをどうするかとか,人間関係が悪くなるくらい,喧々諤々,議論しました。公正な職務評価システムをつくるためには,対象職種の職務内容を理解することがとても重要なので,当事者ではない私たちが職務を記述するためには職場の担当者から詳細に聴き取る以外にない訳で,真夏の暑い最中をインタビューに回ったのは大変でした。
 今後,いろいろな職種で職務評価が行われていくと思いますが,この苦労を少しでも割愛できるように,第10章で提示したのが「職務評価システムの基本モデル」です。第10章を執筆して,日本の職務評価研究も,海外の研究や実践を紹介するレベルは終わって,独自に構築していく段階に至ったと考えています。

浅倉 たしかに社会政策グループでは,職務評価実践について,すごい議論をしていましたね。私たち労働法グループも,職務評価と関わるイギリスの判例を読んで勉強しましたが,判例だけではどこまで賃金の実際について理解できたのか,限界を感じました。そこで,私たちは,2007年9月にイギリスに調査に行って,8か所の機関や個人についてインタビューをしました。インタビューのとりまとめについては,すでに2008年に,労働法の専門誌に公表したところです。
 有斐閣に原稿を提出する直前になって,大変だったのは,2010年6月に,イギリスで,これまでの同一賃金法や性差別禁止法も含むあらゆる平等関連立法を統合する新しい法律(2010年平等法)ができたことです。イギリス研究では,大きな転換期と遭遇したわけです。内容的に大きな変化があったわけではないのですが,本書は,いったいどちらの立法に基づく書き方にすべきか,迷いました。結局,本書の第Ⅱ部では,新法と旧法の混合のような書き方になりました。この点は,今でも,もう少し別のやり方があったのかどうか検討したい点として,残っています。

日本でこの原則を実施するために

 本書の出版は一区切りですが,日本の同一価値労働同一賃金政策を前進させるために,私たちは本書を持って,厚生労働省はじめ政府の関係部局,労働組合のナショナルセンターや産別労組等々を行脚して,提案した「実施システム」をアピールする必要がありますね。「第三次男女共同参画基本計画」や厚生労働省の「職務分析・職務評価実施マニュアル」と積極的に関わったアピールが重要です。もう1つは,ホームヘルパーさんや,スーパーマーケットのパートさんたちに,この原則によれば支払われるべき「公平な賃金」は幾らくらいになるかを説明して,正規・非正規間の賃金格差解消の運動をもっと活発にしたいです。

浅倉 厚生労働省では,研究会をたちあげて,ちょうどパート法の見直しを始めたところですから,そこに私たちの今回の研究が少しでも反映されるとよいなあと,思っています。労働法の立場からいうと,法制度として,独立専門家の制度や平等賃金レビューが,日本でも実施されることを願っています。しかし同時に,ともかく日本で,この同一価値労働同一賃金原則の実施が不可能ではない,ということを,個々の企業内部で実践してみることが,まず第一歩のようにも思います。そう思って,あちこちでこの本の話をすると,「職務評価を実施してみることは重要だけど,ひどく大変そう」という感想が帰ってきます。これからは,社会政策グループが苦労した結果をとりまとめて提示した,第10章の「職務評価システムの基本モデル」を,できるだけやさしく,実践してみるような機会をもちたいですね。

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