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2011年5月30日 (月)

著者より:『比較制度分析・入門』 「書斎の窓」に掲載

163645_2中林真幸・石黒真吾/編
『比較制度分析・入門』

2010年12月刊
→書籍情報はこちら

pen編者の中林先生・石黒先生が,本書の刊行にあたって『書斎の窓』(2011年5月号)にお寄せくださいましたエッセイを,以下に転載いたします。

◆道具としての「比較制度分析」
=中林真幸(なかばやし・まさき,東京大学社会科学研究所准教授)
=石黒真吾(いしぐろ ・しんご,大阪大学大学院経済学研究科教授)

1 「比較制度分析」

人々が互いの性質を熟知しており,かつ,互いの行動を完全に観察できる世界,すなわち,情報の非対称性が存在しない世界においては,人々の自由な取引を保障することによって最適な資源配分が実現される。他方で,情報の非対称性が存在し,したがって騙し合いが可能な現実世界において,この最善解が達成されることはない。しかし,正直者が馬鹿を見る状況を根絶することはできなくても,より少なくすることはできる。正直者が損失を被る余地をなるべく小さくする,よりましな次善解を求めて,人々はよりましな国家を建設し,よりましな企業を設立しようと努力してきた。

非対称情報から生じる問題は,情報の質や,非対称状況を作り出す技術的な条件に応じて異なる。したがって,人々は,自身の属する社会の文脈に応じて,市場取引を統治する国家のあり方を工夫し,また,雇用関係を統治する企業のあり方を工夫してきた。大雑把に分けて,市場取引を統治する工夫を制度,雇用関係をはじめとする市場以外の取引統治の仕組みを組織と呼ぶが,よりましな次善解としての制度や組織は,その社会の歴史的な文脈におうじて異なりうるわけである。

ある水準の効率性を実現する制度はひとつであるとは限らない。その社会が置かれている技術的な条件や歴史的な経路によって,様々な制度が同程度の効率性を実現することがありうる。そうした多様な次善解としての現実の経済制度を厳密に比較する枠組みとして登場してきたのが,青木昌彦氏が80年代後半より提唱してきた「比較制度分析」という考え方である。経済学に端を発したこの考え方は,今では,経済学のみならず,法学や政治学においても参照される枠組となっている。

本書は,この「比較制度分析」という考え方の要点を学び,基本的な分析道具を身につけ,その道具を使って現実の事例を読み解く作業を1冊で体験してもらうことを目的に編まれた教科書である。

2 刊行の経緯

本書は有斐閣側が主導して立ち上げてくださった企画である。当時,大阪大学大学院経済学研究科に勤務していた中林が,2004年10月に開催された経営史学会に出席した折り,懇親会場にて,当時常務取締役をされていた伊東晋氏および書籍編集第二部の藤田裕子氏とでしばし立ち話となった。その際に,伊東氏が,いずれ学部向けの「比較制度分析」の教科書を作りたいと話されていたと,中林は記憶している。その後,伊東氏と藤田氏より,企画を本格的に考えたいとの希望をいただいて,石黒も交えて構想を組み立てることになった。

その過程で石黒と中林が強く提案したのは,編者を伊藤秀史氏(本書第6章執筆)にお願いすることであった。契約理論の専門家としての輝かしい業績と,契約理論研究会(CTW, http://www.ritsumei.ac.jp/~kazhori/ctw-j.html)の活動においても遺憾なく発揮されている教育力を併せ持ち,かつ,「比較制度分析」を提唱する青木昌彦氏と若い頃から交流を持っている。学部生に届く比較制度分析の教科書を作るとすれば,その編者は伊藤氏を措いて他にはない。私たちはそう考えたのである。

しかし,多忙を極める伊藤氏はついに承諾しなかった。一橋大学で開かれた東日本契約理論研究会(CTWE, http://obata.misc.hit-u.ac.jp)の後,相当に酔われたところを狙って2人で説得しようと試みたが,かなわなかった。伊藤氏に断られた責任をとる形で,学問的世代としては青木氏から数えて3世代に跨る企画の編集を,ほぼ最後尾に位置する石黒と中林が担当することになった。

3 「比較制度分析」を語るということ

編者として『比較制度分析・入門』を編むからには,「比較制度分析」という分野,あるいは考え方をどう捉えるかを,考え直さなければならない。石黒も中林も,それぞれ,応用ミクロ経済学と経済史学という分野において,「比較制度分析」に関わる研究と教育に携わってきたが,青木昌彦氏が提唱された「比較制度分析」を全体としてどう理解するのか,常に自覚的であったわけでは必ずしもなかった。

「比較制度分析」として語られてきた研究には,大きく分けて2つの範疇がある。ひとつは,ゲーム理論を軸に古今東西の社会科学的な知を再解釈することを通じて,現実の多様な経済制度を分析する新しい見方を提案するとともにそれを彫琢する営みである。経済学的な哲学と言ってもよいかもしれない。青木昌彦氏のToward a Comparative Institutional Analysis (Cambridge, MA: The MIT, 2001(瀧澤弘和・谷口和弘訳『比較制度分析に向けて』NTT出版,2001年))がその代表作である。もうひとつは,古典的なゲーム理論や契約理論を用いて現実に存在する経済制度を分析する実証研究と,実証研究への応用を志向した理論研究である。Aoki(2001)に引用されている膨大な実証研究や,青木氏自身のInformation, incentives, and bargaining in the Japanese economy (Cambridge: Cambrdige University Press, 1989(永易浩一訳『日本経済の制度分析――情報・インセンティブ・交渉ゲーム――』筑摩書房,1992年))における日米企業統治の比較分析などが含まれる。これら2つを合わせたものが,「比較制度分析」という考え方であり,乱暴にまとめるならば,ゲーム理論という方法的な背骨を持った,経済学的な教養の体系とも言えよう。

要するに, 「比較制度分析」という考え方は,多様で,しかも日々変わりゆく経済の現実を見通すしなやかな知性と,直面する具体的な問題を厳密に分析する枠組みの双方を志向しているわけだが,実は,これらは,経済学部の教育が担っている役割の両輪でもある。

教養科目や「経済学説史」といった,物の見方を大局的に捉える諸科目は前者を扱うことを,理論科目は後者のうち分析道具の習得を,「現代日本経済」や「経済史」といった生の現実を扱う諸科目は後者のうち分析の成果を扱うことが期待されている。経済学部全体としては,教養の構築と,分析道具の修得と,分析道具の応用を体系的に提供している,ことになっている。

しかしその体系が実際に学生に届いているかどうかは,また別の話である。学生の側からは,あたかも高等学校の数学と社会が別科目であるように,経済学部における理論と応用は別物であるように見えていることが多い。分析道具の修得とその応用とを自己完結的に教える科目が,労働経済学などごく一部の科目に限られているからである。

学問的な姿勢として,教養と道具,道具と応用を分断しないことを信条とする「比較制度分析」を,学部教育において語ること。それは,数少ない自己完結的な授業をひとつ増やすということであり,教科書もそれに即したものでなければならない。

4 「比較制度分析」の教科書

当時,大阪大学経済学部においては,「比較制度分析」の理論に相当する授業は,石黒の担当する選択必修科目「応用ミクロ経済」として開講されており,応用に相当する授業は,石田潤一郎氏(本書第9章執筆)の担当する選択必修科目「現代日本経済」として開講されていたほか,中林が随時担当する選択必修科目「各論(近代日本経済史)」において講じられていた。本書の編集にあたっても,「応用ミクロ経済」,「現代日本経済」,「各論」,「特殊講義」といった,選択必修科目もしくは選択科目において用いられることを念頭に置いた。

取り扱う理論的な道具立ては,古典的な繰り返しゲーム理論と契約理論に限ることとした。学部生に,経済学が使えることを実感してもらえるには,厳選された内容を徹底的に学ぶ構成が望ましいと考えたからである。

5 数学の取り扱い

編集に当たり,編者の2人が最も真剣に悩んだことのひとつが,数学の取り扱いであった。経済学のように演繹的に考える学問は,数学で処理できることは数学で処理する方がわかりやすい。

そこで,高校で多少なりとも数学をかじった学生が,他の本を参照することなく,自己完結的に読み通せることを執筆の基準とした。手本として念頭に置いていたのは,西村和彦『ミクロ経済学』(東洋経済新報社)である。高校の数学の教科書から経済学へと直接に導いてくれるこの教科書に,お世話になった経済学徒は多いのではないだろうか。西村ミクロをさらに易しくした上で,紙幅が増えることをいとわずに計算の展開も一切省略せずに載せる。そのあたりを狙うことにした。

寄稿者の諸氏には再三にわたって計算注の追加をお願いすることになったが,結果として,手を動かしながら愚直に読み進めば,他の本の助けを借りずに読破できる本になったのではないかと思う。

6 授業でお使いいただける先生方へ

「比較制度分析」という考え方を概観する第Ⅰ部(第1~3章)は肩の力を抜いて読み,繰り返しゲーム理論と契約理論を学ぶ第Ⅱ部(第4~6章)は,本文,練習問題合わせて1行たりとも残さずに厳密に理解しつつ読み,第Ⅱ部を応用する第Ⅲ部(第7~14章)は興味を引かれた章とその練習問題を熟読玩味してもらう。編者が読者となる学生に勧めたいのはそうした読み方である。

したがって,半期1駒2単位の授業でお使いいただける場合には,第Ⅰ部を手早く終わらせて,第Ⅱ部に大部分の時間を割き,第Ⅲ部については,1,2章を取り扱われるなり,自宅学習の課題にするといった扱いをお考えいただければと思う。4単位の授業,あるいは演習等でお使いいただける場合には,全ての章を本気で読ませるような授業を構成していただいてもいいかもしれない。

手探りで始めた試みでもあり,改善の余地は多々,残されていると思われる。手にとっていただいた方からの忌憚のない御批判,御教示を請いたい。

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