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2011年4月 6日 (水)

著者より:『現代アメリカ』 「書斎の窓」4月号に掲載

124196_3渡辺 靖 (慶應義塾大学教授)/編

『現代アメリカ』

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編者の渡辺靖先生が『書斎の窓』(2011年4月号)に寄稿されたエッセイ「一番伝えたいアメリカを平易に――『現代アメリカ』刊行にいたるまで」の全文をお読みいただけます。





◆一番伝えたいアメリカを平易に――『現代アメリカ』刊行にいたるまで◆

                               渡 辺  靖

●自由かつ大胆な執筆者の人選

このたび有斐閣アルマシリーズの一環として編著『現代アメリカ』を上梓できたことを嬉しく思います。振り返ってみれば、2008年12月に編集部から一通の手紙をいただいたのがご縁の始まりでした。当時はアメリカ史上初のアフリカ系大統領が誕生した高揚感が日本国内にも漂っており、オバマ大統領のスピーチ本が次々とベストセラーになっていました。歴史の大きな分岐点となった2008年という年に、編集部が現代アメリカに関する入門書の出版を企画したのは極めてタイムリーだったと思います。

ただ、その大切な企画を私のところに持ってきたのが間違いでした。まず私は現代アメリカという複雑系を俯瞰できるほどの知識や素養をまるで持ち合わせていません。加えて、私は日本の学部を卒業した後、日本の大学院や研究所には籍を置くことなく、直ちにアメリカの大学院に進学したため、日本のアメリカ研究者との付き合いは極めて限定的でした。そんなわけで、すぐに私が考えたことは、「この企画は相当数の執筆者の方々のご協力をいただかなければ無理だ」ということと、「徒弟関係や友人関係などには一切捕われず、自由かつ大胆に人選をさせていただこう」ということでした。

前者については、執筆者の数が多くなる分、トピックごとにきめ細やかな記述が可能になるというメリットがある反面、共著の常(?)として原稿の遅延というリスクをより高い確率で背負い込むことになりました。ただ、結果から言えば、13人の執筆者全員から最終締め切りまでに原稿を拝受し、当初の予定通りに刊行することができました。私以外の執筆者がそれぞれの分野の最前線でご活躍の方々ばかりであることを考えると、これは「奇跡」といっても過言ではなく、編者としてはただただ感謝あるのみです。

後者の「自由かつ大胆に人選」というのは、本書の大きな特徴の一つではないかと密かに自負しています。もしも私が日本の大学院で、然るべき大御所の先生の指導を仰いでいたのであれば、今回のような人選は難しかったかもしれません。とりわけ「有斐閣」という伝統と格式ある出版社の教科書となれば、尚の事、気心が知れている先輩後輩や友人を選ぶインセンティブが強く働いたかもしれません。もちろん、共著編集のあり方としてそうした手法は十分にありだとは思いますが、私自身はむしろその弊害を懸念していました。

さらに言えば、私はアメリカ研究者がアメリカをよく理解しているとは必ずしも考えていませんでした。「アメリカばかりを見ていると、かえってアメリカが見えにくくなるのではないか」という疑念を捨てきれないのです。確かにアメリカ研究者は専門的な知識を有していますし、アメリカの大学で研鑽を積まれた方も山ほどいます。ただ、どこかで自らのアメリカ理解を相対化する場がないと、アメリカの事しか語れない「アメリカ馬鹿」(ある著名ジャーナリストの言葉)になってしまったり、実は、肝心のアメリカすら理解できなくなる逆説に陥る気がしてならないのです。こうした不遜な感覚を抱いてしまうのは、私のそもそもの専門が文化人類学という他者理解にとりわけ敏感な分野ゆえかもしれません。

というわけで、執筆者の人選にあたっては、アメリカ学会に所属していないものの、それぞれの専門的見地から新鮮な視点や知見を与えてくださりそうな方々――宇野重規(政治思想史・政治哲学)、土居丈朗(財政学、公共経済学)、小林慶一郎(マクロ経済学、経済成長理論)、藤原聖子(比較宗教学)、山下範久(歴史社会学、世界システム論)の各先生――にも声をかけさせていただき、幸運なことに、皆さんにご快諾いただきました。

●入門書としての到達目標

入門書としての『現代アメリカ』の理解到達目標をどこに据えるかについては、打ち合わせの早い段階で、比較的簡単に決まりました。それは「この教科書を読み終えれば、新聞やテレビのアメリカ報道の背景がだいたい分かる」というものです。メディアからは「保守」や「リベラル」、「共和党」や「民主党」、「小さな政府」や「大きな政府」といった用語がごくあたり前に流れてきますが、学生の多くは、こうした前提知識の段階で理解に窮してしまうようです。とくに近年は高校で世界史を履修していない学生も多いようですし、履修していたとしても第二次世界大戦のあたりまでで授業が終わってしまったり、「現代史は入試に出ない」という噂(?)もあるようで、現代アメリカに対する知識は、時事報道における比重の大きさとは裏腹に、非常に乏しい印象を受けます。そうした学生が日々のアメリカ報道の背景をおおよそ理解できるようになれば、入門書しては成功と考えたわけです。

その目標達成のために必要な章については最重要と思われる13トピックに絞り込みました。「13」という数字には意味があり、大学の一学期の授業回数にほぼ相当します。つまり一回の授業につき一つのトピック=章を扱ってくだされば、半年で基礎が習得可能という想定です。第1章から読み始める必要はなく、授業の趣旨や展開に合わせて、どの章からも入ることができるようにしています。

具体的な章構成は以下の通りです。

第Ⅰ部 アメリカの政治

  第1章 「アメリカ民主主義」 の原動力 (宇野重規)
  
  第2章 アメリカ流 「保守」 と 「リベラル」 の対立軸 (中山俊宏)

  第3章 「アメリカ大統領」 はどれだけ強大な存在か? (待鳥聡史)

第Ⅱ部 アメリカの経済
  
  第4章 アメリカの経済政策と経済学 (土居丈朗)

  第5章 アメリカ経済をめぐる3つの疑問 (小林慶一郎)

第Ⅲ部 アメリカの社会・文化

  第6章 「多様性の中の統一」 は可能か? (渡辺 靖)
  
  第7章 「日系アメリカ人」 の歴史 (東 栄一郎)

  第8章 「宗教」 に現れるアメリカの特徴 (藤原聖子)

  第9章 「ジェンダー」 に見るアメリカの諸相 (新田啓子)

  第10章 「アメリカ文化」 のダイナミズム (生井英考)

第Ⅳ部 アメリカの外交

  第11章 「アメリカ外交」 はどこに向かうのか? (村田晃嗣)
  
  第12章 アメリカは 「帝国」 か? (山下範久)

  第13章 「日米関係」 とはどのような2国間関係か?  (篠原初枝)  

編集部と頭を悩ましたのは「文化」の扱いです。もちろん第Ⅲ部の「アメリカの社会・文化」でも扱っているのですが、一般的な「文化」イメージでは、文学、映画、絵画、演劇、音楽なども含まれます。それらのジャンルの動向を通して現代アメリカの特徴を抽出することはとても意義深いことですが、こうした「文化」分野は極めて細分化・専門家・分業化が進んでいるようで、1~2人の執筆者だけではカバーすることが厳しいことが分かりました。ただ、同時に、それぞれのジャンルを通底する現代的特徴を考える際、むしろ宗教や人種・民族、ジェンダー、階層といった第Ⅲ部で取り上げた多文化主義に対する理解が、一層不可欠になってきていることも明らかになりました。ですので、本書では、文学や映画や絵画などを専門的に研究する前に必要な、アメリカの社会的背景をまず理解してもらうことを主眼に置きました。アメリカ文化研究の第一人者である生井英考先生に、そのための絶妙な橋渡しとなる章をご寄稿いただけたことは幸いです。

日米関係に関する章についても細心の注意を払いました。とりわけ鳩山政権発足以来、普天間基地の移設問題、尖閣諸島問題、北朝鮮問題などをめぐり日米関係の位相は大きく揺らいでいます。完全に政治的に中立的であることは不可能だとしても、極力、時局に左右されず、バランス感覚に富んだ記述が求められたわけですが、外交史・国際関係史研究の第一人者である篠原初枝先生が見事にその大役を果たしてくださりました。

本書の刊行以来、メディアや商社の方などからも「私がアメリカ駐在になったとき、こんな痒いところに手が届く本があれば良かった」とご高評をいただいたり、大学の教師仲間から「アメリカ研究の基礎が足りない大学院生でも十分使えそうです」との反応が届いているようで、編者としはまさに望外の喜びです。

今どきの学生の特徴や傾向を踏まえて、執筆者の方々には「オープンキャンパスに訪れた高校三年生に、一番伝えたいアメリカを模擬授業で話しているつもりで書いてください」とお願いしました。日頃、学界の最前線で高度な学術論文を数多く発表されている執筆者の方々にとっては、ある意味で酷な注文だったかもしれません。私の周囲の学生たちに草稿に目を通してもらったうえで、半ば嫌われることを覚悟して、繰り返し(執拗に?)書き直しをお願いしたケースも少なくありません。しかし、執筆者の皆さんが最後まで真摯にお付き合いいただいたおかげで、「深い内容を平易に伝える」というアルマシリーズの誇るべきスピリットに一歩でも近づくことができたと思います。図版や写真なども類書には見られないほどふんだんに取り入れ、ビジュアル面を通した理解促進を企図しました。

「最近の学生はアメリカへの関心が低下している」「そもそもアメリカを理解しようという意識がないようだ」とはよく見聞するセリフですが、嘆いてばかりいても始まりません。まずは学生にとってもっとも身近な「いま = 現代」のアメリカ、とりわけ彼らの関心のありそうなトピックをゲートウェイとしながら、より広く深いアメリカ理解へと誘うことができれば幸いですし、編集部ならびに執筆者一同、そのために最善の工夫を凝らした次第です。

(わたなべ・やすし=慶應義塾大学環境情報学部教授)

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