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2011年1月 5日 (水)

著者より:『マーケティング』 「書斎の窓」に連載(第4回)

05373池尾恭一・青木幸弘・南知惠子・井上哲浩/著
『マーケティング』New Liberal Arts Selection

2010年5月刊行
→書籍情報はこちら
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pen  『書斎の窓』(2011年1・2月号)に掲載の,井上哲浩先生による「リレー連載・マーケティングの「いま」をみつめて」 (第4回)「ICTの進展とマーケティング戦略」をお読みいただけます。

                                                                                                         

ICTの進展とマーケティング戦略◆ 
                            井 上 哲 浩

この数年で、また新たなICT(情報通信技術)機器が販売された。iPhoneの3Gが発売されて早や二年であり、巷ではスマートフォン競争が激化しているようである。そしてiPad発売から、半年以上が経過している。興味をもって行方を観察している程度の筆者は、いずれも所有していない。かといって、ICTと無縁ではなく、むしろ二〇年以上も、その便益を享受させて頂いている。さらには一〇年以上も、ICT環境下でのマーケティング戦略をも研究対象とさせて頂いている。そんな筆者からの本稿におけるメッセージは、「本質への回帰」である。

ICTの進展

筆者のICT萌芽期は、パソコン通信やJUNETである。八〇年代半ば当時、エヌ・アイ・エフ株式会社(現、ニフティ株式会社)が運営していたフォーラムなどで、テキストをベースとしたコミュニケーションによるコミュニティが存在しており、その活動はパソコン通信と呼ばれていた。現在のTwitterに、当時のパソコン通信的な側面を懐かしく感じる読者も少なくないのではなかろうか。

JUNETは、日本の大学間のメインフレームコンピュータのネットワークであり、パソコン通信と同じく八〇年代半ばには存在していた。JUNETはまず、東京大学、東京工業大学、そして慶應義塾大学間でネットワークが構築され接続され、その後全国にある大学へと展開されていった。筆者が九二年に留学することになるカリフォルニア大学アンダーソン経営大学院の指導教官であるクーパー教授とデジタル・コミュニケーションを図ったのは、このJUNETが最初である。ちなみにJUNETやその世界版のBITNETなどは、六〇年代後半にカリフォルニア大学ロサンゼルス校とスタンフォード大学間で初めに接続されたARPAネットをベースに稼動したことに端を発している。

自宅のPCからモデム回線でのパソコン通信や、大学の情報処理センターの端末からメインフレームにログオンして活用したJUNETとは異なり、現在の筆者の環境では、四つのCPUを稼働している、何ギガものメモリーそして何テラものハードディスクから構成されるパソコンからFTTH(Fiber To The Home)と呼ばれる高速の光ファイバー接続でWWWやメールサーバーにアクセスしている。ICTは、筆者にとって、いや多くの人にとって欠かすことのできない社会インフラであるインターネット上で、凄まじい早さで進展している。このICTの進展の消費者への影響そしてマーケティング戦略への影響を、それぞれ次に述べよう。

ICTの消費者への影響

『マーケティング』(池尾、青木、南、井上著、有斐閣、二〇一〇年)の大柱の一つは消費者行動であり、情報処理パラダイム視点から、能動的に問題解決する消費者が多くのページで前提となっている。つまり、顧客が製品やサービスを契約したり購入したりするのは、その顧客が直面している問題を解決すると考える。そして、顧客が問題解決するためには情報収集が必要である。

従来の情報源は、店頭、広告やパンフレット、店員や営業担当者であった。しかしICTが進展し、インターネット上の無数のサイトが初めに探索される情報源となっている。ネット上のサイトで収集した情報を確認し補完するために、従来の店頭や営業担当者が相互作用的に活用されているのである。

この情報収集活動は、収集に加えて、情報を統合し、さらには情報処理プロセスの改善や学習を助長するまでに至っている。鍵は、消費者内の相互作用である、情報の比較である。ある企業の製品をその企業のホームページで検索し情報収集し、他の企業の製品に関しても情報収集し、顧客が店頭や営業担当者に聞かなくても、消費者自身で比較することができるようになった。そして、シミュレーション的性質を保有する比較ステップを通じて、消費者の学習速度は助長されるのである。このステップを支援すべく、インターネット上では製品やサービス比較に加えて、価格も比較できるサイトが存在するようになってきた。その結果、事前にインターネット上で態度を形成し、そして価格比較サイトで選択対象の製品やサービスを最安値で提供する電子商取引サイトを決定し発注する、あるいは最安値で提供するお店に出向し購買する、というインターネット上で大部分の購買行動が完結する場合が生じるようになった。

加えて、消費者間の相互作用も鍵である。自分自身の情報収集の結果や、比較という情報統合の結果や、実際の電子商取引サイトでの経験などを、ブログやSNS(FacebookやMixiなどのソーシャル・ネットワーキング・サービス)、直接比較サイトなどで発信する消費者が誕生し、そして一消費者の情報を多数の消費者が閲覧することで、小さなメディア程度の影響を与える消費者が出現してきた。この種の消費者は、製品開発やコミュニケーションの側面で、プロシューマーやインフルエンサーと呼ばれている。

ICTの進展により生じた消費者内そして消費者間の相互作用により、消費者の情報処理プロセスそして行動は、企業サイドからの独立性が強まった自律性が支援されるように変化してきている。

ICTのマーケティング戦略への影響

マーケティング戦略は、4P(製品Product、価格Price、チャネルPlace、コミュニケーションPromotion)と呼ばれるマーケティング・ミックス計画が中心となる。これら4P全てにICTは大きな影響を与えている。

製品戦略における一つの変化は、消費者参加型の開発である。上述の「プロフェッショナル:専門的」という語と「コンシューマ:消費者」という語が合成された「プロシューマ」と呼ばれる、専門的な高い知識を保有する消費者が出現し、顧客であるプロシューマと企業が、積極的な相互作用を通じて製品を開発するという、従来になかった新しい製品開発の方法が創出された。あるパソコンの主要オペレーティング・ソフトの開発では、ベータ版と呼ばれるリリース前のオペレーティング・ソフトをリードユーザーであるプロシューマに配布し、試用してもらい、フィードバックを得るという積極的な相互作用の仕組みを通じて、製品改良に反映し、最終的なリリース版を開発し市場に導入するという試みを行っている。

プロシューマのようなハイエンド顧客にアプローチする以外にも、普通の消費者が会員となっているSNSを活用し、プロシューマでない一般会員から商品のアイデアを募集し、企業がそのアイデアを採用し商品開発する例もある。エースコック社は、ミクシィで二〇〇七年六月に公募し、同年一二月に二種類の商品を発売しており、更に第二弾を二〇〇八年四月に行っている。

その他、良品計画やエレファントデザイン社のような非製造業が、開発して欲しい商品のアイデアを消費者から募集し、そのアイデアに対してある程度の数の消費者の賛同を得れば、同社が仲介役となって製造業者を探し、適切な製造業者に製品開発を依頼し、同社のサイトで開発商品を販売する場合もある。

流通戦略において、興味深いのは本来の商流や物流ではなく、情報流にある、と筆者は考えている。確かに、電子商取引の成長により、インターネットを介しての商流や物流が増加しているが、これらは商流や物流に関わる課業の効率化に過ぎず、より興味深いのは情報流が増加したことによって出現した新たな業態、「情報中間業=インフォメディエーション」である。

中間業者の本質は、売り手と買い手の間にたつ需給整合であり、情報を活用しての物流や商流を伴うマッチングであった。しかしながら情報中間業は、情報のみを活用し中間業者として存在し、消費者に対してのみ情報を提供するわけでなく、製造業者に対しても、中間業者に対しても、情報を提供する、すなわち全ての流通チャネル構成メンバーに対して情報を提供し、流通効率性を高めているのである。最たる例が、価格.COM(http://kakaku.com/)である。価格.COMでは、所有権フローを伴う売買は行われない。物的フローを伴う物流も発生しない。存在するのは情報流のみである。

価格戦略の側面において、ICTが影響を与えた技術の一つが電子マネーである。電子マネーにより、消費自体が拡大されている兆候も垣間見ることができる。交通系や流通系の電子マネーの便利さは一例である。また厳密には電子マネーではないが、銀聯を用いて日本の大都市で買物している中国人観光客も一例である。

コミュニケーション戦略では、メディアとしてのインターネットをまず取り上げるべきであろう。二〇〇四年にインターネット広告費がラジオ広告費を抜き、二〇〇七年には六〇〇〇億円に達した市場規模は、雑誌広告費を抜き、二〇一〇年には新聞広告費に肉薄するまでに成長して、第三番目のマス媒体としてインターネット広告は成長するに至っている。そしてこのインターネット広告市場の成長とともに、クロスメディア戦略という概念が台頭してきた。クロスメディア戦略には明確な定義が確立されていないが、多様なメディアを相互に活用したコミュニケーション戦略であり、多様化するメディアを活用したコミュニケーション戦略が重要になってきた。

ICT進展下でのマーケティング戦略への警鐘

非常に大きな可能性をマーケティング戦略に提供するICTであるが、あえて警鐘を二つならしてみたい。第一に、ICTにより世の中に流通している情報量はかつてないほどに増加した。受け手である消費者において、情報過負荷が生じていることは明らかであろう。これまで以上にメディアに対して「ながら」接触が多いこと、ナンバーワンやランキング情報といった「要約情報」の効果が増加していること、マスメディアをベースとする情報よりクチコミなどの「パーソナルなメディア」に注視して「信頼性があると思われる」情報が収集されていること、などいずれも情報過負荷を原因とする現象であると考えている。「消費者は成熟している」「消費者は感性的に購買している」といった側面は、実はこの過負荷に因する対応行動かもしれないのである。

第二に、マーケティング活動の効果測定の重要性である。「インターネット広告は効果がある」「インターネット広告は費用対効果が高い」という評価も少なくない。ただここでの効果が、閉じた効果、すなわちサイト誘導率やサイト滞在時間といったインターネット内での効果であるならば、ある意味、当然の結果として過剰に評価すべきでない。ヴァーチャルの場は、リアルの場とインタラクションはあるが、独立の場であり、インターネットに基づくマーケティング活動は閉じたヴァーチャル場で効果があるのは当然である。

しかしながら、ICTがマーケティング戦略に大きな可能性を与えている、そして与えていくことは間違いなく、ICTに踊らされることなく、マーケティング・マネージャが、ICTのマーケティング戦略への有効性を確認し、ICTの効率性を勘案して、ICTを活用することこそが本質である、と考える。

(井上哲浩:いのうえ・あきひろ=慶應義塾大学大学院経営管理研究科教授)

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