『入門・日本経済』第6章(労働) 練習問題解答
1 1980年代の日本の大企業には,企業が費用のすべてを負担して社員を海外の大学院に留学させるという制度をもっている企業も少なくなかった。ところが,最近はそうした制度を廃止する企業も増えている。その理由を考えよ。
(解答例) 大学院で習得されるスキルは,どの企業で働いても発揮できる一般的なものであろう。その場合は,企業特殊的人的資本と異なり,企業がその費用を負担するインセンティブは弱い。一般的技能であれば,訓練費用を負担していない他の企業においても,その技能は同様に役立つので,企業が大学院から戻ってきた労働者にその貢献度より低い賃金を支払って投資の収益を回収しようとしても,他の企業に引き抜かれてしまう可能性が高いからである。ただし,たとえば労働市場が競争的でなく転職機会が乏しい場合には,引き抜かれる可能性が低いため,企業にとっても一般的人的投資を行う動機が生まれる。最近になって従業員を大学院留学させる企業が減っている背景には,以前に比べて中途採用市場が活発化し,従業員が転職しやすくなり,企業が一般的人的投資をしても,その収益を回収しにくくなっていることが考えられる。
2 本章では女性が就業するかどうか,すなわち就業選択の決定プロセスについて論じたが,同じような考え方に基づいて,今後日本の高齢者の就業選択に影響を与えるであろう要因とその影響について考えよ。たとえば,公的年金支給開始年齢の引き上げ,資産ストックの動向,余暇への選好,成果主義の導入などはどうか。
(解答例) 公的年金支給開始年齢の引き上げは,所得へのニーズを拡大させ,就業の便益を高めることから,高齢者の就業を促進させる方向へと働くであろう。一方,資産ストックの蓄積は今後ますます高まる傾向にあり,これによって働かなくとも資産を取り崩すことで生計をたてることが可能な人々も増えるであろう。趣味や社会活動などに時間を費やすことを楽しむ,他人を介護する必要性が生じるなど,働かない時間(余暇)に高い価値を見出す高齢者が増えれば,高齢者全体の就業意欲は低下する可能性がある。また,その時々の業績に応じて給与が支払われる成果主義が多くの企業で導入され,その結果,給与が低下する,あるいは業績を厳しく査定されることへの苦痛が高まれば,それは高齢者の就業意欲を減退させるであろう。だが,成果主義の導入によって,高齢者本人の能力発揮の機会が増えれば,それは高齢者の就業意欲を高める可能性もある。
3 仕事と育児の両立を推進するためには,どのような政策が有効であると思われるか。
(解答例) たとえば,本章で述べたような企業におけるワークライフ・バランスへの取り組みについての先進事例を収集し,その情報を広く公開することや,そうした取り組みに積極的な企業を表彰・認定することを通してその企業の市場での評判の確立を助け,労働市場で有利な立場にさせることなどが考えられる。日本でもすでに「ファミリー・フレンドリー企業表彰」の制度があるが,それを育児との両立策に限定せず,男性も含めた働き方の柔軟化や,男女均等の観点も併せて表彰の対象に拡充すべきであろう。
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