« 著者より:『認知心理学』(NLAS) 「書斎の窓」に掲載 | トップページ | 著者より:『マーケティング』(NLAS) 「書斎の窓」に連載(第2回) »

2010年12月17日 (金)

著者より:『「自尊心」を大切にした高機能自閉症の理解と支援』  「書斎の窓」に掲載

281196別府哲・小島 道生/編
『「自尊心」を大切にした高機能自閉症の理解と支援』

有斐閣選書
2010年06月発行
→書籍情報はこちら
-----------------
pen 著者の別府哲先生が,『書斎の窓』(2010年11月号)に寄稿されたエッセイ「異質な他者、異質な自分を認める」をお読みいただけます。
   

                                              

◆異質な他者、異質な自分を認める◆
                                      別 府  哲

「社会性バブル」

 最近、「社会性バブル」という言葉を、マスコミで目にする。「社会性」とは、人と関わる際に必要な能力の総称であり、心理学的には対人関係能力と言い換えることもできる。この「社会性」が、バブルのようにどこでも過剰にもてはやされているというのである。

人と関わる力は、それだけ生きる力として大切だということだろうか。私も、「社会性」の重要性それ自体を否定するつもりはない。社会が大きく動き、ものづくり以外の産業がこれだけ闊歩する時代には、人間関係をうまくこなさないと仕事自身が成立しないことも多いのも事実だろう。学生をみていても、教師や人と関わる仕事をめざす者はもちろん、一般企業に就職する場合でも、これまで以上に対人関係能力の高さが大きな評価点となっている印象がある。学生によれば、答えようが無い状態に追い詰められたときにどう振る舞うかが試される「圧迫面接」と呼ばれるものも増えているそうである。厳しい人間関係に屈せず、困難を切り開く力を試しているといわれる。

これは大学の世界でも同じである。昔、自分が教えてもらった大学の先生には、「社会性」はあまり無いようにみえる(そういう自分も、同じように学生にはみられているかもしれない)が、研究はとてもユニークで独創的な人は何人かいた。一方最近は、研究能力の高さだけではだめで、あわせて「社会性」が高い人でないと、評価されない雰囲気が大学内でも強いように思う。

そんな流れに身をまかせる自分が一方でありつつ、ふと振り返ると本当にそれでいいのか?という疑問も湧いてくる。それは、「社会性バブル」と呼ばれる「社会性」の強調は、その一方で、「社会性」の無い(あるいは弱い)人間を排除する論理をあらわしているように思うからである。

子どもたちの世界で―学校教育で

私は、子どもやその家族の相談を受ける仕事もしている。そこでは、子どもの世界の中でも、「社会性」の無い(弱い)子どもを排除する力が、以前よりさらに強くなってきていると感じている。

日本特有な面を持つとされる、いじめ問題の激化はその一つのあらわれだろう。さらに学校教育ではもう一つ次の点を指摘しておきたい。それは、ゆとり教育の導入とともに、評価に「関心・意欲・態度」が加えられたことである。これは当初、それまでの学力による子どもたちの評価・序列化を緩和するものとして期待された。しかし実際には、学力による評価・序列化自身は無くならず、加えて「関心・意欲・態度」すらも評価基準とすることで、評価・序列化がさらに激化したといわれる。実際に現代の日本では、子どもがどれだけ教材に「関心」を示し「意欲」をもって取り組み、それを「態度」に表すかが、評価項目に並び、入試にも一定の影響を及ぼすようになっている。

ここで、「関心・意欲・態度」について考えてみる。教師が研究し考え抜いた教材に、子どもが「関心」を示し「意欲」的に応答すること自体は否定されるものではない。ただそこで問い直すべきなのは、そこでの「関心・意欲・態度」は、本当に子どもの内発的なものなのか?ということである。多くの教師は、子ども自らが内発的にその教材に「関心」を持ち、その結果「意欲」的に学習に取り組むように、意図的・計画的に授業やカリキュラムを仕組んでいく。本来そうあるべきだし、多くの教師、学校がそのために全精力を傾注する姿をよく目にする。しかしそれが評価基準となる場合、それは教師が提示する教材への「関心・意欲・態度」となりやすいことも忘れてはいけない。つまりここでいう「関心・意欲・態度」は子どもの内発的なものではなく、教師が求めるものに素直に従う能力、すなわち教師とうまく関わる「社会性」に転化する危険性を強くもっているのである。

「ハイパーメリトクラシー社会」

東京大学の本田由紀氏は、グローバル化する現代社会において、対人関係を取り結ぶ高度な人間関係力(ここでいう「社会性」)が個人評価や地位配分の基準として重要性を増しているとし、それを「ハイパーメリトクラシー社会」と呼んだ。多様で複雑な対人関係をうまくこなす、強い個人が高く評価されるということだ。これは、現代の学校でみられる子ども社会でも同じだと感じる。

子どもの世界でも、学力やスポーツの力、外見・容姿だけでなく、あるいはそれ以上に、仲間や大人とうまく関わる「社会性」の高低が周囲からの重要な評価基準となっている。しかもそこでは、オンリー・ワンの「自分らしさ」すら、みんなと同じように、そしてみんなに認められる形でそれぞれが持たなければいけないものとなる。それは学校の中での教師との関係で作られるだけではない。子どもたちは、そういった大人との関係をモデルとして、それを自らの仲間関係にも取り込んでいく。数年前に流行ったKYではないが、「空気読めない」「社会性」の弱さは子ども社会を生きる上で致命的な問題となるのである。現代の子どもはそういった人間関係の中で、自らの「社会性」を高め、それで世界の荒波を必死で泳ぎ切ろうとしているといえるのかもしれない。

「社会性」に障害のある子どもたち

今回私たちが上梓した本(別府哲・小島道生(編)『「自尊心」を大切にした高機能自閉症の理解と支援』)でふれた高機能自閉症やアスペルガー症候群という障害は、この「社会性」の障害を最大の特徴とする。しかもこれは脳の機能障害であり、当事者の多くは意識せず「社会性」に沿わない言動をしてしまう。太っている人を見て「あんた、デブだね」と言ったり、冗談がわからず「若い者は飲むのが仕事」と言う上司の言葉を字義通りにとらえ、後で残業手当をもらおうとしたりする。こういった人は頻繁にそういう言動をするため、学校や社会では「変な子(人)」として排除されやすい。関わる側も困ることが多いためか、高機能自閉症のある人に「社会性」を教えるやり方を解説した本が、最近数多く出版されている。

しかしこういった問題の原因は、「社会性」を欠く高機能自閉症のある子どもにある、というだけでいいのだろうか。近年の研究は、高機能自閉症のある人は、「社会性」を持たないのでなく、障害を持たない人とは異なる「社会性」を持つことを示している。問題は両者の「社会性」のずれなのだ。そうなら、障害を持たない人の「社会性」を高機能自閉症の子どもに押し付けることを要求する、現代の学校や社会のあり方に原因の一端を求めるのは、あながち間違ったことでもないだろう。

「自尊心バブル」

「社会性バブル」の中で生きづらさを強めているのは、高機能自閉症のある子どもだけではない。家庭に困難を抱えていたり、運動や学習が苦手だったりする子はもちろん、いついじめられたり仲間から外される立場になるかわからない大多数の子どもも同じである。もっといえば「ハイパーメリトクラシー社会」に生きる大人にもいえることなのだろう。

最近、心理学やそれに関わる本で、自尊心や自尊感情、自己肯定感、自信といった、自尊心と類似したタイトルのついたものも数多く出版されている。「社会性バブル」をもじって「自尊心バブル」とでも呼べそうな状況である。一方これは、それほど声高に叫ばないと「自尊心」が保てない現代の日本社会を反映しているようにも感じる。複雑多様な人間関係を乗り切る「社会性」の強調が、そうできる強い個人と、できない弱い個人を分断し、両者共に精神的に追い詰める。それが、みんなと違う自分も自分であっていいと思える自尊心を持ちにくくさせている。

本来社会は、異質な他者の存在を前提に、そういった他者を認め互いを理解することから出発する。そこで想定される社会性は、複雑で多様な対人関係を自分ひとりで乗り切る力ではない。そうではなく、皆とは違う自分の感性や他者独自の考え方を尊重する力なのである。その意味で強い自立した個人ではなく、弱さを抱えながらも生きる人間がもっと大切にされるべきだと思う。現在こういった力を育む教育実践が各地で展開されている。その一つが、個々人を大多数の人のやり方に合わせ(同化)ようとし、それができなければ集団から排除する「同化・排除」の集団ではなく、異質さを認め合いその上で共同関係を構築する「異質・共同」の集団作りの実践である。「社会性バブル」は、多くの集団がこの「同化・排除」の集団になっている危険性を示している。

子どもの社会は大人の社会を映し出す。私たち大人が身近な人と互いの異質さを認める関係を作ること。それが子どもを「社会性バブル」から守り自尊心をもう一度回復させる力になるのかもしれない。そのために、私たちがまず自分の異質さを振り返ることから始めるのも、あながち無駄ではないと思うのである。

(別府哲:べっぷ・さとし=岐阜大学教育学部教授)

« 著者より:『認知心理学』(NLAS) 「書斎の窓」に掲載 | トップページ | 著者より:『マーケティング』(NLAS) 「書斎の窓」に連載(第2回) »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/198678/50324762

この記事へのトラックバック一覧です: 著者より:『「自尊心」を大切にした高機能自閉症の理解と支援』  「書斎の窓」に掲載:

« 著者より:『認知心理学』(NLAS) 「書斎の窓」に掲載 | トップページ | 著者より:『マーケティング』(NLAS) 「書斎の窓」に連載(第2回) »

twitter

サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想

Google+1

  • Google+1