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2010年12月17日 (金)

著者より:『認知心理学』(NLAS) 「書斎の窓」に掲載

053748箱田裕司・都築誉史・川畑秀明・萩原滋/著
『認知心理学』
New Liberal Arts Selection
2010年6月刊
→書籍情報はこちら
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pen  著者の箱田裕司先生が,『書斎の窓』(2010年11月号)に寄稿されたエッセイ「新しい心理学登場の革命前夜か?--『認知心理学』の執筆を通じて感じたこと」をお読みいただけます。                                                          

                                   

◆「新しい心理学登場の革命前夜か?--『認知心理学』の執筆を通じて感じたこと」◆

                                        箱 田 裕 司

このたび、都築誉史、川畑秀明、萩原滋の諸氏と『認知心理学』を有斐閣より刊行することになった。認知心理学のテキストとしては五〇〇ページを超える大部のもので、認知心理学の基礎知識と言うべきものは必ず入れるとともに、最近の新たな動きや応用的展開についてはできるだけ盛り込んだつもりである。

本書の執筆を通じて認知心理学について感じたことをここでは紹介したい。

 認知心理学の最近の展開を特徴づけるならば、次の三つを挙げることができよう。
  ①実験室研究から日常文脈での研究へ
  ②知の研究から情の研究へ
  ③関連諸科学との交流・融合

①実験室研究から日常文脈での研究へ

一九六〇、七〇年代の研究は実験室研究が中心であった。例をあげるならば、瞬間的に出された多くの情報はその一部しか報告できないのはなぜか、その問題に部分報告法という独創的なやり方で取り組み、結果として、非常に短い間は呈示されたほとんどの情報は失われずに保存している段階、すなわち視覚情報貯蔵(その後、アイコニックストア、感覚記憶などと呼ばれる)が存在することを証明したスパーリング(Sperling, 1960)の研究に代表されるような研究が主流であった。しかし、このような実験室研究では日常の生活を送る人々の心は理解できない。実験室研究よりも日常文脈での認知を研究すべきだと警鐘を鳴らしたのが、ナイサー(Neisser, 1976)である。「情報処理の研究はそれなりの勢いと人気を得てはいるが、いまだに実験室の枠を超えて適用され得るような人間性についてのいかなる概念をも約束してはいない。……日常世界における人々の行動やその世界との相互関係についてはまだ何ら説明されていない。……生態学的妥当性を欠いた、文化に注意を払わない、さらに日常生活の中で起こっている知覚や記憶のある種の重要な特徴を見過ごしてすらいるような心理学は、狭くて興味ない特殊な分野になってしまう可能性がある。……」

そしてその後自らが編集した、“Memory Observed”という著書に四四編の論文を掲載し、今後目指すべき認知心理学の方向性を指し示した。その中には、目撃者の記憶、法廷での心理学、顔の記憶、フラッシュバルブメモリ(ショッキングな事件を見聞きした時の状況の記憶)、幼児期の記憶などが含まれる。

このナイサーの警鐘は、その後の三〇年近い間の認知心理学の一つの方向性を決定づけるものであった。この頃から心理学者自身も実験室に籠り、日常の人間の理解から程遠い研究をし続けることに疑問を感じるようになり、大きく研究の潮目が変わることになった。そして今や、心理学が目撃証言や法廷での供述の信ぴょう性について検討するのはあたりまえになった。また日常生活における失敗(スリップス)を研究することはよくなされているし、嘘やだましも認知心理学的観点からアプローチされるようになった(箱田・仁平、二〇〇六)。

②知の研究から情の研究へ

認知心理学の誕生のころからかなり長い間、研究対象は人間の知的働きであり、知覚、記憶、思考の働きが研究者の関心を集めた。しかし、最近、情動、気分、感性など、より人間臭い側面にも研究者の関心が集まるようになった。従来からの古い研究テーマである記憶にしても、情動的場面の記憶、感情状態と記憶の関係などへの関心が高まってきた。また、知能そのものに対する関心は古くからあったが、最近では情動的知能すなわち自分や他者の感情を知る能力、感情を制御する能力についての関心も急速に高まった。特に米国では大きなブームとなり、社員教育にも取り入れられようとしている。このような話題も本書には紹介されている。また従来の視覚研究も外界をどう認識するかということよりもどう感じるのかということに力点を置く、感性認知の研究も盛んになってきた。本書にも絵画の中に描かれた人物の視線、絵画を見る人の視線の話など新しい話題が盛り込まれている。さらに、従来の認知心理学のテキストでは顔の認識や記憶というテーマに比べ、取り上げられることが少なかった表情の認知についても、その異常である「アレキシサイミア」まで含めれば、本書ではかなり紙面を割いて説明をしている。

③関連諸科学との交流・融合

医学、情報科学、法学、工学、経済学など関連諸科学との交流が盛んになってきた。

ある心的現象にどのような仕組みが関与しているのかを考える際に、脳のどこが働いているかという情報はたいへん参考になる。例えば、ADHDという発達障害がある。注意欠陥・多動性障害と訳されている。これらの診断は主として問診等でなされ、客観的測定に基づいた診断法は十分に確立していない。そこで客観的テストとして、ストループ干渉テスト(不適切なインクで描かれた色名語のインクの色と対応する語をチェックする)と逆ストループ干渉テスト(不適切なインクで描かれた色名語の言葉と対応する色パッチをチェックする)を不注意優勢型のADHD患者に実施したところ、ストループ干渉テストでは健常対照群との差は見られないが、逆ストループ干渉テストでは不注意優勢型の患者は大きな干渉を見せることが分かった(Song & Hakoda, 2010)。これをどう解釈するかであるが、f-MRIを用いた脳研究の分野から、ストループよりも逆ストループにおいて、前頭葉に隣接した前帯状皮質をより活動させること、またこの活動が健常者に比べてADHDの患者では弱いことが報告されている。したがって、前帯状皮質の活動を反映する逆ストループ干渉の程度は、ADHDとりわけその不注意優勢型の診断に役立つものという示唆を与える。このように心理学だけでは、現象の意味がよく分からないことも、隣接諸科学の成果を合わせて考えることによって、その意味が分かってくることは珍しくない。

今や、隣接諸科学との交流は考古学にまで拡大している。一九九六年に刊行された、マイズン(Mithen,1996)による、The prehistory of the mindという本がある(邦訳『心の先史時代』(松浦・牧野、一九九八))。これは、考古学者が心の進化について書いたものである。心理学、認知革命の紹介も切れ味のよいものであるが、心の進化を発掘物を通して理解しようという試みが非常に新鮮である。本書にもこのマイズンの「認知進化の聖堂モデル」が紹介されている。人類の心の進化は三つの段階を経てきたとして、個々の一般知能だけからなる段階、次に一般知能が依然として基本にあるが、そこに特化した知能(博物的知能、社会的知能、言語的知能、技術的知能)が加わる第二期、そして一般知能を中心として四つの領域が直結して流動性を増す認知的流動化の第三期を区別する。このような考え方は、発達心理学者、カーミロフ・スミス(Karmiloff-Smith, 1992)の考え方の影響を受けており、これを人類の心の進化に適用しようとしたと思われる。わが国でも認知考古学の立場で研究を行っている研究者も現れている。松本直子氏はその代表的存在であり、本書にもわが国おける認知考古学の展開について紹介している。

今後、心理学はその他の隣接諸科学の力を借りて、あるいは隣接諸科学と融合しながら発展していくものと期待される。ここで一つの疑問が生まれる。これまで心理学には栄枯盛衰の歴史があった。科学哲学者クーン(Kuhn,1970)の言葉を借りれば、これまでの考え方では説明できない変則(anomaly)が蓄積していった結果、科学革命がおこり、まったくあたらしいパラダイムが生まれてきた。ラックマンら(Lachman, Lachman, &  Butterfield, 1979)によれば、行動主義は人間の高度な知的働きについて、説得力のある説明ができなかった。この行き詰まりを根底から変えたのが認知心理学であった。その認知心理学も誕生以来四〇~五〇年は経過する。今は、次の新しい心理学の誕生を待つ革命前夜なのか?

これについて私はそうは思わない。何故かというと、六〇年、七〇年代の認知心理学と今日のそれとを比較するとずいぶん変わってきたと思われるからである。コンピュータサイエンスや脳研究の影響を受け、そして最近は進化心理学の影響を受け、認知心理学はこれが同じパラダイムとは思えないほど自己変革を繰り返してきた。単純な記憶のボックスモデルは、情報のネットワークを仮定するモデルの影響を受け、また神経心理学の知見の影響を受け変貌してきた。進化心理学は認知心理学に、その認知の仕組みは人間が環境に適応し、生き残る上でどのような機能を果たしてきたのか、すなわち「何のためのメカニズムなのか」という重要な問いかけを行い、「領域固有性・一般性」の視点から認知機能の見直しを迫ってきた。

このように、認知心理学の中で絶え間ない変革がなされてきた結果、初期の認知心理学とは様子が一変した。おそらく、今後も認知心理学は周辺諸科学と影響を及ぼしあいながら変貌し、成長していくだろう。しかし、その一方で変わらないものもある。それは、我々研究者が持ち続けている「知とは何か」という容易には答えを見いだせない人間の心への探求心である。それが認知心理学を今後も成長させていくだろう。未知の内なる世界を解明するというわくわくする気持ちを抱きながら。

文献
箱田裕司・仁平義明編著(二〇〇六)『嘘とだましの心理学戦略的なだましからあたたかい嘘まで』有斐閣
Karmiloff-Smith, A.(1992),Beyond Modularity, MIT Press.(小島康次・小林好和(監訳)(一九九七)『人間発達の人間科学精神のモジュール性を超えて』ミネルヴァ書房)
Kuhn, T. S.(1970)The structure of scientific revolutions, University of Chicago Press. (中山茂訳(一九七一)『科学革命の構造』みすず書房)
Lachman, R., Lachman, J. L., & Butterfield, E. C.(1979)Cognitive psychology and information processing : An introduction, Lawrence Erlbaum Associates.(箱田裕司・鈴木光太郎監訳、一九八八『認知心理学と人間の情報処理1、2、3』サイエンス社)
Mithen, S.(1996)The prehistory of the mind: A search for the origins of art, religion and science, Thames and Hudson.(松浦俊輔・牧野美佐緒訳(一九九八)『心の先史時代』青土社)
Neisser,U.(1976)Cognition and reality: Principles and implications of cognitive psychology, W. H. Freeman and Company.(古崎敬・村瀬旻訳(一九七八)『認知の構図』サイエンス社)
Song, Y., & Hakoda, Y. (Inpress)An Asymmetric Stroop/reverse-Stroop interference phenomenon in ADHD, Journal of Attention Disorders. [DOI:10.1177/1087054710367607]
Sperling, G. (1960) The information that is available in brief visual presentation, Psychological Monographs, 74, 1-29.

(箱田裕司:はこだ・ゆうじ=九州大学大学院人間環境学研究院教授)

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