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2010年12月17日 (金)

著者より:『マーケティング』(NLAS) 「書斎の窓」に連載(第2回)

05373池尾恭一・青木幸弘・南知惠子・井上哲浩/著
『マーケティング』New Liberal Arts Selection

2010年5月刊行
→書籍情報はこちら
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  『書斎の窓』(11月号)に掲載の、青木幸弘先生による「リレー連載・マーケティングの「いま」をみつめて」 (第2回)「脱コモディティ化と顧客価値のデザイン」をお読みいただけます。

                                                                                                                                 

◆脱コモディティ化と顧客価値のデザイン◆

                                      青 木 幸 弘

あるブランド構築が果たす役割について、脱コモディティ化と顧客価値のデザインという観点から考えてみよう。

価値獲得の三条件とブランド構築

企業の提供物が製品であれ、サービスであれ、顧客が価値を認めるものを、利益の出るコストで生産し販売できなければ、企業は存続できない。また、市場には数多くの競合が存在するため、その提供物に際立った特徴を持たせるための差別化を行う必要がある。そして、そこで生み出された差別性に対して、顧客が付加的な対価を支払う用意がなければならない。すなわち、企業が行う差別化によって、顧客の支払意向額(WTP: willingness to pay)が高まること、これが価値獲得の条件となる。

これらを整理すれば、①自社に差別化を実現するモノづくりの能力があり(モノづくりの組織能力)、②その差別化が競合に対して優位性を持ち(持続的な競争優位と独自性)、③その差別性に顧客が価値を認め対価を支払ってくれる(顧客への価値伝達)、という価値獲得のための三条件が導かれる。

従来、この三条件のうち、①はMOT(技術経営論)やイノベーション論の研究テーマであり、②は戦略論で議論され、そして、③はマーケティング論が扱うというように、それぞれ別個に議論される状況にあった。しかしながら、「モノづくり」を「価値づくり」へと発展させていくことの重要性が指摘されている現在、それらの議論を総合していく必要がある。その際、これらの議論の結節点となるのが、企業の内外に向けた価値伝達の要となるブランド構築の問題である。そして、「良きモノづくり」をベースに、いかに「強いブランド」を構築するかは、今日のブランド戦略論の基本的テーマでもある。

コモディティ化のメカニズム

さて、ある企業が、さまざまな差別化に取り組み、競争優位性を築こうと努力しても、競合他社は、絶えず追随して模倣や同質化を試みてくるであろう。その結果、やがて差別性が失われて際限のない価格競争に巻き込まれ、利益率は低下していくことになる。こうした企業間での模倣や同質化の結果、製品間での差別性が失われていく状況を指して「コモディティ化」と呼ぶ。近年、多くの市場でコモディティ化の進行が指摘されており、そこから脱却する「脱コモディティ化」のための道筋が模索されている。

このようなコモディティ化が起こるメカニズムの説明として、よく取り上げられるのが、オーバーシュートないし過剰性能の問題である。すなわち、特定の機能や性能において従来以上の良い製品作りを目指す競争では、やがて提供する製品の性能が顧客の要求水準を追い越してしまい(これを「オーバーシュート」と呼ぶ)、過剰性能(過剰満足)が発生して、顧客に十分な付加的対価を支払って貰えなくなる、ということである。

コモディティ化は、このようなオーバーシュートによる過剰性能(過剰満足)の発生を契機として始まる。例えば、顧客がPCの処理速度を「もう十分に早い」と思い、また、デジカメの画素数を見て「もう十分にきれい」と考える時点で、既に過剰性能が発生しており、コモディティ化の道を歩まざるを得ないのである。

従って、コモディティ化を回避するためには、機能的価値のみに依存しない顧客価値のデザインと顧客を維持するための仕組みづくりが必要となる。

脱コモディティ化のための処方箋

前述のように、製品の機能・性能の向上といったイノベーションによってコモディティ化を克服しようとする努力は、かえってコモディティ化を促進してしまう危険性を孕んでいる。このコモディティ化をめぐるジレンマを打開するための方策として、これまでイノベーション論や戦略論、そしてマーケティング論では、さまざまな議論がなされてきた。
そして、現在までのところ、脱コモディティ化のための処方箋として、概ね、次の二つのことが指摘されている。

一つは、特定の製品機能上の差別化や性能競争に軸足を置くのではなく、価値次元のベースを製品属性から使用上の文脈へと転換し、新しい用途やカテゴリーの創造に注力すること。もう一つは、機能的価値のみに依存せず、感性的価値や経験的価値にも軸足を置き、ブランドを通して顧客との関係性を形成・維持すること、である。

例えば、この二つの条件を満たす成功事例として、しばしば取り上げられるのがアップルのiPodである。それは、音楽の楽しみ方を根底から変えたブランドとして、まさにiPodというカテゴリーを創造し、また、顧客との間に強固な関係性を形成・維持しているブランドである。

良く知られているように、iPodの主要部品は外部調達したものが多く、技術や性能面での大きな競争優位がある訳ではない。むしろ、「ユーザーがすべての音楽コレクションを外へ持ち出し、その日の気分で好きな楽曲を選んで聴ける」というコンセプトが、全く新しい音楽の楽しみ方を生み出し、新しいカテゴリーを創造したのである。

また、白いイヤフォンやシンプルなデザインといった五感に訴えかける感覚的な価値に加えて、アクセサリーなどでカスタマイズして使い込むことで感じる愛着、NIKE+などと組み合わせてジョギングを楽しむ体験など、さまざまな経験的価値への拡がりを意図してデザインされた顧客価値も、顧客との関係性構築の基盤となっているのである。

ここで重要なことは、こうした独自のコンセプトや顧客価値は、iPodというブランドを通して顧客に伝達され、また、顧客との関係性は、iPodというブランドを通して形成・維持されるということである。まさにブランドは、創造した価値を伝達し、顧客を獲得・維持する上での要としての役割を果たしており、ブランド構築は脱コモディティ化と一体の関係にあると言える。

価値提供から価値共創へ

ところで、iPodの「音楽を楽しむ経験」という顧客価値は、決して固定的なものではない。むしろ購買後に音楽管理ソフトのiTunesや音楽配信サイトのiTunes Storeを利用し、アップルという企業と相互作用する中で、その価値の中身は大きく変わっていく。すなわち、単に「音楽を楽しむ経験」という価値が一方的に提供されるのではなく、iPodを介してアップルと顧客が相互作用する中で、新たな価値が「共創」されていく、という側面が存在するのである。

このように、顧客価値の中には、製品の使用プロセスにおいて、顧客と企業(あるいは製品)が相互作用する中で生み出される価値もあり、近年、そのような「価値共創」の重要性が指摘されている。すなわち、「価値があるから製品を買う」のではなく、むしろ「消費することで価値が生まれる」という大きな発想の転換である。

また、顧客価値を実現するために、顧客との価値の共創を目指す。顧客との価値共創のために顧客との関係性を志向する。そして、顧客との価値共創の結果として、顧客との関係性が更に強化される、という循環が必要となる。そして、その循環の中心にあるのはブランドである。

「make and sell」(作って売る)から「sense and respond」(感じ取って対応する)、そして「co-creation」(共創)へと、マーケティング上の課題は大きく変化してきている。
その大きな流れの中で、自ら創造した価値を獲得・維持していくために、顧客との価値共創のプロセスを、どのようにデザインするのか。いまそのことが、ブランド構築の新たな課題として問われている。

(青木幸弘:あおき・ゆきひろ
=学習院大学経済学部経営学科教授)

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