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2009年4月10日 (金)

著者より:「岐路に立つ日本企業と『進化の経営史』」

橘川武郎・島田昌和/編
『進化の経営史――人と組織のフレキシビリティ』

2008年12月刊行
→書籍情報はこちら

著者,橘川武郎先生が『書斎の窓』(2009年3月号)に寄稿されたエッセイ(本書の紹介もされています)をお読みいただけます。

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岐路に立つ日本企業と『進化の経営史』

『進化の経営史』の概要

 昨年12月、島田昌和氏と共編で、有斐閣から『進化の経営史』を刊行する機会を得た。同書の執筆者は、広い意味で由井常彦氏の教えを受けたメンバーであり、主要な構成は、次の通りである(括弧内は執筆者名)。

 第Ⅰ部 進化の経営史の視角
  第1章 進化の経営史の分析枠組み(島田昌和)
  第2章 進化の概念と経営史(安部悦生)
  第3章 日本経済の近代化と経営発展の進化モデル(由井常彦)
 第Ⅱ部 経営者にかかわる進化
  第4章 財閥の進化とサステナビリティ:安田財閥の急成長と挫折(由井常彦)
  第5章 渋沢栄一の労使観の進化プロセス:帰一協会・協調会・修養団(島田昌和)
  第6章 地域開発の戦略進化:箱根土地の事業展開(松本和明)
  第7章 創業者からの継承とビジネスの進化:伊勢丹と二代小菅丹治(前田和利)
  第8章 中小企業政策の戦後への連続性:吉野信次と中小工業政策(松島茂)
 第Ⅲ部 組織の進化プロセス
  第9章 新しいマーケットへの組織的挑戦:日本の近代化と国分商店(田付茉莉子)
  第10章 人脈と革新的DNAの継承:関西電力業界における二筋の人脈
                                      (橘川武郎)
  第11章 事業継承と経営発展:堤康次郎と堤清二(老川慶喜)
  第12章 垂直統合的組織への進化:花王の販社戦略(佐々木聡)
  第13章 経営の淵源とその進化:キヤノンのハイブリッド・マネジメント・モデル
                                      (三浦后美)
 終 章 組織進化の主体性モデル(橘川武郎)

 この小稿では、『進化の経営史』刊行の今日的意義について掘り下げてみたい。

世界同時不況と岐路に立つ日本企業

 昨年9月のいわゆる「リーマンブラザーズ・ショック」以来、アメリカ発の同時不況の嵐が、世界中を吹き荒れている。この嵐は、日本市場においては、円高と株安の同時進行という形をとっている。

 円高進行の直接的な原因は、サブプライムローン問題によって蒙るダメージが、日本の金融機関の場合には、欧米の金融機関に比べて小さい点にあると言われている。この指摘自体は間違ったものではないが、 一方で、 「円の独歩高」の背景には、日本経済のファンダメンタルの良さに対する高い評価、端的に言えば、日本の製造業への信頼感があることも、忘れてはならない。

 そうであるとすれば、なぜ、日本で株安が進むのだろうか。それは、円高の進行→輸出の不振→日本製造業の低迷という図式が、想定されているからである。この図式は、日本の輸出依存度はそれほど高くないという現実を等閑視している点で、厳密には、「誤解」と言いうるものである。しかし、日本経済が外需依存型であるという「誤解」は世界の株式市場で広く流布しており、日本メーカーがそのような「誤解」を効果的に払拭するためには、海外現地生産に拍車をかけて真の意味でのグローバライゼーションを実現するしか、方法がない。つまり、日本メーカーには、今こそ大局的見地に立って積極的に、グローバル展開することが求められているわけであるが、多くのメーカーは、世界同時不況という目先の状況に翻弄されて、求められているのとは逆の方向である投資抑制に向かいつつある(ここで、世界同時不況を「目先の状況」とみなすのは、中長期的にみれば、世界経済は、新興国を中心にして安定成長の道筋をたどるという見通しによるものである)。

 すでに別の機会に強調したように、日本企業が1990年代に「失われた10年」と呼ばれる長期不況に沈んだ真の原因は、投資抑制メカニズムにとらわれて、取り組むべき事業プランをきちんと遂行しなかった点に求めることができる(工藤章=橘川武郎=グレン・D・フック編『現代日本企業』全3巻、有斐閣、2005~06年参照)。今回の世界同時不況に際しても、日本企業は、投資抑制という同じ轍を踏むのであろうか。その意味で、日本企業は、岐路に立たされているのである。

 岐路に立つに日本企業が正しい意思決定を行い、世界同時不況という難局を克服するためには、強力なリーダーシップのもとで、組織としての進化をとげなければいけない。これまでも日本企業が歩んできた経路は、「発展」や「成長」という言葉がイメージするような単線的なものではなく、停滞と前進と後退が錯綜する複雑で多様なものであった。複雑で多様なプロセスのなかで組織が進化をとげるためには、何が必要なのであろうか。この問いに答えようと刊行したのが、『進化の経営史』にほかならない。

組織進化の主体性モデル

 『進化の経営史』の各章における分析から導き出された命題を列記すると、以下のようになる(カッコ内は命題を導いた章を示す)。

1 日本企業が歩んできた経路は、「発展」や「成長」という言葉がイメージするような単線的なものではなく、停滞と前進と後退が錯綜する複雑で多様なものであった(第1、2、3章)。

2 そのような複雑で多様な経路を分析するうえでは、社会進化論の枠組みを援用するのが有効であり、「進化の経営史」が有意義である理由は、そこに求めることができる(第1、2章)。

3 社会進化論を経営史に適用するにあたっては、経営史の特徴を生かして、進化の担い手としてのヒト(とくに経営者)の役割に注目する必要がある(第1、2章)。

4 その際、分析の焦点を、進化につながる文化伝達の不完全性や、伝達主体と被伝達主体との関係に合わせるべきである(第2章)。

5 組織に継承され進化をもたらす「遺伝子」(4の命題の「文化」)は、組織に属する特定の個人の進化を通して獲得されることが多い(第6、7、8章)。

6 ただし、個人が進化を遂げることは容易ではなく、個人がいかに有能であっても、進化は未完に終わることもある(第4、5章)。

7 個人が進化を遂げる過程では、他人とは異なる視点に立ち、環境変化に対して現実的に適応してゆくことが、大きな意味をもつ(第6、8章)。

8 個人が進化を遂げる過程では、先人から受け継いだ自己革新を促す「不変の原則」が、有用性を発揮することがある(第7章)。

9 組織が進化を遂げるプロセスでは、変異を選択し、それを貫徹する主体的な営為が原動力となる(第9、12章)。

10 組織が長期にわたって進化するプロセスでは、時代を越えてトップマネジメント間で革新的「遺伝子」が伝達されることが重要な条件になるが、その伝達はけっして容易なことではない(第4、10、11、13章)。

11 革新的「遺伝子」のトップマネジメント間の伝達に際しては、伝達者の側が革新的資質を有するだけでなく、被伝達者の側も革新的資質をもつことが求められる(第11、13章)。

12 組織の進化を実現する主体的営為の担い手は、トップマネジメントに限定されることなく、組織内の他の構成員にまで広がることがある(第 12章)。

 これらの命題は、相互に関係している。

 まず、仮説として提示された1の命題の妥当性が、実証分析を経て導かれた6および10の命題によって確認された。したがって、1の命題の系に当たる2の命題の前半部分(社会進化論援用の有効性)も、妥当性をもつと言うことができる。

 次に、やはり仮説として提示された3の命題について、実証分析を経て析出された5、7、および9の命題によって、それが適切であることが明らかになった。その結果、3の命題と密接に関連する2の命題の後半部分(「進化の経営史」が有意義であること)に関しても、それが成り立つことは明白である。

 4の命題は、「進化の経営史」に取り組む際に議論の焦点をどこに合わせるべきかを、仮説的に提示したものである。4の命題に導かれる形で、本書(『進化の経営史』)では、進化につながる文化伝達の不完全性や、伝達主体と被伝達主体との関係について、8、10および11の命題のような事実を発見した。

 以上のように命題間の関係を整理すると、本書は、経営者を中心とするヒトの主体的役割に注目して組織進化のメカニズムを追究したものであることがわかる。つまり、組織進化の主体性モデルを解明した書物であるわけだが、ここでは、相互関係を説明した1~11の命題のほかに、12の命題が存在することを見落としてはならない。

 12の命題は、組織の進化を実現する主体的営為の担い手が、トップマネジメントに限定されず、組織内の不特定多数のメンバーに及ぶことを示している。そうであるとすれば、組織進化のメカニズムを真に解明するためには、(Ⅰ)個人レベルの主体的営為に光を当てるだけでなく、(Ⅱ)個人と個人とのあいだの相互作用、つまり、システムとしての対応にも目を向ける必要がある。(Ⅰ)の作業からは組織進化の主体性モデルが導かれ、(Ⅱ)の作業からは組織進化のシステム対応モデルが導出される。

 (Ⅰ)の作業を通じて、『進化の経営史』では、組織進化の主体性モデルの全体像に迫る、いくつかの重要な知見を得た。それは、5~11の命題にまとめることができる。しかし、組織進化のメカニズムを真に解明するためには、(Ⅰ)の作業の結果と(Ⅱ)の作業の結果とを統合しなければならない。両者を統合する作業は、『進化の経営史』の刊行を終えた我々にとって、残された課題である。

(きっかわ・たけお=一橋大学大学院商学研究科教授)

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