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2009年3月11日 (水)

書評:『比較政治制度論』 「書斎の窓」に掲載

建林正彦・曽我謙悟・待鳥聡史/著
『比較政治制度論』

2008年10月刊
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『書斎の窓』2009年3月号に,書評が掲載されました(評者は,東京大学大学院法学政治学研究科教授・加藤淳子氏)。

建林正彦・曽我謙悟・待鳥聡史[著] 『比較政治制度論』 (有斐閣,2008年9月刊)
                                           加藤淳子

◆ 政治学における民主主義制度研究
 政治制度の研究は政治学の重要課題である。本書の構成と立案が明らかに依っている民主主義制度に関するレイプハルトの業績ⅰがその嚆矢である。たとえば、英国は小選挙区制の下、二大政党制を持ち、集権的な単独与党政権の下、首相のリーダーシップが強い。レイプハルトの業績は、単なる制度の分類とそれに基づいた各国比較にとどまらず、制度が実際に運用された場合、どのような結果や効果を生むか、という観点から考察を行ったのが新しい。最も代表的なのは、多数決主義型とコンセンサス型の民主主義を対比させ、民主主義の実現の様々な基準から、「二大政党制」神話を崩した点にある。政治的不安定と決定の難しさの代名詞のように考えられていた多党制・連合政権の下での少数意見の尊重や合意形成の意義を再認識させたレイプハルトの業績は、制度比較から民主主義制度の意味まで問う研究として、本書がその基本とする価値は十分にあろう。

◆ レイプハルトを超えて
 しかしながら、多国間の制度を比較すると、どうしてもその説明につきてしまう限界がある。本書は、日本の制度において意味のある含意を持つ制度に関わる因果メカニズムを、論じている点に特徴がある。たとえば、衆議院議員選挙制度における、中選挙区制から比例代表と小選挙区の混合並立制への移行は、有権者の投票や議員候補者の政党への依存を増した。これらの因果メカニズムは、日本の制度を多国間比較で位置づけた後、議論されているため、その意味が分かりやすく、またその含意は、多国間比較のさらなる理解に貢献している。選挙制度では、単純多数決或いは比例代表の選択・選挙区規模・投票様式等が、得票が議席に比例的に反映される度合や、有権者がどの候補(政党)が議席を得るかの予想で投票先を変える(戦略投票する)か否かに影響する。これら各側面の位置づけを基に因果メカニズムを解明するのである。
 本書の第二の強みは、一九八〇年代後半から政治学の中で影響力を増し、すっかり定着した感がある新制度論を、多国間比較と因果メカニズムを組み合わせることで、無理なく、わかりやすく展開している点である。新制度論の「制度」に「新」がつくのは、本書が紹介している「社会におけるゲームのルール」或いは「人間の相互作用を形作る人為的な拘束」というノースの定義ⅱに見られるように、フォーマルな法律学的な制度にプラスアルファしてインフォーマルな部分――たとえば、慣行や規範――が含まれることが前提になっているからであり、その上で様々な議論がある。しかしながら、本書はこの「新制度」の定義を巡る複雑な諸問題を回避し、基本的にフォーマルな制度に焦点をあて、それに関する因果メカニズムを解明し紹介することで、新制度論を取り込んだ比較政治制度論を展開することに成功している。たとえフォーマルな制度である混合並立制に焦点をあてたとしても、その制度の下で有権者や議員候補者がどのような行動を取るか、という因果メカニズムに着目するのであれば、インフォーマルな部分も含んだ制度分析になる。このような形で、著者らは、かえって新制度論を無理なく、初学者にも理解できるような工夫を行っているのである。

◆ 比較政治学とは何か
 本書は、質の高いレベルを保ちながらわかりやすい説明に成功している好著であり、政策や制度形成の実際に携わる実務家にとっても、比較政治制度研究を今後行おうと考えている入門者にとっても優れたテキストである。著者等は、制度研究の蓄積やその知見が実際の制度改革で活かされてこなかったという慨嘆をレイプハルトと共有する(本書三二九ページ)。しかしながら、それは、著者等の因果的メカニズムの解明から得られた知見からすれば自明のことである。すなわち、選挙制度・政党制度のようなそれぞれの制度がどのような結果を導き出すかに関して、因果メカニズムが解明できたとしても、制度の組み合わせや実際の運用により結果は変わってくるからである。たとえば、先に紹介したように本書は「日本の選挙制度は個人投票誘因の強い制度から政党投票誘因の強い制度へと変化した」(一〇〇ページ)と述べているが、これは、あくまでも、中選挙区制から混合並立制へ移行した日本の――そこに存在する政党組織の実態や議院内閣制や官僚組織の影響下の政治の動態をふまえた――コンテクストによるもので、混合並立制がいつもこれと同じ結果をもたらすものではない。レイプハルトの著作も含め、比較政治制度の研究は全てこのように注意深くその含意を読まなければならない。さらに言えば、比較政治制度研究におけるかなり確からしい知見――たとえば比例代表制により議席配分の得票に対する比例度を増す――の場合でも、既存の制度や既得権益が影響し、比例区が細分化されその間の議席配分が有権者数比と乖離すれば、比例度の増大は全国一比例区の場合よりずっと小さくなるだろう。白紙の状態からできる民主主義制度改革は極めて稀なのである。このような実情を鑑みれば、現場や実務家からは制度改革に特定の明示的解決策を与えない「研究」は役に立たない、という批判は割り引いて考えなければならない。たとえ、現存の問題に対する処方のような解決が与えられなかったとしても、比較制度研究は、一定の条件下での制度の影響や期待できる(或いはできない)効果等については、何らかの示唆を与える。すなわち、制度改革を考える際の条件や要因を提供する。「研究」が「現状」や「現実」に近づくことは大切であるが、一方で、その間の区別は厳然として存在する。だからこそ、「研究」の意義があり、また制度改革の「実務」の面白さがあるのではないだろうか? さらに言えば、比較政治研究を実際に複数国間で行う場合には、比較制度やその因果メカニズムを単純・直接応用することはできない。たとえば、筆者の北米オセアニア諸国・英仏スウェーデン・日本の比較租税制度・福祉制度研究ⅲでは「成熟した福祉国家ほどその財源を逆進的課税に依存する度合いが高い」という命題を検証した。比較政治制度の基本的知見は、全体として推論を進めていく際に有用であった一方で、一制度の帰結や効果に焦点をあて比較・検証は行えず、必ず複数の制度の相互作用をそれぞれの国の条件下で考えることを余儀なくされた。このように考えれば、実際の比較「研究」も制度改革の「現場」も、比較政治制度の知見を直接単純に応用できないことには変わりはないのである。

◆ 政治学の方法の展開
 政治学の理論的問題に関しては、本書は正確かつ簡潔にまとめている。そのため無用な混乱を招かないために巧妙に避けられている論点も多い。政治学の方法論の近年の進展と変化は激しいので、ここでは、本書を出発点にしてさらに方法論を学んでいくための論点を幾つか提示する。第一に、本書では、新制度論を「合理的選択(新)制度論」「社会学的(新)制度論」「構造的(新)制度論」に三分類している。これら三新制度論の説明に見られるとおり、これらは初学者が(新)制度論に関わる議論をなるべく正確にしかも混乱を招かないように理解するには理想的な分類であり、説明である。しかしながら、反面、これは政治学の方法をめぐる現在の発展の先端を覆い隠してしまっている嫌いがある。一例をあげるため、少し長くなるが引用しよう。

 社会学的制度論が合理的選択制度論と袂を分かつのは、……すなわち先験的な形で外部からの理解が可能な目的をもつアクターを想定する、という点に同意しないところである。社会学的制度論によれば、個人の目的や選好は社会を離れては存在しえない。それらは何らかの社会的な共通了解や規範によって、いわば外部から付与される。社会学的制度論は、このような社会的な共通了解や規範を制度と呼ぶ。(本書四五ページ)

 まず、第一に合理的選択新制度論が「先験的な形で外部からの理解が可能な目的をもつアクターを想定」している、という点であるが、これは理論的にも実証的にも現在の政治学の方法の発展方向からは断言することが難しくなっている。合理的選択論が前提とする「経済学的合理性」が「効用関数の最大化」で定義される一方、その効用関数の定義に関しては何も述べていないことは今さら言うまでもないであろう。わかりやすい例をあげれば、たとえば、「再選」という「先験的な形で理解が可能な目的をもつアクター」=政治家を想定していても、イタリアの以前の選択的選好投票が行われた比例制の下ではキリスト教民主党の有力議員はなるべく多く得票することを目指し、衆議院の以前の中選挙区制の下では、首相経験者でも選挙区一位の得票でなくても当選さえ確実であればよいとしていた。これは同じ「再選」という目的なのであろうか。或いは「得票最大化」と「なるべく低いコストでの再選の確保」という異なる目的なのであろうか。「具体的にどのような再選が望ましいか」まで考えれば、選挙制度という社会に存在する制度は合理的選択論の想定するアクターの「先験的な形で理解が可能な」目的に影響を与えるのである。この制度の影響を考慮した上での個人の選好を共通項として、合理的選択新制度論と歴史的新制度論(本書の社会学的新制度論)の接点を探る試みはすでに行われているⅳ。今後はこれが政治学における実証研究の有力な発展方向になるであろう。同時に、「合理性」に関する議論はサイモンの限定合理性の概念ⅴ、カーヌマン・トゥヴェルスキーのプロスペクト理論ⅵに見られるように社会科学全般で盛んであり、行動経済学は今は経済学の主要分野の一つであることは言うまでもない。
 本書は、比較の方法は政治学の方法であると明言している。「比較」が、十分な数のデータポイントを持つ「統計の方法」でもなく、条件をコントロールできる「実験の方法」でもないという消極的な形でしか定義できないことは、レイプハルトのもう一つの主要業績である比較政治学方法論の古典的著作であまりにも有名であるⅶ。しかしながら、政治学の方法は、「比較」から「比較」と「統計」の組み合わせにまず大きく進展した。定量的分析の方法の論理を定性的分析の方法の理解に応用するとしたキング・コヘイン・ヴァーヴァⅷの提案を巡る議論ⅸを経て、比較事例研究において、事例の比較と数量分析を組み合わせるアプローチⅹは既に主流になってきている。実験政治学における「実験」の方法の出現のみならず、実験の方法の論理と事例比較の方法の論理の共通性も指摘されているⅹⅰ。これらの発展は政治学の方法は比較の方法である、という著者等の立場に一貫する。他方、比較の方法と統計・実験の方法との共通項に新たに着目することにより、政治学の方法はさらなる展開を見せているのである。


(注)
ⅰ Arend Lijphart.1984.Democracies: Patterns of Majoritarian and Consensus Government in Twenty-One Countries,Yale University Press; 1999.Patterns of Democracy: Government Forms and Performance in Thirty-Six Countries,Yale University Press.
ⅱ Douglass C. North. 1990. Institutions, Institutional Change, and Economic Performance, Cambridge University Press.
ⅲ Junko Kato. 2003. Regressive Taxation and the Welfare State: Path Dependence and Policy Diffusion, Cambridge University Press.
ⅳ Ira Katznelson and Barry R. Weingasteds., 2005. Preferences And Situations: Points of Intersection Between Historical And Rational Choice Institutionalism. Russell Sage Foundation.
ⅴ 以下が政治学の立場から最もわかりやすい説明である。Herbert A. Simon. 1985. "Human Nature in Politics: The Dialogue of Psychology with Political Science,"American Political Science Review. 79: 293-304.
ⅵ 以下が政治学の立場からもわかりやすい説明である。Amos Tversky and Daniel Kahneman. 1987. "Rational Choice and the Framing of Decisions." In Robin M. Hogarth and Melvin W. Reder. Rational Choice: The Contrast Between Economics and Psychology. The University of Chicago Press.
ⅶ Arend Lijphart. 1971. "Comparative Politics and the Comparative Method." American Political Science Review. 65: 682-693.
ⅷ Gary King, Robert O. Keohane, Sidney Verba. 1994. Designing Social Inquiry: Scientific Inference in Qualitative Research. Princeton University Press.
ⅸ たとえば、Henry E. Brady and David Colliereds., 2004. Rethinking Social Inquiry: Diverse Tools, Shared Standards. Rowman&Littlefield PubInc; Alexander L. George and Andrew Bennett. 2005. Case Studies And Theory Development in The Social Sciences. MIT Press.
ⅹ 方法論の紹介としては、Evans S. Lieberman. 2005. "Nested Analysis asa Mixed-Method Strategy for Comparative Research." American Political Science Review. 99: 435-452.たとえば、Cambridge University PressのCambridge Studiesin Comparative Politicsを見れば多くの研究書が事例比較と数量分析を組み合わせるアプローチを取るようになっていることがよくわかる。
ⅹⅰ John Gerring and Rose McDermott. 2007. "An Experimental Template for Case Study Research." American Journal of Political Science.51:688-701.

(かとう・じゅんこ=東京大学大学院法学政治学研究科教授)

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