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2008年11月11日 (火)

著者より:「『教師のための学校カウンセリング』を刊行して」 (『書斎の窓』に掲載)

小林正幸・橋本創一・松尾直博編
『教師のための学校カウンセリング』
2008年8月刊
→書籍情報はこちら

編者小林正幸先生が,『書斎の窓』(2008年11月号)に寄稿したエッセイ(本書の紹介もされています)をお読みいただけます。

◇『教師のための学校カウンセリング』を刊行して◇  小林正幸

教育問題をめぐる誤った認識
 犯罪白書を見る限り、青少年の凶悪犯罪はここ数十年決して増えていない。世論調査によれば、八割以上の人は、青少年犯罪が凶悪化しているとの印象を抱いているが、事実は違うのである。さすがに、最近は、マスコミも言わなくなったが、数年前までは、少年による犯罪が起きるたびに、「いわゆる青少年犯罪の凶悪化」の言葉が枕詞のように使われていた。

 また、学力低下が論議され、現行の指導要領への批判に火が点いたのも記憶に新しい。不思議な事だが、その論議は、現行の指導要領が完全に実施される前に始まったのである。論議の発端は、大学生の学力低下の話からだったが、その大学生たちは、その前の指導要領で教育された世代である。これは、義務教育の問題ではなく、大学入試の受験科目の変化によると考える方がよい。しかし、非論理的でも、感情的な話に人は惹きつけられるようである。実施される前から「失敗である」かのような言説は、誤っているだけではなく、教育の最前線の者に失礼であり、教育をする意欲を損なうことだけに罪深い。

 筆者の専門である臨床心理学の領域で言えば、不登校の出現率の上昇に歯止めがかかったのは、現在の指導要領が実施されてからのことである。また、青少年の意識調査では、現行の指導要領下の子どもたちが学校で感じるストレスは、過去数十年に比べて減少したことも明らかになっている。子どもの心理的な健康さを保つ上では、なかなか優れた教育課程であったとさえ言える。

 しかし、ここ数年、中学の不登校出現率は、再び上昇を始めている。この二年間は過去最高を記録している。中学の不登校出現率が再上昇することと、学力重視が叫ばれるようになったことの奇妙な一致があるように、筆者には思われてならない。

「教師のための学校カウンセリング」で伝えたかったこと
 理由はともあれ、年間三〇日以上欠席する中学三年生は、全国平均にして、ひとクラスに二名いる計算になる。都道府県によっては、中学三年生で、ひとクラス当たり三名欠席者がいる地域すらある。学力テストを受けない子どもが、ひとクラスに数名いる状況で、試験の出席者だけの点数を捉えて、「適切な学校教育が行われているかどうか」とか、他の学校や地域、さらには国際比較を行うこと自体、どこか怪しい話ではある。

 不登校や長期欠席の問題、つまり、子どもが学校を欠席する問題は、学校教育への子どもの不信任投票であると筆者は考えている。にもかかわらず、ここ数年、とくに中学生の不登校が過去の最高値を示しても、それを大きな教育問題として扱うことも減った。教育改革の音頭の元、一部の声が大きい者が教育論議を行い、そのたびに、わが国の教育行政は、右に左に揺れ動いている。教師や学校はいい迷惑である。もちろん、そのために苦しんでいる子どもも少なくないはずである。

 筆者は、最近『教師のための学校カウンセリング』を編集した。この本は、学校で行うカウンセリングの中で、教師が行うカウンセリングに特化したものである。この本を通して、教育問題として伝えられていることの本質を、教師を志す者や、教師たちに理解してもらいたいと考えたのである。学校教育の中で苦戦している子どもたちの姿にこそ、現代の教育に本当に必要なことが立ち現れてくるのではないだろうか。

 そして、まず、今は、その子どもたちの前に止まり、子どもを直接支援する教育の場の最前線にいる教師たちを応援したい。もちろん、その教師たちが、子どもに直接に関わるわけで、学校教育の中で苦戦している子どもたちを支援していく道筋を教師に伝えることは、子どもを支援することに大いに繋がるからなのである。

教師に必要な協働による支援
 
近著『教師のための学校カウンセリング』の特徴の一つは、学校カウンセリングを、チームで協働して支援することを前提として捉えたことである。そもそも現代の教育課題は、どれを取り上げても、複雑化と価値観の多様化の問題を孕んでいる。そのため、教師個々人の名人芸だけでは通用しなくなっている。問題解決に向かう道筋が簡単ではなくなったのである。

 一例を挙げれば、虐待などの要保護児童・生徒の増加の問題がある。これは、大阪で起きた不幸な虐待事件を契機に、児童福祉法の一部が改正されたことと関連している。虐待問題の専門機関への通告義務が、教師や医師などの子どもに関わる専門家に課せられた。従来、この虐待の問題は、家庭内の問題であるだけに、警察でさえも、深刻な事態に至るまで民事不介入が原則であった。

 そして、これは、現代の「プライベートを重視する」価値観と、「子どもは社会が育んでいるもの」とする価値観とが、正面からぶつかる問題でもある。実際、厚生労働省は、関連機関に「要保護児童等対策地域協議会」の設置を求めている。そこでは、関係諸機関に明確な集団守秘義務を課した上で、個人情報保護を超える機関同士の連携を行うことが求められている。虐待だけではなく、広く保護者の保護機能が弱いと判断される事例に関して、関係諸機関は、情報共有と支援方法の共有に努めねばならない。ここには、個人情報を保護し、「プライベートを重視する」という価値観に従うことで、子どもの命が損なわれてはならないとする当然の道筋が示されている。しかし、関係諸機関の中で集団守秘義務を持つことに、学校は慣れていない。

 また、近年、学校開放や地域との繋がりを、学校は強めている。その中で、地域の人たちや、スクールカウンセラーなどの専門家が学校の中に数多く入るようになってきた。もはや、一人の子どもを教師集団だけが見る時代ではない。それだけに、誰とどのように手を携え、学校生活の中で苦戦している子どもをどう支えるのか、そして、子どもが学校生活や社会生活で苦戦しないために、事前にどのようなことをしていくのかに着眼するようになってほしいのである。

特別支援と心理的問題を示す子どもに共通する支援方法
 
この本のもう一つの特徴は、軽度の知的障害や発達障害を示す特別支援を必要とする子どもへの支援と、心理的な問題を示す子どもへの支援、その双方を視野に納めたことである。

 近年、学校では、通常学級の中で、軽度の知的障害や発達障害を示す特別支援を必要とする子どもへの支援が注目を浴びている。そして、学校の中の心理的な問題や悩みなど、学校カウンセリング領域でも、個々の子どもを理解し、個別に心理的な支援計画を立てる。障害と心理的な問題という問題の質や、専門性に違いがあっても、その方法では、両者が重なり合う。

 そして、心理的な問題であれ、障害のある場合であれ、学校の中での支援であることを忘れてはならない。子どもは、学校の中で集団生活を営んでいるのである。たとえば、学級集団が個を支え、その支えが、子どもの心理的問題の回復を促すことや、障害によるさまざまな課題を乗り越える際の力になることも大いにありうる。

 また、特定の子どもを支援するときには、その子どもを含む集団全体に働きかけることが、より効果的である。集団を高め、仲間を支援する大勢の仲間を育むことは、教師でなければできない。通常学級の中にいる発達障害の子どもの問題であれ、不登校などの学校不適応の問題であれ、その問題は、子どもを包む学校環境が、その子どもに合わない問題なのである。子どもの誰かが学校で苦戦していることとは、その苦戦を支えることができないそれ以外の子どもたち全員の問題でもある。そこに働きかけることができる専門家は、教師以外にはいないのである。

学校での子どもの支援では教師が一番の主人公である
 
スクールカウンセラーがいても、医師が学校にいるとしても、学校では、教育のプロである教師が、主人公として動かねばならない。教師にしかできないことが数多くある。もちろん、他の専門家と手を携えるためには、教師は、教師としての高い専門家としての技量を備えねばならない。合わせて、自分の守備範囲を明確に自覚せねばならないだろう。教師は、「何ができ、何ができないのか」を知り、教師以外の専門家は一体何ができるのかをわかり、誰に何を委ね、自分は何に責任を持つのかを心して弁えねばならない。

 今回、筆者が編集した本は、これから教職に付く学生が、教育現場で学校カウンセリングの即戦力となるための素養やスキルを育てるためのものである。この本を通して、基本的にプロとしての意識の高い教師が育つことを願うものである。したがって、当然のことながら、学校カウンセリングの基礎・基本も記載されている。

 しかし、この本のレベルは高い。現役教師が読んでも、読み応えがあるはずである。教育問題の未然防止、予防のために、学校教育やカリキュラムの中で、集団で問題を予防していく方法についても述べている。さらに、さまざまな心理的な問題や特別支援の場で行う個別の支援をチームで支えることなどの具体を明らかにした。その中では、最先端の実践や技術も数多く紹介した。これらを通して、この本が、現役教師の少しでも応援歌となってほしいと強く願ってもいるのである。

(こばやし・まさゆき=東京学芸大学教授)

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