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2007年10月16日 (火)

書評:『日米企業の利益率格差』 「書斎の窓」に掲載

伊丹敬之/編著
『日米企業の利益率格差』
2006年10月刊

『書斎の窓』(2007年10月号)に掲載された書評をお読みいただけます。


書評:『日米企業の利益率格差』

広田真一
(ひろた・しんいち=早稲田大学商学部准教授)


高い競争力と低い利益率 


外国に住んだことのある人は誰でも経験があると思うが,「日本から来ました」と自己紹介をした時に,「日本から来たのか。日本のものなら○○○をもっているよ」と言われるのはうれしいものである。私がアメリカ東海岸に住んでいたときは,○○○はトヨタ,ホンダの車であったり,パナソニックのテレビであったり,ポケモン・デジモン,プレイステーションであったりした。日本製品の国際競争力を身をもって感じたものである。

また,私が滞在していたイエール大学のビジネススクール(経営大学院)の講義でも,何かの国別の比較になると,グラフや表の中にアメリカ,ヨーロッパの国々とならんで日本が出てきた。世界第2位の経済大国であることを再認識したものである。

われわれ日本人がこのように喜べるのも,日本企業が作り出す製品やサービスが,日本国内のみならず,国際的にも高い評価を受けているからにほかならない。そして普通に考えると,戦後のめざましい経済成長の立役者となった日本企業は,アメリカなどの企業に比べて高い利益率を確保しているのではないかと予想される。

しかしながら,これまでの研究では,日本企業とアメリカ企業を比べると,1960年代から最近まで一貫して,日本企業の方が利益率が低いという結果が報告されてきた。この結果を信じるならば,日本企業はアメリカ企業よりも効率が悪いということになる。本書『日米企業の利益率格差』は,この点に関する伊丹氏の疑問から始まる。「なぜ,効率の低いといわれる日本企業の製品の国際競争力が高いのか。(中略)。なぜ日本経済は高度成長ができたのか。効率の悪い企業が多い国が,高い経済成長を続けたのか。」(序章,2ページ)。まっとうな疑問である。


日米の利益率の徹底的比較

この疑問を晴らすために,本書では,まず,日米の企業の利益率を徹底的に比較する。一口に比較すると言っても,日米のどのレベルの企業を比較するのかでいくつかのバリエーションが考えられる。日米のトップレベルの企業同士を比較するのか,もう少し広く上場企業レベルで比較を行うのか,あるいは最も広く経済全体の(マクロ)レベルでの比較を行うのか,などである。

これまでの先行研究はこのいずれか一つのレベルの比較であったが,本書では右の三つのすべてのレベルでの比較を行っている。また,比較の際の利益率の指標も,営業利益を売上高で割った売上高営業利益率(ROS),経常利益を総資産で割った総資産経常利益率(ROA),当期利益を自己資本で割った自己資本当期利益率(ROE)の三つを使っている。さらには,比較の期間も20年以上の長期間を対象としている。すなわち,本書は,日米企業の利益率格差に関して,対象企業,利益率指標,対象期間の点で体系的・網羅的な比較を行った研究だと言える。

これだけの網羅的な比較を行うと,通常その中に,これまでの定説(日本企業の利益率はアメリカ企業に比べて低い)をくつがえすケースが見つかるものである。つまり,「日本企業の利益率が低いというのは,対象企業(あるいは利益率指標,対象期間)が○○ならば正しいが,△△ならば正しくない」といった結論が予想されるのである。そうなると,伊丹氏が提示した最初の疑問に対しても,それを糸口に答えが見つかる可能性が出てくる。


さて,比較の結果は?

さてそれでは,本書の比較の結果はどうであったか。それは「日本企業の利益率はアメリカ企業に比べてやはり低い」というものであった。この傾向は,一部の例外を除いて,どのレベルの企業においても,どの利益率の指標を用いても,どの期間においても,一貫して観察された。日米の利益率格差が最も大きく現れる指標はROEである。しかし,ROAやROSでみても格差は歴然としている。これだけの証拠を提示されると,利益率から判断する限り,「日本企業はアメリカ企業より効率が悪い」との定説を認めざるを得ない。これでは伊丹氏が提示した疑問は解決されない。

そこで本書では,次に,利益率が低いことをもって効率が悪いと判断することが適切かどうかを吟味する。利益というのは,企業が生み出した付加価値(売上から原材料費などの費用を引いたもの)から人件費を引いたものである。だから,もし日本企業の人件費の割合(労働分配率)がアメリカ企業よりも大きいのであれば,たとえ付加価値が効率よく生み出されていたとしても,利益率は低くなる可能性がある。そうであるならば,「利益率が低いから効率が悪い」とは必ずしも言えないことになる。実を言うと,評者もこの可能性を考えた。日本では,かつてから企業は株主のものというよりもむしろ従業員のものだと言われてきた。なので,企業が生み出した付加価値が主にヒトに分配され,その結果として利益の部分が小さくなっているのではないかと予想したのである。

しかし,本書の追加的な分析結果(2章)は,この可能性を否定するものであった。日本とアメリカの労働分配率は,年によって多少の差があるものの,ならしてみればほぼ同じ水準である。また,付加価値をどれだけ効率的に生み出しているかを表す指標である売上高付加価値率や総資産付加価値率を見ても,日本企業はアメリカ企業よりも低いことが明らかにされた。これらの分析結果は,やはり日本の企業はアメリカの企業より効率が悪いことを再確認させるものである。


なぜ,効率が悪いのか?

なぜ,効率が悪いのだろうか。これに対する本書の答えは,日本の企業は金銭的な効率,すなわち資本に対するリターンを追求するための組織ではなく,「働く人が参加する場」あるいは「社会の公器」としての役割を果たしているからだという(5章)。特に従業員にとって,企業は生活の糧を得る場であると同時に,社会生活の場ともなっている。そうである以上,企業に何よりも求められるのは,従業員の安定的な雇用,そして企業の存続そのものであり,その目的のためには多少利益率が低下してもかまわないとも考えられる。実際,本書で報告されたデータを見ても,日本企業は利益率の水準は低いものの,その安定性は高く企業間の格差が小さい。逆に,アメリカ企業は,利益率の水準は高いがその安定性は低く企業間の格差が急激に広がっている(1章,4章)。本書では,これを米国格差社会の企業版と考えて「米国株式市場資本主義の黄昏」と呼び,その将来に警鐘を鳴らしている(6章)。

しかし,評者が本書を読んだ後に気になったのは,アメリカの企業社会の将来より,むしろ日本の企業社会の将来であった。「従業員に働く場を保障する」という日本の企業の目標は,従業員の心理面・生活面を安定させるとともに,企業への忠誠心やチームワークが競争力の源泉となって組織の効率を高める効果をもったことも事実であろう。NHKの番組『プロジェクトX』はそのことをドラマティックに見せてくれる。しかし,それと同時に,本書でも指摘しているように,従業員との安定的な関係は企業の活動を既存の事業へ過度にコミットさせることになり,より利益率の高い新しい分野への進出(資本と労働の効率的な配分)を妨げることになる。そして,本書で報告された日本企業の利益率が低いという事実は,前者の組織効率の上昇のメリットよりも後者の配分効率の低下のデメリットの方が大きいことを意味していると思われる。

今後も,このままでいいのであろうか。従業員に「安定した社会生活の場」を提供するという目標はそれ自体すばらしいことである。しかしそれが維持できたのは,これまでの日本企業が低効率にも関わらず(なぜか)その製品が国際競争力をもっていたからであろう。しかし,次に述べる理由で,今後仮に日本企業の国際競争力が低下することがあったら,日本企業は従業員に働く場を保障し続けられるだろうか。


伊丹氏の疑問は晴れるか?

さて,そこで最初の伊丹氏の疑問に戻ろう。なぜ,効率が悪い日本企業の製品の国際競争力が高かったのか? 実は,この疑問に対する直接的な答えを本書の中に見つけるのは簡単ではない。ただ6章に,これに関連する記述として,「(日本では)労働者一人あたりの所得の最大化をも大きな企業目的の一つと考えている」(202ページ)という主張がある。ここから評者が予想するに,「日本企業は与えられた資本と労働のもとで効率よくモノを作るというより,なるべく多くの資本と労働(時間・努力)を投入することによって,国際競争力をもつ製品を生み出した」ということではなかろうか。受験勉強にたとえるならば,効率的な勉強方法は知らなくとも,とにかく勉強の時間を増やすことによって,一流大学に合格したという感じである。

この「質より量」という説明は,今から10年ほど前のアメリカの経済学者のクルーグマン氏の主張,「東アジアの成長は生産効率の改善ではなく,資本と労働という資源の総動員によるものである」を思い出させる。日本の経済成長の理由として「みんながよく働いたから」というのは,アカデミックな世界では一笑に付されるとしても,一般の人びとが直感的にうなずく説明であろう。効率が悪い日本企業が国際競争力をもてた理由も「みんなががんばって長い間働いたから」という説明ではまずいだろうか。

本書でこれだけ体系的に日米企業の利益率格差を見せられると,日本企業の国際競争力を,効率性ではなく,そこに投入された資源の量で説明せざるを得ないという感を受けた。もし,それが部分的にでも正しいのだとすると,経済学者の林文夫氏が報告した近年の実証分析の結果「日本の90年代の低成長の原因の一つは週当たりの雇用者平均労働時間が低下したことにある」は,かなり気になるところである。また,最近,政府はワーク・ライフ・バランスを推進している。質より量で勝負していた日本企業が量を減らして国際競争力を保てるであろうか。


続編に期待

実を言うと,評者自身,本書を読むまでは,日本企業の効率性についてもっと楽観的な見方をしていた。日本企業には日本企業なりの効率的なメカニズムが内在されており,それが世界のトヨタ・ホンダ・松下を生んでいると思っていた。しかし,本書の体系的,網羅的な日米企業の利益率格差の分析は,その評者の甘い(?)考えに多かれ少なかれ見直しを迫るものであった。この分析結果から,今後の日本企業の国際競争力や企業の役割をどうか考えるかについて,著者たちにもっと意見を聞いてみたいものである。ぜひ,本書に関連した続編に期待したい。

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