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2007年5月16日 (水)

著者より:『経済史入門』 本の紹介(書斎の窓に掲載)

神武庸四郎/著『経済史入門』
2006年12月刊
→書籍情報はこちら

著者が,弊社PR誌『書斎の窓』へ寄稿した紹介文を,お読みいただけます。

『経済史入門』の意味するもの

   1

このたび有斐閣から公刊された教科書『経済史入門』には過去30年以上におよぶ経済史の研究と教育への私なりのこだわりがこめられています。そのことについて,まず,思いつくままに記しておきましょう。

私は経済理論の研究をめざして大学の経済学部に入学しましたが,最初に勉強したのは数理経済学でした。当時ペーパーバックで安価に入手できたアレンの『経済学者のための数学解析』は私が最初に読んだ経済学の書物でした。そこには,当時「近代経済学」とよばれていた経済理論のかなりの部分が数学的に明快な形で解説されており,たいへん感動したのをおぼえています。しかし,それが現実の経済のありようとどう関わるのか,まったくつかめませんでした。

もう少し具体的な経済現象の解明に役立つような本はないものかと思い,本屋で立読みを繰り返した結果たまたま手にした宮崎義一著『現代の資本主義』(岩波新書)が大学に入って私の熟読した2番目の本になりました。この著者は「近代経済学」だけでなく,「マルクス経済学」にも精通しており,彼の議論をさらに正確に理解するにはいわゆる「マル経」も勉強しなくてはならないと考え,そのたぐいの本を数冊読みましたが,いまひとつピンときませんでした。

なにかもっと拡がりのある,社会科学の一環としての経済学を教えてくれるような本はないものかといろいろ探したあげく,古書店で見つけたのが大塚久雄の『欧州経済史』でした。そのときはじめて経済学のなかに経済史というなかなか面白そうな分野があることを知り,私は経済史関係のゼミを選択して本格的に経済史学の勉強に取り掛かりました。幸か不幸か,その頃岩波書店から『大塚久雄著作集』が刊行されはじめ,私はバイトの稼ぎの一部を躊躇なくその購入にあてました。こうして「経済学としての経済史」の研究にますますのめり込んでいきました。そして,迷うこともなく大学院に進んで経済史の本格的な研究に取り組むことになったしだいです。しかし,その決意は同時に落胆の種にもなりました。

その理由は,たまたま入学した大学院で経済史を研究している院生の多くが経済史のことを「歴史」とよび,しかも彼らは経済学の知識をあまりもっていなかったからです。もちろん私は「歴史」としての経済史を学ぶために大学院に入ったわけではありませんでしたので,たいへん悩みました。その結果,当時まだ現役のバリバリだった都留重人先生の大学院ゼミをサブゼミとして選択し,経済史研究と並行して経済学の勉強も続けていくことにしました。都留先生は多才な方で,理論から歴史にいたるまで経済学を幅広く研究し教育しておられましたから,私も先生にあやかってこれからは広い意味での経済学を勉強し続けようと決心し,大学院における研究テーマも経済学と密接に関係する経済史の分野として金融・銀行史を選びました。私がいまなお「経済学としての経済史」にこだわるのは,こうした体験によるところが大きいと思われます。

   2

個人的な経験談義がだいぶん長くなってしまいましたが,つぎに今回出版された教科書『経済史入門』の執筆意図のほうに話を移しましょう。私が本書を書こうと決意しましたのは,「経済学としての経済史」をいまどのように再構成したらよいかという問題に自分なりの解決を与えたかったからです。経済史学は多種多様な経済学的認識を複合的な視点から「時空座標」に「変換」する理論を構築しなければなりませんので,ちょうど物理学における(一般)相対性理論と同様の役割を経済学において果たしていると考えられます。しかし,そのばあいに設定される視点の集合は経済学を超える拡がりをもっています。本書の中で社会学,哲学,数学あるいは熱力学の用語の解説がおこなわれているのはそのためです。

すでにお読みになった方はうすうす感づいておられるでしょうが,私はこの本の中にいくつかの独自な視点を導入して全体を構成し,読者の力量におうじて異なる読み方ができるように工夫しました。まず,「補講」を度外視して全体を通読すれば,ひとつの統一的な経済史像の描かれていることが了解されるはずです。それはシステム概念を基準に,2項関係によって連想される視点から組み立てられています。システムは関数→写像といった数学的形式と密接に関係づけられています。また,2項関係は

   2項関係→二重循環→複式簿記→自由と保護→エントロピーと負のエントロピー

という動態的で相補的な構造連関を示唆する起点ですので,本書全体を貫く重要な形式的意味をもっています。

つぎに,「補講」を含めて全体を見通そうとする読者には別の視点が用意されています。すなわち,システム概念は数学的構造,とくに圏の構造として解釈されることによって,メタの視点あるいは超越論的な見方を表現する形式的手段へと変換されているのです。とりわけ,知識社会学的な問題意識から導入されたカテゴリー,具体的にはルーマンの議論に依拠した「観察の観察」,また最後の方でやや詳しく説明の加えられている「無知の無知」,は本文の議論を理論的に補強するばあいに有効性を発揮するでしょう。こうしたメタの視点をふまえて本文の「モデル」にかんする議論,コーポレーション化の概念を見直すことにより「科学としての経済学」の置かれた問題状況の深みがある程度理解されるのではないでしょうか。ここまで来ると,広い意味で経済学を教育し研究する主体,つまり経済学者の自己観察といった問題領域も見えてくるはずです。そこには学生と教員とが共通して検討すべきトピックも見出されるように思われます。

ところで日本では,1988年末の昭和天皇の病状悪化をきっかけとした「自粛」ムード(丸山眞男のいう「自粛の全体主義」)の蔓延,そして,東欧社会主義圏の解体に続くバブルの崩壊以降,大学組織の中で自由に発言できる雰囲気が徐々に消えうせ,学問のありかたを度外視した大学の組織防衛(コーポレーション化! )が急展開してきたことは周知の事実です。そんな中で,組織化の局面を不可避的に伴う経済学の研究と教育はどうなっていくのだろうかというきわめて根源的な社会科学的問題が発生してきました。私は本書を通じてこの問題のペシミスティックな展開を示唆しましたが,それは本書にこめられた私の思想を表現するものです。積極的な自己の思想表現は教科書を記述するばあいにはタブーであろうと思われましたので,私は「価値自由」の範囲内で暗示的叙述に徹しました。

たとえば,社会主義についての私の描き方について不満を抱く読者もおられるでしょうが,「社会主義」という言葉だけが理念を喪失して空転してしまった状態を逆手にとり,「乱用」とよばれるのを覚悟して一種の拡大解釈を試みました。現実の社会主義の「開かれた映像」を示したかったからです。民主主義についても同様です。理念的にいえば,もちろん,民主主義を多数決に還元することは正しくありませんが,機能的・現実的に「民主主義」を考えるならば,むしろそうした把握の仕方は正当化されるでしょう。

   3

以上,『経済史入門』にこめられた私の思いのいくばくかを明らかにしてきました。その中身をどのように解釈していろいろな歴史的・経済的現実に適用したらよいかという問題は,本書を教科書として利用する教員や学生みずからの考えるべき事柄ですから,これ以上私が口をさし挟む必要もないでしょう。そこで最後に,社会科学系の教科書を書くことの一般的な意味を私なりにまとめておきたいと思います。

今回『経済史入門』を書きながら,私はひとつの確信をえました。とりわけ今日のような社会状況のもとでは社会科学に関して研究者が教科書をまとめることは研究書を出版するよりもはるかに重要であろう,という確信です。このことは専門研究書を出版する意義を少し考えてみれば容易にわかります。大学や図書館や研究機関における学問文化の連続性が保たれている限りでは,たとえ読者は少数であっても,専門書にまとめられた新たな知見は層をなして蓄積され,さらなる学問研究の土台を形成するでしょう。しかし,こうした研究の意味づけを欠いた研究書がいくら出版されても,それらは研究者自身の自己満足の所産にすぎなくなりますから,数年で社会的に「廃棄処分」されるでしょう。そうした状況はわが国ではかなり深刻な形で進んでいるようです。私が「無知の無知」というトピックを『経済史入門』の中で取り上げた理由のひとつはこの点にあります。学問文化の衰退は日本社会そのものがそうした研究に意味を与えられなくなってきたことの反映でもあります。いま最も必要に迫られているのは,これから社会科学を担うことになる若い学生に対して社会科学研究の重大な意味を明確に示す材料を社会科学者みずからが提供すると共に彼ら自身がその到達水準を再確認することであるように思われます。それが教科書の役割にほかなりません。教科書を通じた「啓蒙」ならぬ啓発がいまこそ必要なのではないでしょうか。これから先,私を含めて社会科学の研究に携わる者の最大の任務は日本における新たな「啓発主義の時代」のさきがけになることではなかろうかと,私自身は信じております。かつて内田義彦の唱えた「作品としての社会科学」ではなく,「教科書としての社会科学」が展開されなくてはならないのです。私の著書『経済史入門』がこうした方向への第一歩となりうれば幸いです。


     神武 庸四郎  (かみたけ・ようしろう=一橋大学大学院経済学研究科教授)

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