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2005年5月11日 (水)

本の詳細:『イギリス外交史』 はしがき

佐々木雄太・木畑洋一/編
『イギリス外交史』

2005年4月刊
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 〈はしがき〉

 冷戦が終結した時,私たちは本物の平和の到来を期待した。また,冷戦時代にその機能を封じられていた国際連合が,紛争の解決と経済,社会,文化または人道にかかわる諸問題の解決を担う組織として蘇生することを期待した。しかし,1990年の湾岸危機以来,一連の地域的紛争と国際テロや大国による倣岸な武力行使は,平和な世界の夢を打ち砕いた。そればかりか,21世紀を迎えた世界は,20世紀に国際社会が国連憲章に結実させた平和・安全保障の秩序原理を失いつつあるように見える。

 20世紀は,「主権国家を構成単位とする社会」すなわち「国際社会」の「世界化」の世紀であった。17世紀の半ばにヨーロッパに誕生した歴史的・地域的秩序原理が,20世紀には地球上を覆うようになったのである。ウェストファリア体制と呼ばれたこの「国際社会」は,ヨーロッパが百年にわたる戦乱の後に発見した「平和」への叡智であった。ヨーロッパは,宗教戦争の悲惨を体験した後に,政治と宗教とを分離し,「均質な主権国家からなる政治社会」というフィクションを打ち立てたが,これは政治的多元性とともに文化的・宗教的多元性の相互承認をも意味した。

 しかし,「国際社会」は「永遠の平和」を保障する秩序ではなかった。主権国家間に繰り広げられる「国際政治」は,「パワーをめぐる競争的闘争」(F. L. シューマン)を宿命づけられ,パワー(国力)をめぐる闘争は,パワーの不均衡と大国の力による支配を生むことになった。また,本質的にアナーキカルな「国際社会」は,「国益」をめぐる諸国家間の戦争を避けることができなかった。第一次世界大戦は,ヨーロッパ列強によるパワーをめぐる闘争の結果であった。

 20世紀は,第一次世界大戦に始まり第二次世界大戦,冷戦へとつながる「世界戦争の時代」であったが,なればこそ20世紀の「国際社会」は,力の政治と戦争を回避し,長期にわたる平和と安全を保障する新たな知恵を生み出した。戦争の違法化ならびに紛争の平和的解決の誓約と,これを保障する集団安全保障体制の形成である。この「国際社会」の叡智は,国際連盟から国際連合へと受け継がれた。

 ところが,21世紀にいたって,この秩序原理が揺るがされている。武力行使禁止原則や集団安全保障体制に代わって軍事力中心の「ジャングルの法則」が幅を利かせ,「国際社会」の本質であった国家主権原則と価値多元主義に対して,正邪二元論的世界観にもとづく力の支配が取って代わるかのようである。

 数世紀にわたってこの「国際社会」と格闘を続け,パワーの蓄積と巧みな外交によって,一時期には世界に冠たる地位を築いたのがイギリスであった。本書の企画は,「国際社会」の変容と秩序原理の動揺を目の当たりにしながら,7人で進めたイギリス外交史の共同研究から生まれた。

                        *

 ヨーロッパ史研究の中でもイギリス研究は,日本の学界において最も蓄積の大きな分野である。およそ1960年代までのイギリス研究は,歴史学研究者によって,古い時代から19世紀末までを主たる対象として進められてきた。歴史学者からは敬遠された「現代」は,政治学者の研究領域であり,20世紀イギリス史の研究は手薄であった。しかし,1967年にイギリス公文書法の改正にともない公文書の公開が早められたことが背景となって,イギリス現代史研究が加速した。ロンドンのイギリス公文書館に多くの日本人研究者が押しかけるようになり,20世紀を対象とする実証的なイギリス政治外交史研究の成果が日本の学会をも賑わすようになった。

 本書の執筆者は,いずれもイギリス公文書館にしばしば通い詰め,近現代のイギリス外交史・帝国史の一部を研究対象としてきた。対象時期が少しずつ異なる研究者の共同研究によってイギリス外交の通史をまとめてみよう,というのが共同研究会発足の目的であった。歴史学者によって分担執筆された良質のイギリス通史は世に出ているが,イギリス外交の通史と言えるものが未だ存在しない。まずは教科書として長く使用されるイギリス外交通史を分担執筆しよう,分担執筆の書に往々にして見られる欠点を克服するために,方法論上の統一をめざして研究会を重ねよう,というのが研究会の出発点であった。

 ところで,研究会を始めた7人の間に,微妙な問題意識の差異があることに気がついた。比較的年輩のメンバーが近現代のイギリスに向き合うとき,かつて七つの海に君臨したイギリスがなぜ凋落の道を辿ることになったかを問おうとする。これに対して,比較的若手の研究者の問題意識は,現在は「普通の国」にすぎないイギリスが,なぜ,どのように大国たりえたかを問おうとする。前者の観点からは,主としてイギリス帝国の過剰拡張(オーバー・ストレッチ)や,しばしば権威主義的で空想的なイギリス外交の失敗が見えてくる。他方,後者の観点からは,過去における秩序形成者・秩序維持者としての「巧みなイギリス外交」の分析が主要な課題意識となる。このような双方の問題意識の違いをすり合わせ,あるいは相互に交換することによって,イギリス外交を見る目をブラッシュアップすることができる,この観点を大事にしよう,と合意した。加えて,いわゆる古典的な「外交史」からの脱却をめざし,以下のような視点を共有することにした。

 第1に,イギリス外交の場であり,時にはその産物でもあった「国際体制」(たとえば,ウィーン体制,パクス・ブリタニカ,ヴェルサイユ体制,ワシントン体制,冷戦体制)の歴史的発展に留意し,それとイギリス外交の関係を意識的に考察すること,言い換えれば秩序形成者・秩序維持者としてのイギリスの外交の特質を描写すること,また「国際体制」を支える国際組織あるいは国際共同体の発展にも着目することである。

 第2に,イギリスはなぜ大国たりえたか,なぜ凋落を余儀なくされたかという問題意識から,世界におけるイギリスの地位の変遷を,イギリスの為政者の意識に即して,あるいは客観的な世界情勢の分析にもとづいて歴史的に考察することである。第二次世界大戦後について言えば,序章において詳しく述べるように,イギリスにとっての「三つのサークル」の存在意義に着目することになる。

 第3に,世界におけるイギリスの地位の変動に大きくかかわる要素として,イギリスにとっての戦争と平和の問題に着目することである。

 以上の諸点に加えて,執筆者はいずれもその時々の日英関係あるいは世界の中の日本を意識することを申し合わせた。また,各時代におけるイギリス外交の決定過程とその組織について,コラムで逐次紹介することにした。

 先に述べたように,21世紀の世界は,国際政治研究者に「国際社会」の有意性をあらためて歴史的に問い直すことを求めているように思う。イギリスと「国際社会」との格闘を通史として描くことによって,「国際社会」における外交の意義や,ひいては「国際社会」の平和を実現する21世紀的叡智を考え出すことができるかもしれない。以上のようないささか欲張った問題意識や分析の視点が,結果的にどこまで貫かれ,どのように有効であったかの判断は読者に委ねるしかない。ご批判をいただきたい。

    2005年3月10日

                                              編  者

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