« 本の詳細:『心理学』 著者紹介 | トップページ | 編集室の窓:『書斎の窓』2004年5月号に掲載 »

2004年3月31日 (水)

書評:『心理学』 「書斎の窓」に掲載

無藤 隆・森 敏昭・遠藤由美・玉瀬耕治/著
『心理学』(New Liberal Arts Selection)

2004年3月刊
→書籍情報はこちら

『書斎の窓』2004年9月号に掲載された書評を転載いたしました。

 

◇ 『心理学』書評

現代社会に見られるさまざまな類の人間模様を見るにつけ,現代ほど人の「心」についての知見が求められ,また,多くの人々がそのことについて学びたいと考えている時代は,かつてなかったのではないかと思われる。そのような時代的背景を受けて,「心理学」という学問に寄せる人々の視線は熱い。

しかしながら,「心理学」と一口に言うが,これほど「得体の知れない」?学問はない。歴史的にラフ・スケッチすれば,まず主体が勝った立場から始まり,次に客体が勝った立場に移行し,今は主体と客体の中間の1つの形態を手にしていると言えまいか。現在の形態が最終形態かどうかは不明である。少なくとも現在までは,主観主義パラダイムと客観主義パラダイムとの間での往復運動のなかで,1つ止揚された弁証法的発展のプロセスをたどっているといえる。主体と客体を統合ないし総合させたパラダイムの模索はこれからも続くであろう。なぜなら心理学はこの模索の作業そのものであるともいえるからである。

客観主義パラダイムに純粋に支配されているディシプリンや主観主義パラダイムに純粋に支配されているディシプリンに比べ生い立ちからこのような複雑な事情を抱え込んでいる,それだけにこれまでにない新しい学問形態の可能性を秘めているとも言えるこの「心理学」というディシプリンにとって,最も必要な作業は,常に「全体像」を見失うことのない理解を目指すことであろう。この作業の手始めに用いるのに,本書は最適である。その意味で本書の読者層は何も心理学を学ぶ学生たちに限定されるものではなく,大学院生や,心理学者や,隣接諸領域の研究者達なども含まれるべきである。

本書の内容は,さまざまな工夫を凝らし分かり易い解説を試みているが,十分にそのレベルにある。

これまでも,「心理学」全体を視野に入れた書物は数多く出版されている。しかし,そのボリュームについて言えば,心理学の中の諸分野に1冊ずつの分量を割り当てたいわゆる「叢書」もしくは「講座本」の形態をとるものと,これらの諸分野を各章に割り付け1冊の本の形態をとるものとに二大別できる。本書は形としては後者の1冊本に属するが,単行本数冊分に匹敵するところの,類書にはない,圧倒的なボリューム(約600頁)を誇っている。ということは,ちょうどこれまでの2タイプの中間をいくものであり,これまでの2タイプの有する利点を併せ持つとも言える。すなわち,1人の読者が「心理学」全体を見渡すのに用いるリソースとして過剰すぎることもなく,また,過少すぎることもない。また通常の1冊本の場合には,各章は各分野からの1人ずつの執筆者が担当するというやり方がよくとられている。この形態だと,各分野間の連関度が弱まり,各章をパッチとしたモザイク的雰囲気を持つ本に陥りやすくなる。それに対し,本書は全体を4フィールドに大別して4人の執筆者で分担するという方法により,このパッチ性を見事に解消している。

いずれにしても,本書の著者を代表して無藤隆氏が「はしがき」の中で述べている本書を構成した5つの方針は,本書のすぐれた特色を余すところなく表現しているので,以下に再録しておく。

  1. 心理学の学問を大きく4つのフィールドに分けて,述べることとした。
    認知心理学(知覚や脳の研究を含む),発達心理学(生涯発達や学校教育を含む),社会心理学(自己や進化心理学の研究も含む),臨床心理学(その基本と心理テスト等を含む)である。心理学には,それらだけで尽くせない多くの分野があるのだが,しかし,その4つが現在,研究が活発であり,また学部生などにとっての基本的な知識の大事な要件となっているからである。
  2. 入門的な知識から専門的な知見をつなぐところを,体系的に述べていく。
    初学者でも努力すれば理解できるように,基本的なところから解説する。だが,それにとどまらず,学部の専門から大学院1年生くらいで学ぶことを主眼としていく。
  3. そのために,通常のテキストの数倍の分量をもって記述した。
    各フィールドが単行本1冊くらいの規模をもつ程度になっているので,読み応えがあるだろう。さらに,体系的な記述から漏れる部分はコラムなどで補い,最新の知見なども入れ込んである。
  4. 心理学は,たんに専門的な知見を学べば理解できるというわけにはいかない。いかなる方法により研究を進めるかということが,決定的に重要である。そこで,実験法や質問紙法,観察法などの方法論の要点を示し,心理テストの紹介や,統計法の簡単な解説を加えた。さらに,その実例として第1章では,実際の1つの研究の紹介を通して,いかにして研究を進めるものかを理解できるようにした。
  5. 臨床心理士の希望者が増えたことに応じて,その勉強の基礎となることに力を注いだ。臨床心理学自体の解説にかなりのスペースを割いている。それに加えて,臨床心理学の周辺領域として人格心理学や発達心理学の知見を詳細に紹介している。臨床心理学や心理臨床実践が孤立してそれだけで成り立つ領域ではなく,心理学の広範な研究成果の上に科学性を備えてきていることをわかってほしい。さらに,学部から大学院の1年という時期には,そういった幅広い勉学を通して,科学的な基礎に基づく臨床心理学の意義と面白さを理解することが大切であろう。

一般に,欧米の大学の「心理学テキスト」はかなりの分量があり,カラフルにして学習のための工夫がいろいろとなされたものが多い。日本でもよく知られ,世界的にも定評のある心理学のテキストとなると,すぐ頭に思い浮かぶのは,P・G・ ジンバルドーの『現代心理学(翻訳本)』"Essentials of Psychology and Life")である。この本には,心理学者を紹介したProfileや研究のエピソードを載せたClose-up などが挿入されている。しかし,本書には,後述するように,さらに多くの読者の理解を助けるツールが備えられている。例えば,この1点をとっても(もちろん,内容はじめ他の多くの点においても),世界的に定評のあるテキストに勝るとも,決して劣らぬものを作ろうとの筆者や出版社編集部の強チャレンジ精神を感じる。現在の日本では,どちらかと言えば薄目に作られた,大学等の半年講義に合わせた「15回読み切り」テキスト作成の風潮があるが,本書はこれに一石を投じ,「心理学」を「本当に」勉強したい読者達の熱い思いに,十分に応え得るものとなっている。

本書の4人の執筆者はこれまで多くの研究を実践し,その成果を学会や社会に発信してきた各界を代表する一流の研究者達である。これらの先生方が情熱を注ぎ込み,数年という歳月を費やして世に送り出した本書は,多くの読者を納得させその知的関心を十分に満足させるものであろう。

さらに,本書は,読者の理解を深めるために以下のような6つの効果的なツールを装備している。1冊の本がこれだけ多くの充実したツールを備えている例はきわめてめずらしい。

  • 〈KEYWORD〉 それぞれの章に登場する特に重要な用語(キーワード)を,各章第1節の前に一覧にして掲げてある。本文中ではキーワードおよび基本的な用語を,最もよく説明している箇所で青字(ゴシック体)にして示し,事項索引ではその用語と青字(ゴシック体)で示された頁を,同様に(ゴシック体)にして示してある。
  • 〈FIGURE〉 本文内容の理解に役立つ図を,類書より多めに挿入してある。
  • 〈TABLE〉 本文内容の理解に役立つ表を,類書より多めに挿入してある。
  • 〈COLUMN〉 本文の内容と関係のある事例や研究例などを取り上げる32のコラムを,関連する箇所に挿入してある。
  • 〈BOOK GUIDE〉 それぞれの章の内容についてさらに読み進めたい人のために,各章末に文献案内を設けてある。
  • 〈EXERCISE〉 それぞれの章の内容についての理解度を確かめられるように,各章末に練習問題を設けてある。さらに,練習問題を考える際の手がかりを得られるように,巻末に 練習問題のヒントを設けてある。

全体として本書は,料理に喩えれば,斯界の一流シェフ達により,良質の食材が鉄人技で調理され,人々の食欲をそそる,また味・栄養・消化吸収もすばらしい,それゆえに摂食者の心身を十分に育む見事なディッシュが作り上げられている。加えて,調理前の食材(元になっている研究・実験)にも読者の注意を向かわせるべく前述の "COLUMN" が工夫されている。しかしながら,この "COLUMN"の内容自身もかなり料理されている感もある。これは,さらに増加する紙数の関係等から,「無理なこと」なのかもしれないが,いくつかの重要なテーマに関しては,調理前の「食材」をある程度そのままの形で提示し,その食材をいかに料理して,いま読者が食べているディッシュが出来上がってくるのかが,若干,理解・経験できるような部分を設けておくことはいかがであろうか。もっとも,これは,この種の本に対する好みの違いかもしれないが。しかしながら,第1章第3節の「研究の実例」の内容が読者の大いなる食欲をそそることは間違いないし,事実,私には大変おいしかった。この種の内容部分を各章に1つずつでも設けることは,本書のもう1つ別の顔を作り上げたかもしれない。

 
 2004年9月
                       中島 義明=早稲田大学人間科学部教授

« 本の詳細:『心理学』 著者紹介 | トップページ | 編集室の窓:『書斎の窓』2004年5月号に掲載 »

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 書評:『心理学』 「書斎の窓」に掲載:

« 本の詳細:『心理学』 著者紹介 | トップページ | 編集室の窓:『書斎の窓』2004年5月号に掲載 »

twitter

サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想

Google+1

  • Google+1