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2004年2月26日 (木)

編集部員より:初めての編集後記

S.N.

 『学校臨床心理学・入門――スクールカウンセラーによる実践の知恵』を去る2003年12月にめでたく刊行することができました。編集者として初めて担当させていただいた,記念すべき一冊目です。

 10数名もの錚錚たる先生方の,長年の研究と実践から生み出された,貴重な知見や思い入れの詰まったお原稿を,配属されて間もなく先輩から譲り受けました。「世界で最初の読者」となり,恐れ多くもそのお原稿に赤字を入れさせていただくなど,1冊の本として世の中に提供するまでをお手伝いさせていただきました。身に余る光栄とはこのことだとしみじみ実感したしだいです。編集という仕事は,他にはない面白さとやりがいのある仕事でした。

 さて,いかにも新人らしい,良いこと尽くめの感想文はここまでにしましょう。何しろこんなことを書いているこの私が,初めての本が出来上がってまず感じた気持ちというのは,実はうれしいよりも何よりも,本を直視できないほどの「怖い」という気持ちだったのですから。情けないですがこれが入社8カ月そこらの一新人編集者の実情です(きっと私だけだと思いますが……)。今ようやく直視できるようになりましたので,その「怖さ」について,ちょっと白状してみたいと思います。

 先ほども述べましたように,大変貴重な仕事をさせていただけるという「環境」だけは劇的に変化したとはいえ,恐ろしいのは,私自身は全くそれまでと何ら変わりないということです。つい数カ月前のお気楽学生の私と,入社間もない私の差といえば,「(株)有斐閣 中村さやか」という文字が印刷された,小さな長方形の厚紙を持っているか否か,それくらいのことです。しかし,この小さな厚紙を手にした瞬間から私は,第一線で活躍されている先生方のお考えやメッセージを「本」という衣でまとうお手伝いができる「編集者」。当然,先生方へ,そして読者へ及ぼしてしまう影響に関して,「新人なので……」は通用しません。なんと恐ろしや……。

 本は形ある物として世の中に広まるだけでなく,それを読んだ人の心や頭の中にも何かを残し,その方たちが生きていく社会にも何か小さな化学反応のような変化を起こす可能性を持っています。だからこそ,本の中身に対しては,編集者の非常に細かい配慮が求められます。本を通して何を伝えるのか,読者は何を求めているのかを捉えようとする眼差しの鋭さと視野の広さはもちろん,この表現は読者にとってわかりやすいか,誤解を与えはしないかなど,一字一句に対する細やかな視点の両方が必要とされます。一字一句,誤植のチェックや表現などを検討していく「校正」という仕事があるのですが,要領を得ない私にとっては,まるで広くて深い海の中にすもぐりで何かを探しにいくようなもの。「果たしてこれで全部探せたの?」。いつまでたっても原稿から離れられず,深い海に潜ったままふやけてしまいそうでした。

 また,本は内容だけでなく,本という目に見える作品としての完成度も求められます。筆者の伝えたいものが,そのまま正確に,欲を言えばそれ以上に効果的に読者に伝わって欲しい。そのための工夫をちりばめながら一冊の本という作品を作り上げていく,「モノづくり職人」としての面白さを味わえるのですが,「それが果たして独りよがりではないだろうか?」「先生方の思いは?」「読者はちゃんと受け入れてくれる?」と常に自問自答の繰り返しでした。

 本ができあがっても,それらの問いに対する答えは誰も与えてはくれませんでした。それは読者の方がこの本を読み,利用していただいて初めてわかること。本ができあがったとき,私が言いようのない「怖さ」を覚えたのはそんなわけでもありました。

 実をいうと,執筆者の先生方に,その複雑な気持ちをたまらず漏らしてしまったのですが,その私の戯言に対する,先生方からの貴重なお言葉の数々が,今でも忘れられず心に残っています。先生方はその分野の一流の専門家であることはいうまでもありません。しかし「一流」であるだけでなく,ご自分の知見,実践の知恵などを「世の中に伝えること・世に問うていくこと」には非常に厳しい目をもっておられ,先生方であっても,迷いながら,常に疑問や新しい視点をおもちになりながら,お書きくださっているのだということを教えてくださいました。それまでは怖がってばかりいた私ですが,今は「私が怖がってばかりでどうする!私が信頼される編集者にならねば」という,ちょっとおこがましいような思いを抱きつつあるのでした……。

 「早く一人前に」と焦る気持ちもありますが,私は地図を持たずに「編集」の森へと迷い込んでしまったようです。でも編集者の道のりの長さも険しさも,自分で歩いてみて初めてわかること,近道の地図などないのかもしれません。これからも「適度に不安や不満と付き合いながら」,一人前の編集者への長い道のりを,てくてく歩いていければと思っています(「走れ!」という檄が聞こえてきそうですが……)。

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