編集部員より:編集の仕事,悲喜こもごも
私が編集の仕事に携わってから早30年近くになります。その間,嬉しかったこと悲しかったことなど,さまざまな経験をしました。その一端を綴ってみたいと想います。
はじめに,嬉しかったことについて。
編集の仕事はいってみれば,「無」から「有」を創りだすことにあるといえます。ひとつの「本」の誕生は,この世の中で唯(ただ)一つしか存在しない作品といえます。その意味で,一冊を生み出す,創り出す仕事は創りがいのある生きがいのある大きな仕事であるといえます。
私が著者と共同で創りあげた御本の中で,とりわけ記憶に残っている図書としてつぎのものがあります。それは『仏教の深層心理--迷いより悟りへ・唯識への招待』(有斐閣選書)という御本です。これまで小社からは仏教書についてはあまり刊行しておりませんでしたが,念願の企画が通り意中の著者に想いをつげ執筆のご快諾をいただいたときは,大変嬉しかったです。著者は太田久紀先生(元駒沢短期大学教授)といいます。仏教の中でも非常に難解な思想といわれる「唯識」を現代語で語ることができる日本で数少ない優れた素晴らしい先生です。奈良の薬師寺で唯識の講義をされたり,新宿の朝日カルチャーセンターなどで講義をされました。
先生との思い出話に,小社から出版するということで日頃,筆がスムースに進むのが,有斐閣の「六法全書」の堅い(?)イメージがなかなか払拭できず,筆が進まず困ったと,述懐されたことがありました。しかし刊行はそう遅れずに出来ましたが。社のイメージにより運筆の遅速があるということをはじめて知りました。
先生との刊行までのさまざまな交流は,たいへん有意義で楽しい記憶として残っております。心から篤く御礼を申し上げます。ありがとうございました。
つぎに出版の仕事というのは,悲しいことに意想外に刊行が遅れ,なかなか忍耐が必要とされるという例です。
本の企画を立て,刊行に漕ぎ着けるまでの年月がこちらの目論見を意想外に越える出来事が何回かありました。そのひとつを挙げます。
それは,『講座日本近世史(全10巻)』のシリーズです。第1巻目が出されてから全巻が揃うまでに約12年の歳月がかかったことがあります。このシリーズは編集ものであった関係で1巻につき10名位の執筆者がおりました。多数執筆ということもあり,原稿の入手までにかなりの年月を要しました。また,第10巻目が「近世史への招待」という内容であったために,第9巻までがすべて刊行され,それを踏まえて編集をするという内容・構成上の制約もあったために,思いのほか年月がかかってしまいました。読者の皆さまには大変ご迷惑をおかけいたしました。あらためて深くお詫び申し上げます。
以上,出版にともなうふたつの嬉しい出来事と意想外の忍耐の必要な出来事を取り挙げました。総じて私にとって編集の仕事は,忍耐の必要が要求されても,たいへん有意義で楽しい仕事であるとつねづね感じております。ご高覧を賜りましてまことにありがとうございました。