編集部員より:著者とのお付き合い
編集者という職業の楽しみの1つには,多くの著者と会え,話を聞けるということがあると思います。とくに,有斐閣で書いていただく著者は大学の先生方が多く,学問の世界における専門家,その世界の第一人者ばかりで,非常に興味深いお話をお聞きすることができます。また,著者にとっても,われわれ編集者はちょうどよい話し相手でもあるわけでしょう。多少は,学問の世界や教育の現場などについて関心があり,世の中一般についても興味をもっているからです。これが先生方同士ですと,専門分野の細かで難しい議論になってしまうか,専門が違えば大学をめぐるお話をされることが多くなることでしょう。また,学生さんとお話になるときは,やはり先生対学生という関係になりますから,自由に気楽にお話するということは難しいと思われます。そういう意味では,著者も編集者相手にはざっくばらんにいろいろなお話をしやすいという点があると思われます。
これまで,私も著者の方々に本当に多くのお話を伺ってきました。最近やはり多い話題は大学改革のお話です。いま,大学は変革の時を迎えていて,先生方も非常にご苦労されています。会議や事務仕事のために忙殺されることが多く,研究が進まない,あるいは執筆が進まない,と嘆かれることが多くなっています。編集者としては,執筆を進めていただかなければならないので,難しいところです。もしかすると,筆が進まないことの理由として利用されることも多いのかもしれませんが。
また,やはりいまの大学生の気質についてもよく話題になります。「いまの学生は勉強しない」「基礎的な学力がない」とか「ゼミにもテキストを持ってこない」といったことをお聞きします。こういうお話は,大学の特性にかかわらずどのような先生からも伺います。また一方では,「以前の学生よりもさまざまな問題に関心をもっている」とか「自分で考える能力がある」といった意見も伺います。いずれも正しいに違いありません。昔に比べ,個性的な学生さんが増えたのでしょう。
著者の多くは研究者の方々ですので,海外へ滞在される機会が多くあります。したがって,外国のお話を聞くこともしばしばあります。その国のことを専門として研究されたり,2年近くの在外研究される方もいらっしゃいますので,その場合は現地の社会に本当に溶け込み,深く知っていらっしゃいます。私などの勝手な思いこみが修正を迫られ,驚くこともよくあります。長期間,海外へいらっしゃる機会がある先生方は,われわれのような会社員にとってみれば大いなる羨望の対象になります。
もちろん少年犯罪や選挙といった社会や政治一般のお話になることもありますが,私は主に経済・経営分野を担当しておりますので,やはり経済や金融財政のお話を伺う機会が多くなります。著者の中には実際の政策をご研究されている先生もいますので,相当に「深い」お話を伺うこともしばしばです。いかに世の中が複雑なものなのか,思わずうならされる毎日です。企業経営や各産業の現状などについてもよく著者からお聞きします。なぜあの企業が成功したのか,あるいは失敗したのか,国際化の中で各産業が生き残る手段は何か,といった興味深いお話を伺う機会があります。そういうお話をお聞きすると,なぜか私も元気になっております。普通の社会人ならば,講演や研修などで聞くべきである内容を気軽なお話として伺えるのですから,編集者は幸せ者です。
著者にとって,出版の世界はやはり関心のある世界なのだと思います。研究者にとって書物は研究する際の手段として,いまでも非常に重要なものに違いありません。したがって,本や編集について,あるいは出版業界について聞かれることもしばしばあります。その際には,こちらがお答えする番になります。いま評判になっている本や,依然厳しい出版事情などを率直にお知らせします。編集という仕事の面白さやつらさもお答えしています。意外にも,編集という仕事に関心を示す著者が多くいらっしゃいます。そういう場合には,こちらが先生のような立場になって,いろいろとお答えすることになります。編集者も編集という場面では専門家になりうるわけです。
以上のように,著者にさまざまな話題をお聞きする機会は多くあります。こういうときこそ,まさに編集者冥利に尽きるという気がするほど,楽しく充実した時間を過ごせます。最終電車で帰るほど遅くまでお話をお聞きすることもありました。翌朝は起きるのがつらく大変でしたが,ある種の至福のときでした。でも,ただお話を伺っているばかりではありません。やはり新しい企画のタネになるようなお話ではないかと集中しながら聞いたり,その方向にお話を移させていただくこともあります。実際,雑談をしながら,企画が組み立てられ,刊行にまで至った本もあります。編集という仕事は,著者の関心と読者の関心をつなぐ媒体という役目があるでしょうから,著者から関心を引き出し,本として提供できたことはまさにその役目を実現できたことになります。いま世の中で何が問題になっていて,それに対する解決策は何か,正確にすばやく把握し,本としてまとめあげ,読者に提供する,という編集者の機能を果たすためには,著者にさまざまなお話を伺うことが必要なのに違いありません。
著者と編集者は,よくいわれるように,単なる仕事上や契約上の関係ではなく,人と人の深い関係で結ばれていることもあります。そういう意味では,編集という仕事は普通の事務仕事ではなく,きわめて人間くさい仕事のような気がします。全人的にすべてを投入して成り立つ仕事なのでしょう。多くの著者にさまざまにお話を伺うこと通して,人と人との深い関係が築けたような気がします。これからも,先生方にたくさんのお話を伺いながら,仕事上の関係を超えた関係を取り結び,優れた本をつくっていけるよう,編集に携わっていきたいと思っています。