著者より:『教育心理学ハンドブック』 編集委員による座談会(上)
日本教育心理学会/編
『教育心理学ハンドブック』
2003年3月刊
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編集委員による座談会の模様です。
現代教育の課題と教育心理学の役割(上)
――『教育心理学ハンドブック』の刊行をめぐって
司会 子安増生(京都大学大学院教育学研究科教授)
市川伸一(東京大学大学院教育学研究科教授)
森 敏昭(広島大学大学院教育学研究科教授)
無藤 隆(お茶の水女子大学子ども発達教育研究センター教授)
『教育心理学ハンドブック』ができるまで
◆子安◆ 『教育心理学ハンドブック』がこの春に刊行されました。その経緯をふりかえります。現在の日本教育心理学学会の常任理事会が成立して,市川伸一先生が理事長になられてスタートしたときにまず大きな話題として出てきたことは,学校心理士の立上げと絡んでいたと思いますが,学会員の数が7000人近くに増え,その多くの会員の方に学会としてどんなサービスをしたらよいかということ。もう1つは,学会としての学術的な側面の仕事をこれからどのように強化していけばいいのかということ。この2つの流れの中から出版事業の強化についての議論が行われたと思うのです。そのことが2001年の春ごろに研究委員会に付託されました。
その後,この『ハンドブック』をつくり上げる専門委員会が必要だということで,編集委員会が出来ました。私がその編集委員長を引き受けさせていただきまして,森敏昭先生が副委員長で無藤隆先生ほか10人の先生方に編集委員をお願いして進めていくことになりました。ちょうど日本教育心理学学会の前身団体の日本教育心理学協会が設立されて50周年に当たるのが今年だということで,それを目指してやっていこうということになりました。
『教育心理学ハンドブック』の趣旨は,会員に対して有益な情報を与えるということですが,作業の中身としては我々自身が自分たちのアイデンティティを問う作業ではなかったかと思うのです。その中でいろいろと我々がやってきたこと,これからやるべきことも明らかになってきたし,学校の先生方や若い先生方に伝える内容も明らかになってきた。
もう1つは,学会が本を出すことのメリットは学会という人材の宝庫があるということです。学会というフォーマルな団体が出すということで,執筆者にあたる方たちにもご協力いただきまして,これだけ短期間に予定どおりの期間で刊行できたのは,学会の仕事であるということが大きかったと思います。
そして,50周年記念ということで,学会員に対して無料配付という,今までなかったことが行われました。これは教育心理学会にとっても非常に大きなエポックではなかったかと思います。それから,最初の段階から有斐閣さんにご協力いただきましてスムーズに進められたことも非常に大きかったと思います。
以上のような経緯なのですが,この『ハンドブック』をつくった意義について先生方から少し感想をお聞かせいただければと思います。
『教育心理学ハンドブック』刊行の意義
◆市川◆ 私も,今おっしゃった2つの意義は,どちらも大事だったのに,これまであまりやられてこなかったと思います。1つには,若い大学院生たちが大学でゼミや講義で勉強をし,論文も書いているけれども,教育心理学という世界で将来どうやっていくのかについては,よくわからない。我々も昔はよくわかっていなかったと思うのです。何となく10年,20年経って馴染んでいく。その過程でいろいろ戸惑う学生もいるでしょう。そうした学生をもっとスムーズに教育心理学という世界に入ってこられるようにしたいということがあったと思います。
もう1つは学校現場の先生です。学校心理士ができたことも大きいと思いますが,今,やっと教育心理学が学校からも関心を持たれるようになってきた。ところが,学校の先生も教育心理学会というと戸惑うわけです。その学会は一体どんな学会なのか,教育心理学とはどんな研究領域なのか,と。そこで,もう少し情報を提供して,早くこの世界に馴染んでいただいて,一緒に協力してこの学問の世界でやっていこうと。そういう2つのことがかなり大きなニーズとしてあったと思うのですが,それが,こういう形で実現できたのはよかったと思います。
◆森◆ 確かに,学会が編集しなければ,こういう構成の本はできなかった気がします。研究の歴史からさまざまな領域の最新のレビュー,教育心理学で研究を進め成果を発表していく道筋まで,こういう本は普通はできません。こういう記念事業だったからこそできたと思います。
この本が会員たちにどんなふうに受けとめられたのかなと思って,ホームページで『教育心理学ハンドブック』というキーワードで探してみたら3件ほど日記に書いてあって,なかなか好評だったなと思いました。特に,無料配布には皆さんびっくりしたようで,「教育心理学会はすごい」と認知していただけたようで,非常によかった。
最初は,こんなに予算を使っていいのかな,という気もしましたけれども,結果としてはよかったと思いました。多分,日記は正直なことが書いてあると思う。もらった瞬間の驚きというか喜びというか,それが表れていたと思います。3件のうちの最初の人は,自分の誕生日に来たから誕生日プレゼントかと思ったらしいです。2番目の人は,書評欄にこれを取り上げてくれていました。3番目の人は,大学院生のような感じで,最後に「教育心理学会に非常に期待している」と書いています。これらの人々の期待に応えないといけないと思いました。少し自画自賛があるかもわかりませんが,教育心理学会の会員にアピールするには良い企画だったかなと思いました。
◆無藤◆ 私はかつて教育心理学会の事務局がある大学の学生でしたから,個人的に非常に親しい感じを持っていました。学会に加入したのは院生になってからですが,学部生のころからお手伝いという感じでいたのです。もう30年以上前です。そのころの学会員数はまだまだ少なかった。今は巨大学会になって,日本心理学会,日本心理臨床学会と並ぶ3大学会の1つという感じです。そういう成長ぶりに驚嘆しています。
私は学会の成長過程にかなり付き合ってきたので,教育心理学という学問あるいは学会のあり方がいろいろな意味で見えているのですが,最近の,例えば大学院生にとっては,最初から巨大学会なのです。そういうエスタブリッシュメントというか,保守的という感じがあるのかもしれません。私のイメージでは,日本の心理学のオーソドックスが心理学会だとすると,教育心理学会はむしろ開拓者というか,傍流を一生懸命つくりながら本流に道をつくってきたつもりでいたので,驚くわけです。本書にも圧縮した形で学問の概観部分があり,歴史を振り返るいい機会になりました。
もう1つは,すでにご指摘のように,現場の先生方,特に大学院生といった若い研究者やその卵にとって,本書はかなり具体的にきわめて有益な資料になるだろうと思うのです。この種のものは,英語圏ではアメリカ心理学会やその他でそれぞれの学問領域ごとに出ています。簡単に言えば「研究者になるには」「大学院生活の過ごし方」みたいな感じのものですけれども,日本ではなかったわけで,そういう意味で非常に役立つだろうと思います。
『ハンドブック』で私が担当したところはかなり具体的に,1年生に言うようなことを圧縮して書いたので,数千人が手に取るような所に載せてもらえたのは非常にありがたかったと思います。
最後にもう1つ。学校心理士あるいは学校現場との結び付きということで,私はここ10年ぐらいの学会の大会でも発言したことがありますけれども,教育心理学は私の学生時代からの20年ぐらい,その不毛性ということで大会で議論が何度もあった。しかし私は,1990年代以降はきわめて生産的になったと信じているのです。現場に役立つ,実践を良いものにし得る知見を積み重ねたと思います。けれども,それがうまく現場に伝わっているか,養成課程で活かされているか,あるいは,もう少し広く学校教育にかかわる実践者・研究者,あるいは行政家などに知見がまとまった形でゆきわたっているかは別の話ですから,そのギャップを少しでも埋めるものになってほしいという希望を持っています。
◆子安◆ 外国の学会でもこういうものを出しているかもしれないのですが,私たちは調べる余裕がく,モデルなしにつくったので,全く新たなものができた。それがよかったのかなと思っています。
◆無藤◆ そうですね。こんなにコンパクトなものはないと思います。
日本教育心理学会の方向性
◆子安◆ それから,教育心理学会がエスタブリッシュメント,保守的だというのは大きな間違いで,こんなに若い理事長,会長がおられる学会はほかにない。その辺,理事長の市川さんは日本心理学諸学会連合(日心連)に出ておられてどうですか。
◆市川◆ 理事長はこれまで重鎮と言われる方が教育心理学会でも多かったと思いますし,ほかの学会でも雰囲気としては大体そうでしたけれども,私たちの代になってかなり若い人が理事,常任理事になって直接運営にかかわるようになった,これは教育心理学会の現在の大きな特徴かと思います。教育心理学会はここに来てすごく流動的になってきましたね。
◆森◆ 10年前だったらこうはならなかったと思います。私が会員になったのは1972年でもう30年になりますが,最初の20年は発表内容が,日本心理学会(日心)と教育心理学会(教心)とほとんど区別がつかないような,多少は違うかなという感じでした。研究者も,日心と教心と同じような内容のものを両方で発表するという,そんな類の研究が多かった。
ここ6,7年ぐらいでしょうか,急激に変わった。そのころから会員も増えたし,内容もかなり実践に踏み込んだ研究が増えてきたような気がします。その代わり,私の知っている人で何人か教心をやめました。心理学に対して先端科学に向かうといいますか,理論的あるいは学術的に高度なものを追い求めるようなことを期待している人は,今の教育心理学会の方向にはついていけないところがあるみたいです。
でも,それは仕方がないと思います。その種の研究は日心などの学会でやったらいいのではないかと思う。ただ,先端性に向かう方向を持ちながら実践性も強めていく。そのバランスをとっていく舵取りが非常に難しいときに来ているのではないかと感じます。
◆市川◆ 私は大学院生のときにはまだ教育心理学会に入っていなかったのです。記憶や認知の基礎研究をやっていましたから,日心で発表していました。30歳代半ば頃,教育に関心を持ったので教育心理学会に入ったのですが,今おっしゃったようにほとんど日心の発表と変わらないような発表が多かった。教育心理学会というから発表はもっと教育にかかわることをやっているのかなと思ったら,同じような発表が多かった。少し意外だったのです。その頃不毛性の論議を盛んにやっていましたから,それならばなぜもっと変わっていかないのだろうと思っていました。
◆森◆ 学問的な精緻さという点では,日心のほうがランクが上だった。そのため同じ研究を投稿する場合でも,自信があったら『心理学研究(心研)』に,自信がなかったら『教育心理学研究(教心研)』に投稿しなさいという,そんな雰囲気がありましたね。ほとんど同じような研究内容だから,そういう序列がついてしまったのだと思うのです。
◆市川◆ 今はテーマの内容で発表する学会を選ぶようになってきましたよね。「これは教心ネタ,これは日心ネタ」みたいに。そのほうが自然な姿だと思います。
◆子安◆ この『ハンドブック』は会員配付用と市販用をつくりました。市販分の売れ行きはまだわからないのですが,いずれは改訂版を出して,それが何版にもなって,10年経ったら別の本になるぐらいにどんどん改訂ができればと思っています。学会としても,辞典とか講座とか,そういう方向に力を発揮して,出版活動が活発になっていけばと思っています。
教育心理学学会と学校心理士
◆子安◆ それでは,この『ハンドブック』をつくる契機となった職能資格,ここでは学校心理士ですが,それが学会の大きな方向づけとなってきたという話に移りたいと思います。
この問題は教育心理学だけではなくて,法律学ではロースクールあるいは広くは高度専門職大学院ということで文部科学省もそちらの方向にかなりシフトしている。学校心理士がその流れに乗ったのではなくて,むしろそうした流れをつくってきたのだと思うのです。1960年代辺りから専門資格が議論され,1970年代には教員養成系の大学が修士課程の大学院をつくるという流れの中で,彼らのキャリアをどのようにサポートしていくかということから起こってきた。
1993年に専修免許状,これは修士課程を出た人で単位がそろった場合の免許状ですけれども,その授与条件に「学校心理学」と付記されるようになってきまして,1997年からは学校心理士の資格が認定されるようになった。
これは初めは教育心理学会がやっていたのですが,今は学会から独立した認定機構で行っているということで,資格そのものは学会から離れたわけですけれども,その資格を支える大きな学会であるということです。その経緯を含めて,職能資格者の集まりとしての学会の持つ機能,研究者の団体だけではなくて職能資格の団体でもあるという,その辺りの方向性をお話しいただければと思います。
◆無藤◆ 学校心理士は今何人ぐらいいるのですか。
◆市川◆ 2500人ぐらいです。
◆子安◆ 教心会員とのオーバーラップはどのぐらいですか。
◆市川◆ 学校心理士の9割ぐらいの人は教育心理学会の会員です。
◆無藤◆ 学会加入は義務ではないのですね。
◆市川◆ 今は義務ではなくなりました。経緯から言うと,学会の動きとしては,専修免許状に学校心理学を付記する運動をやっていたわけです。学校心理学という領域に教育心理学会としてどんどん乗り出していこうという動きがあった。学校を1つのフィールド,あるいはターゲットにして,そこでの職能ということと結び付いていく,学校の諸問題をコンサルテーションしたり解決を支援していく,そういう領域に教育心理学という学問が出ていこうではないかという動きがあって,私も学校心理学というのがあるのかとそのときに知ったような感じでした。
しかし,付記運動は,あまりうまく進まなかったのです。折角付記しても各教育委員会でそれを認めてくれないと実効力がない。運動を一生懸命しても,認めてくれる教育委員会がスムーズに増加していかなかった。それならば我々の方で資格をつくってしまおうではないかと。これだったら自由にやっていいわけです。そこで,学校心理士をつくった。そうしたら,それを受けてくださる方がたくさんいたということです。
◆森◆ 最近,学校心理士は教育現場でだいぶ認知されたみたいで,社会人枠で現場の教員を大学院生として受け付けているのですが,今年も何人か,「とにかく学校心理士になりたい,資格を取りたい」という先生がおられます。学校の現場でいろいろ迷ったり困ったりしたときに心理学が助けてくれるだろうという期待があるようです。
そのために自分が教育心理学を勉強して,学校心理士の資格を取ろう,ということで受験をしている。ですから,かなり認知され始めてきたのかな,という感じがします。
◆市川◆ 学校での心理的問題が1980年代後半から1990年代にかけて噴出してきたわけですね。学校の先生もその解決を心理学に求めたと思う。もちろん,臨床心理士も頑張った。しかし,臨床心理士が全部カバーできるとは限らないし,もっと広く学校の心理的な問題を扱える資格が求められていたということもあると思います。学校の先生はそういう知識技能を持っていることの何らかの証明が欲しかった。すでに先生になっている方も,そういうものを求めていたのだと思います。
◆森◆ 学校心理士と臨床心理士の違いですね。学校心理士は臨床心理士とは違うということをもっと浮き出させるような活動をしなければいけません。今は学校での問題点というと不登校とかいじめとか,主に生徒指導絡みの問題がクローズアップされていて,学校心理士はそれにもサポートできる力を持っていないといけないとは思うのですが,学校は何といっても学びの場所ですからね。学習の問題,評価の問題,学校の運営の問題,そういう学校の中でのさまざまな問題に対して学校心理士がサポートし,アドバイスできるという,そういうような人が増えてくると,学校心理士の存在が広く社会に認められていくのではないかと思うのです。
学校教育の現場で果たす教育心理学の役割
◆無藤◆ この5年ぐらいだと思うのですが,学校現場と心理学者の馴染みがよくなってきた。その前から教育心理学者で学校現場にかかわっている方は何人もいたのですが,その方たちは開拓の苦労をしながらやっていたと思います。今でも苦労はあるのですが,例えば教育委員会レベルで考えたときに心理学的な考え方や見方,その面からの直接的な援助への抵抗感は,ずいぶん低くなった感じがする。
そのいちばん大きな理由は,臨床心理学なり臨床心理士がスクール・カウンセラーを通して入ったことだと思う。ここ数年で,1つは学習障害なりLD(ラーニング・ディサビリティ)が広く認識された。あれは普通学級レベルの問題になりますから,教育心理学的な発想に近い,その延長です。もちろんLD学会もあります。LD学会も教育心理学会とかなり協力しながらやっている学会です。
もう1つは,この2年ぐらい,学力をしっかり指導しなければいけないという問題が出てきた。その中で,これは市川さんの影響もずいぶんあると思うのですが,学習指導に対する個別的なアプローチ,あるいは外部の専門家が学校に入って学習指導の援助や教育課程の援助をするとか,そうした学校の先生と専門家の協力関係が生まれてきた。さらには,学校の先生の中にも,生徒指導や教育相談だけではない障害児の指導とか,学習指導の専門性の強い先生を配置するといったような発想が,変わってきたなと思うのです。
◆市川◆ この3年ぐらいのことで言えば,私は学力低下論争の副産物だと思っているのですが,1つには学力の測定評価をしっかりやることの大切さが言われるようになった。そこで,これまで教育心理学で開発してきた学力診断テスト,あるいは最近ですと学習力というか,どんな学習行動をとっているか,どんな学習動機を持っているのか,そういうところから生徒を把握しようとする動きです。これはまさに教育心理学の領域です。そういうことが求められるようになってきた。
それからもう1つは,学校に学生や大学院生を呼んで個別の学習指導などに当たってほしいという話が多くなりました。学力低下論があれだけ盛んになったので,自治体も「それは大変だ,税金を投入してでもそういう人を外から入れて学力向上を図ろう」という所が急に増えてきた。ひと昔前ですと心理学の大学院生に対して「ぜひ学校に来てください」という話は,臨床ならばあったのかもしれないけれども,教授・学習とか,そういう領域ではあまりなかったのではないか。最近はそういう話がたくさん来て,こちらも本当にどれだけ応じられるのか,ここでしっかりやらないと信頼を失ってしまうと思うのです。学生はそういう形でどんどん学校から求められて入っていく機会が増えてきた。そういう流れを感じます。
◆森◆ 最近新聞で読みましたけれども,文部科学省はそういう予算をつけるようになったでしょう。学習チューターでしたかね。
◆無藤◆ チューターと,専門家が入るのも本年度の予算に入っています。
◆市川◆ 学習指導カウンセラーですね。それは専門家が入ります。私も,東京都の小学校で1つやっているのですけれども,そこに「学校心理士」という名前を入れてほしいとお願いしたのです。学校心理士なので,心理学的な知識をバックにしながら学校の指導体制についてのいろいろな支援ができる人であると。
◆森◆ 認知してもらういいチャンスだし,それに応えられるだけの力をつけないといけないと思うのです。
◆市川◆ 私たちの場合,その前に学校の先生と一緒に研究会を10何年かやってきましたが,最初のころは自信がなかったのです。教育心理学が提供することなどはもしかしたら学校現場ではとっくに知っていることで,こっちが貢献できることは一体何なのだろうかと。ところが,やってみると,先生と私たちとでは見ている点がすごく違うなと気づきました。
例えば,学校から帰っての学習スキルは学校の先生にはとても見られない。心理学者は家庭での学習スキル,学習動機をずっと問題にしてきたのだけれども,学校の先生は授業の中で子どもの学習をどう組み立てていくかということが中心になる。それならば,こちら側も貢献できることがありそうだと思いました。そういう研究会で,私や学生も少し自信をつけたと思います。
学校心理士の研修と実践研究
◆子安◆ 外から見たときに,○○心理士という資格がたくさん出てきましたが,なかなかそれらの区別がつかない。学校心理士というのは一体何かを一言でアピールするには,どのようにしたらいいでしょう。
◆市川◆ 学校心理士は学校で生じる心理的な問題を扱いますね。生徒にとっては学習の問題,人間関係の問題,それは生徒間もあるし先生との関係もあるでしょう。学校の先生にとっても,どうやって教えたらいいのか,あるいは,学級経営や先生同士の組織づくりなど,いろいろな問題があります。そういう学校で生じる心理的な問題の支援をしますということで,すごく広いですよね。
学校心理士が扱う項目がいろいろありますけれども,あれを全部できるスーパーマンのような人はそういない。アメリカでやってこられた石隈利紀先生のような方はかなり広い問題をカバーしていらっしゃると思いますが,日本ではいまのところ,得意とする問題に濃淡ができるのはやむを得ないと思う。そのうちにだんだん学校心理士自体も器が広がって,実践を経て成長していくと思うのです。
◆無藤◆ 学校心理士は,専門性を持った資格ですが,大事なのは,その資格を得るため,あるいは資格を得てからの研修です。学会大会の中でも研修なり資格のためのポイントになるものがいくつも開かれるようになったし,支部ごとにもやっている。我々研究者も参加しますけれども,学校現場の先生もかなり参加して専門的な知見を得るようになってきました。研究する我々なり院生も,教育心理学の知見がどういう意味で実践的な形をとり得るかを学ぶ。そういう研修の機会を豊富にしたのはよかったし,もっと広がっていくといいと思います。
◆市川◆ 学校心理士には,アカデミックな立場から実践に入っていこうという人と,学校現場で教員の経験を積まれていて理論的なバックグラウンドを求めて学校心理士になる人と,両方の人がいます。それがうまく融合してやっていけるかどうかという,ちょうどそういう時期になっていると思う。
◆無藤◆ そこに関連するのですが,大学院の修士課程で修士号をとる学校現場の先生方が増えてきました。従来のアカデミックなスタイルの修士論文を書く人もいるでしょうけれども,かなり実践的なことを調べていく人も増えてきて,教育心理学の先生につく人が増えました。それで現場に戻って学校心理士の資格を取り,教育心理学会にかかわっていくという広がりが出ました。
特に,教員養成学部にいる先生方は,教授陣が指導をしなければいけないので,指導過程で実践的なかかわりを考える面もあるのではないか。この『ハンドブック』はそういう立場にある院生や先生方にとってもコンパクトにできていると思う。
◆市川◆ 10年前までは,修士号を取るために教育心理学の大学院に入ってきた先生方も,修士論文はアカデミックな,伝統的な方法論でやれと言われた方が多いのではないか。ところが,心理学でもフィールドワークとか実践研究が進んできて,それが方法論的にも認められるようになった。大学院に入ってきた学校の先生も,大手を振ってそういうことを修士論文としてできるようになった。また,それを大学の先生も認めて,こんな方法論もあるということをサジェストできる。できた論文も投稿できる。そういうふうに変わってきているという気はします。
◆無藤◆ 4,5年前でしたか,『教育心理学研究』でも実践研究というカテゴリーをつくりました。学校心理士の後です。まだ投稿は多くないのかな。
◆市川◆ 毎号2編ぐらい,割とコンスタントに出るようになっています。もう10年ぐらい前だと思いますが,最初にあれをつくろうと言ったときには全く相手にされなかった。実践研究でいいものが来ればいつでも受け付けるのだから,そういう区分は必要ないと。昔から良いものはきちんと出ているではないかと。言われれば,確かに,10年に一度ぐらいは優れた実践研究が出ていました。
でも,実践研究としての評価の基準と一般の論文としての基準は違うのではないか。枠が一般論文と同じであると,同じような観点で評価されて落とされてしまうことになるのではないか。結局,当時改革案はあまり問題にもされずに却下された。それが急に変わってきたのは学校心理学の浸透が大きかったと思います。もう1度そのことを発案したら,今度はスッと通った。それだけ学会全体の雰囲気も変わってきたのでしょうね。
◆子安◆ 実践研究の投稿論文数は増えているのですか。
◆市川◆ 投稿数はずいぶん増えています。今,投稿された論文が実際にどう評価されて採択されたり落とされたりしているかについては,編集委員長の太田信夫先生と副編集長の秋田喜代美先生が特別論文にまとめてくれました。この4年ぐらい実践研究がどんな評価を受けて,どう根付いているかという報告です(『教育心理学研究』第51巻第2号掲載)。この『ハンドブック』の改訂版が出るころにはそういう話がもっと発展した形で盛り込まれると思います。
→ (下)に続く
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