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2003年6月26日 (木)

編集部員より:鵜の目,鷹の目,編集者

S.I.

 有斐閣の編集者は紳士的ですね。――稀に,著者からこのようなお褒め?を頂戴することがあります。

 これは実は(言うまでもなく),私ども編集者にとって最も屈辱的な批評でありまして,そのようなときは皆,「余人は知らず自分は,明日からは非道なるプロに徹するぞ!」とまなじりを決することになります。

 原稿はみな創造的な作品ですから,著者からお約束どおりの時期にそれを頂戴するためには,たんなる物作りとは異なった努力が必要です。私たちは誰でも,著者の思考の回路を,お願いしている原稿の方へむけていただくことから始まり,何か雰囲気を整えることはできないか,お手伝いできることはないかと,鵜の目鷹の目できっかけを探し回ります。しかし結局は,うるさく煩わしく思われるほどに,執拗にご催促するという単純な方法に行き着くことが多いのです。量は質に転化する?!

 紳士的/淑女的ではなかなかプロの域に達することができないというわけです。

 さて,最近,原稿のご催促の際に大学に籍を置かれる先生方からよく聴かれるのが,「独立法人化のことで会議が」「COEの準備がたいへんで」「大学院を作るので」「受験生募集に高校へ」・・・といった大学改革の激しい動きを推測させる言葉です。そして,たくさんの会議や書類の作成,そして出張などなど,本当に忙しそうにしておられます。大学改革は私たち編集者にとっては文字通りの大敵のように見えるのです。しかし,この問題は,編集部員個々の労苦の問題を超えて,専門書出版社にとってもっと根本的なリスクをはらんでいるようです。

 専門書と一口で言ってもその内容や用途は様々ですが,私たちはその主要な需要先である大学の機能と合わせて整理して考えています。つまり,大学の役割を,
 ①知識の創造・生産と継承,
 ②高度な専門家の養成,
 ③専門知識の市民への普及,
の3つを併せ行う存在として捉え,それぞれの機能にもっとも適した,たしかで能率のよいかたちで書物を提供しようと言うわけです。

 かつては,つまり帝国大学を基軸にした戦前の旧学制のもとでは,大学生は文字通りエリートであり,大学も出版社も上の3機能を区別する必要は比較的少なかったと思われます。研究者の専門化が今ほど進んでいなかったことも,その事情を強めました。難解な書物に挑戦することが学生にとって自らの存在の証でもありました。先生方の方もそれぞれのライフワークや自説をためらうことなく教授しました。

 戦後の新しい学制の成立によって事情は大きく変わりました。大学の数が急激に増えて画一化が進み,大学進学率も急上昇して高度経済成長と相互に加速しあいます。この大学の大衆化の波の中で,授業の内容が問われます。アメリカの研究の影響が強まって学界全体を覆うようになったことともあいまって,全国の大学の授業に標準化あるいはナショナルミニマムの模索が始まります。上の3機能の分化が進みます。しかし,大学院を重視した欧米と異なり②の機能はまだ①と③に溶け込んでいます。日本の企業や官庁が,大学新卒採用に始まる年功型幹部養成を中心に据えた雇用を行ったことが,この事情を支えています。

 そして,高度成長が終わり,バブル経済が破綻する頃から,偏差値による大学の暗黙の格付けが固定化し,一方では一部の大学生の学力低下の問題が話題になり始めます。大学進学率が5割に迫る中で,日本全体の教育の仕組みや教材の変化がそれに付いていっていなかったとしたら,無理もなかったのかもしれません。先生方による面白い授業,分かる授業への様々な工夫・研究の営みがあちこちで聞こえるようになってきたときでもありました。私たちの関心も「わかる」専門書とは?というところに集中した感がありました。

 そして今,大学は制度的にも大きく変わりつつあります。ノーベル賞をどれだけ取れるか?といった研究機能,大学院の充実拡大など高度プロフェッショナル養成機能,そして国際化時代に生きて生産を支え市民としての判断を行うための基礎的教育機能,がそれぞれ独立して話題になり,対応策が考えられるようになりました。
 こうなると,専門書出版社はたいへんです。あれこれの機能を兼ねたユニバーサル・デザインの本は,読者の要求に応えることが難しくなります。

 最近,「専門書の売れ行きが思わしくないねえ」というのは業界の挨拶文句みたいになっていますが,その中身も,このように大学の動向に代表される読者の要望ごとに分解してみると,何が求められ,何がいらないと言われているのか,分かりやすいのかもしれません。そして,このように考えないと,大学が変わることがもたらす出版社にとってのリスクに対応できそうにないのです。

 いずれにせよ,編集部の面々は,この大学の3つの機能がフルに発揮されるためにどのような貢献ができるのかを,ケンケンガクガク議論し考えています。紳士/淑女にして非道,ミーハーにして伝統重視,実用志向にして真理への使命感豊か,本の機能は特化されクリアになってきますが,編集部員の方は相変わらずのリゾーム型で試行錯誤を繰り返すことになりそうです。

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