編集部員より:初学会体験記
去る2003年5月31日,6月1日の両日,東京神田の一橋記念講堂で日本金融学会の春季大会が開催され,その初日に出席する機会が得られました。とはいえ,弊社の2003年4月入社の新人研修は5月30日まで。前日にようやく配属の内示が出たと思いきやもう学会?!,名刺もできていないのに……,ということでかなりおっかなびっくりながら見てきた,一新人の初学会体験記をお送りします。
今回の金融学会は「創立60周年記念大会」という節目の大会であったため,初日の特別講演に米国連邦準備制度理事会(FRB)理事のBen S. Bernanke氏,2日目の特別講演に日本銀行総裁の福井俊彦氏が登場するという,豪華なプログラムが組まれていました。ミーハーな私はさっそくBernanke氏の講演を傍聴することにしましたが,なんと会場には報道陣の姿も見られるではありませんか。さすが全米に7名しかいないFRB理事の講演だわ!と,浮薄なミーハー心はさらに高まったのでした。
肝心の講演’Some Thoughts on Monetary Policy in Japan’は,Bernanke氏が用意してこられた原稿を読み上げ,それに合わせて同時通訳がイヤホンに流れる,という形で行われました。Bernanke氏はずいぶんゆっくり話されたのだと思いますが,どうしても同時通訳の日本語は早口になりがちで,だんだんと理解が追いつかなくなってしまいました。それでも,講演後の質疑応答では,ある先生からデフレと中国製品との関係についての質問があり,そのやりとりを興味深く聴くことができました。成長著しい中国経済は日本経済に大きなインパクトを与えています。最近いたるところで見かける中国からの安い輸入品も,当然現在のデフレに関係しているのだろうと思っていました。ところが,Bernanke氏の答えは,デフレと中国からの輸入品はあまり関係がないだろう,というもの。これはとっても意外で,本当かな?とさえ思ってしまいました。しかし,そもそも世の中ではデフレ,デフレというけれど,どうしてデフレになってしまったのか,どうやったらデフレから抜け出せるのか,そもそもデフレとは厳密にはどういう現象なのか,そして本当に中国経済は関係ないのか。私にはわからないことだらけです。ちょっとした疑問から,己が何もわかっていないことに気づかされてしまった特別講演でした。
さて,特別講演の話はこれくらいにして,各セッションの話題に移りましょう。今回の学会では,「中央銀行」「銀行危機」「国際金融」といったテーマごとにセッションが組まれており,先生方が最新の研究成果を報告なさっていました。私もその中のいくつか傍聴することができました。
しかし,それぞれのセッションで飛び交う専門用語,頻出する数式。しかも報告の時間が限られているため,かいつまんだ説明が多く,わからないという点で言えば,セッションは特別講演の比ではありませんでした。それまで,噛んで含めるようにして教えられる大学の講義に慣れ親しんだ新入社員は,大学のもうひとつの側面をようやく目の当たりにしたように思われました。よく,大学は「教育」と「研究」という2つの機能をもつと言いますが,その2つの違いを端的に知らされたようにも思われ,改めてこの「二兎」を追うことの大変さを窺い知れた気がしたのです。
ただ,報告の内容は正確には理解できないとはいえ,質疑応答などで先生方が議論される姿を拝見するのは大変興味深いことでした。報告される研究成果は最新のものであるため,まだ発展途上ものが少なくないようで,さらなる課題の追究などが活発に行われているセッションも多々ありました。なかには議論が白熱し,セッション終了後も長く話し合われる先生方もいらっしゃいました。これらの研究,議論の成果が,やがて1冊の本にまとまるなどして,学生たちにも伝えられていくのだなぁと思うと,なにやら感慨深いものがありました。そう考えれば,先程の「二兎」だって,決してまるで違う方向へ逃げていくような二兎ではないのかもしれません。「研究」が「教育」へ還元されていく一連のサイクルの中で,出版社というメディアに籍を置く自分の役割ってなんだろう。こうして何かと考えさせられることの多かった初学会の一日が過ぎていったのでした。